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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
最終章 少し長いプロローグの終わり
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1-1 後日

 事件が一件落着し、あれから俺と彩華は魔装部隊の本部で保護されることになった。疲労もあったので詳しい話は後日落ち着いてからするということになった。翌日に新聞を見たが、あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、大きなニュースにはなっていなかった。小さな記事で、倉庫が不審火で全焼したと書かれていたぐらいで、魔法や適応者のことは一切触れられていない。政府の情報統制と暗示が有効に効いているようだ。


 その日の朝、二人揃って本部の一階にあるロビーへ行くと、琴音と希、それに神宮寺と冬耶までいた。


「おはよう、悠一君、彩華ちゃん」


「ああ、おはよう」


 琴音は以前と変わらずに、優しい笑顔を俺に向ける。


「さて、まずは朝食を取りましょうか」


「そうですね、お腹ペコペコです」


 神宮寺の言葉に希が頷く。詳しい話は今日、この建物の中で聞くことになっている。

 俺たちは揃って朝食を取るために外へ出る。経費や隠密性など諸々の事情でここに食堂というものはないらしい。そして徒歩五分。その店は小さな定食屋で、今は俺たち以外に客はいなかった。


 朝食を取りながら雑談をする。その中で話題は自然と昨日のことになっていた。


「それにしても琴音には驚かされたな」


 色々なことがあったが、特に驚いたのは琴音の身体能力に付いてだった。どう見てもただの人間が誰でも出来るような動きではない。


「琴音のあれって何かカラクリがあるのか?」


「うん、まあ、一応ね。あれを見られたのは、ちょっと恥ずかしいな」


 琴音は苦笑を浮かべる。すると、冬耶が悲痛な表情でぽつりと呟いた。


「……琴音の異常体質は俺が原因だ」


「ちょっと、冬耶? それは違うっていつも言ってるよね?」


「だが間接的でも俺が原因なのは事実だろ」


 二人が言い争いを始めそうな雰囲気になったので慌てて尋ねる。


「どういうことだ、冬耶?」


「琴音はとある事件が原因で脳の一部が異常に発達してるんだ。常時覚醒しているというか、普段は使わないような部分まで常に動かしているような状態だな。だから反応速度と身体能力が常人よりも優れている」


 冬耶は顔をしかめて苦々しげに言った。


「だが、それにも当然デメリットがある。火事場の馬鹿力と同じだな。強制的にリミットを外せば体にも影響が出るのは明白だ」


「だから普段は薬で抑えているんだよ。一日三錠。食後に服用。だから今のところ特に体に影響はないかな」


 琴音は苦笑を浮かべて言った。だが、それでは昨日のあれは薬が効いていなかったということか。


「それじゃあ昨日はかなり無理をしたんじゃないか? 大丈夫なのか?」


「平気だよ。私、これでもちゃんと鍛えてるから」


「嘘付け。昨日は全身の筋肉が損傷していて、治癒の魔法を使わないと歩くのもやっとだったくせに」


 冬耶の言葉に俺は慌てて琴音の顔を見る。


「琴音、やっぱり……」


「もうっ、冬耶、悠一君を心配させないで」


「俺はお前の体の心配をしてるんだ。それに煉条だって事実を隠されるのは嫌だろ?」


 冬耶は表情一つ変えずに真面目に答える。やはり冬耶も兄妹として心配しているのだろう。そして俺のことまで気を使ってくれていた。良い奴だと改めて思う。任務で俺の身代わりもしてくれていたわけだし助けられっぱなしで申し訳ない。


「そうだぞ、琴音。そういう隠しごとはなしにしてくれ」


「……ごめん」


 俺は自分自身に対して怒っていた。そして罪悪感もある。今回、琴音が薬を使ったのは俺がさらわれたせいだ。本当に不甲斐ない。


「だけどどうやってその力をコントロールしてるの? 一日三錠で良いなら、悠一がさらわれた時にはまだ薬の効果が残ってるはずでしょ?」


 彩華が尋ねると、琴音はスカートのポケットから錠剤を取り出して俺たちに見せる。


「私の力を押さえている薬をさらに一時的に無効化する薬を使ったんだよ。緊急の時はそれを飲んでいるんだ」


「……それ、相当体に悪いでしょ?」


「はは、まあね。でも仕方ないよ。私の体より優先することはたくさんあるんだから」


 琴音は自己犠牲の言葉を当然のようにさらりと告げる。その考え方は健気で同時に危うい。俺が守らなければと思った。


「それで、琴音が今の体になった事件って何なんだ? もし差し支えなければ教えてくれないか?」


 冬耶は自分のせいだと言っていた。何か複雑な事情があるんじゃないだろうか。


「……原因は魔導書の影響だ。琴音はとある魔導書に触れて、そして今の体になった」


「魔導書に触れたって……」


 触れるだけでどうしてそんなことになるのか。

 そこで俺はまだ琴音に聞いていなかったことがあることを思い出す。


「そういえば琴音は適応者候補なのか? それとも非適応者なのか?」


「……私は適応者候補だよ」


 あれ、でも適応者候補なら、魔導書に触れても確か大丈夫じゃなかったか。

 俺が疑問に思っていると、そこで神宮寺が俺の考えていたことを察して答えてくれた。


「煉条君、覚えていませんか? 以前に魔導書の説明をした時に神代さんが言っていましたよ。自分のキャパシティを越えるほど強力な魔導書に触れると、適応者候補でも非適応者と同じことが起こる場合もある、と。つまり思わぬ事故を引き起こすこともありえるのです」


 そういえばそんなことを言っていた気がする。あれは琴音自身の体験も含んでの言葉だったのか。

 そこで冬耶がぽつりと呟いた。


「そして、琴音をそんな目に合わせたその魔導書は今、俺の体内にある」


「え?」


「『アルマンダル』、それが俺の契約した魔導書の名前だ。俺が契約する前に琴音はアルマンダルに触れ、その結果意識を失った」


「そして目覚めたらこんなおかしな体になってたんだ」


 琴音は自嘲気味に笑って言った。


「そんなに強力な魔導書があるんだな」


「ああ、それでも琴音はまだ運が良い方だ。並の適応者候補なら触れた瞬間に死んでいただろうな」


「そうなのか……」


 生きていただけでも不幸中の幸いというべきなのか。


「もっとも、アルス・ノトリアはアルマンダル以上にヤバい魔導書らしいがな。その分、契約出来れば得られるものも大きい。あれと契約した適応者は街一つを一撃で破壊出来るだけの力を得られるとも言われているな。だからこそ、その器候補を魔装団は欲している」


 一之瀬もアルス・ノトリアについて同じことを言っていた。そんな魔導書が存在しているのは危険極まりない。それは俺でも分かる。ただでさえ適応者の存在が非適応者にとっては驚異なのだ。適応者の存在がもし公にされて、それが信じられたとすれば、その時はその力を欲しがる者たち同士で戦争が起こる可能性だってあり得る。魔導書の力そのものじゃなく、間接的に街どころか国が滅ぶ可能性もあるのだ。


「ともかく、その事件で俺たちは魔装部隊に目を付けられて、結果、俺と琴音は魔装部隊に勧誘されたってわけだ」


「そうだったのか……」


 知らなかった。琴音にそんな過去があったなんて。俺は琴音について全然知らなかったのだ。そこで琴音がいつも通りの明るい声で言った。


「ほら、みんな、そんな暗い顔してたら駄目だよ? 料理は楽しく食べないと、ね?」


「あ、ああ、そうだな。悪い、琴音。嫌なことを聞いちまった」


「ううん、私は気にしてないよ。こんな体質になったけど、そのおかげで魔装部隊に入れた。魔装部隊に入ったから、今こうして悠一君と会えたわけだしね」


 琴音は微笑む。おそらく琴音は無意識に言ったのだろう。そこに深い意味はないはずだ。だが俺は動揺して顔が熱くなってしまった。


「あっ」


 琴音も自分の発言の意味に気付いたらしく、赤面して俯いてしまった。お互いに意識してしまったせいで余計に気まずい雰囲気になってしまう。


「はぁ……もう何を言っても無駄みたいね……」


 彩華の呆れた声が聞こえた。ジト目で俺を睨んでいる。


「見せつけてくれますね……良いんですか、神代君? 可愛い妹さんがイケメンとイチャイチャしていますよ?」


「まあ、今さらだろ。俺は琴音が誰と付き合おうと気にしない」


 神宮寺の言葉に冬耶は涼しい表情で答える。

 空気が重い。琴音と彩華から無言で意味ありげな視線を向けられるのも辛い。


「そ、そういえば、一之瀬さんですけど、思ったより早く釈放出来るみたいですよ。おそらく執行猶予も付くと思いますし」


 気を聞かせてくれたのか希が話題を変えた。出来る妹だ。俺も素直にそれに乗っかる。


「そうなのか。それは良かった」


「確かに彼女は違法なこともしましたが、両親の件や今回のことで魔装団に利用されたこと事実ですから情状酌量の余地はあります。それでも相応の償いは必要ですけれど」


 一之瀬の話によると、公房さんと雪乃さんも魔装部隊に保護された後、その日のうちに解放されたそうだ。念のためしばらくは魔装部隊の警護が付くだろうとのこと。それでも彼らが日常に戻れたことには変わりない。これから三人で失われた時間をゆっくりと取り戻していくのだろう。


「冬耶も嬉しいでしょ? 一之瀬さんと仲が良かったって聞いたよ?」


「別に、学校で少し話したことがあるだけだ」


 冬耶と一之瀬は隣町にある流桜(りゅうおう)高校に通っていたそうだ。そちらもかなりハイレベルな進学校で聖法高校とはライバル関係といってもいい。

 そして冬耶は一之瀬と学校で親しかったと俺も琴音から聞いている。口では素っ気ないことを言っているが、実際は冬耶も喜んでいるはずだ。


「ふふ、無理しなくても良いのに」


「別に無理なんてしてない」


 微笑む琴音に、冬耶が面倒そうに言う。こういうフランクで仲の良いところはやっぱり双子だと思う。ちょっと嫉妬してしまいそうだ。


「……結局、俺は綾乃のことを全然分かってやれてなかったんだな」


 冬耶がぽつりと呟くのが聞こえた。とても小さな声だったので聞こえたのはおそらく俺だけだろう。やっぱり気にしているんじゃないか。

 冬耶はそのまま目を細めてどこか遠くを見つめていた。だが、そこで俺の視線に気付いて眉をひそめる。


「ほら、さっさと食い終えて戻るぞ」


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