9-6 決着
そしてみんな一斉に動き出す。最初に大きな行動を起こしたのは琴音だった。
琴音は素早い身のこなしでクロウリーへと接近する。クロウリーと戦闘中の魔装部隊の人たちは入れ替わりでその場から離脱する。
琴音がクロウリーの周囲を移動しながら拳銃を放つ。時折、クロウリーも魔法を放つが琴音は全て避け続けた。クロウリーは完全に琴音だけを狙って攻撃していた。
そして、注意を引き付けたところで神宮寺と一之瀬が魔法を連続で放つ。琴音が相手を引きつけているおかげで意識を集中させ、強い魔力を込めて放つ事が出来た。その一発一発が速くて重い。クロウリーの周囲には結界が発生しているが、構わずに何度も攻撃を続ける。その場にクロウリーを留まらせることに意味があるのだ。そして狙い通り、クロウリーは無傷だが、激しい衝撃によってその場から動くことが出来ない。
「今です、神代君」
神宮寺の合図とともに、冬耶が動いた。一瞬でクロウリーに接近、日本刀を抜くと振り下ろす。クロウリーは避けることも、向かってくる冬耶を叩き落とすことも出来ない。
刀は結界と衝突した。そしてお互いに押し合う。あの小さな日本刀が巨大なクロウリーを徐々に押していく。それは刀夜の筋力なのか、それとも刀の力なのかは分からない。しかし凄まじい力だ。俺にも冬耶の魔力が伝わってくるようだった。あの刀はまさしく妖刀である。
そしてその時が来た。徐々にひびわれていく結界。そしてパリンッという薄い音とともに、結界の破片が空中を舞って煙のように消える。ついに結界が壊れたのだ。
「やった!」
それを見ていた希が無邪気な声をあげる。俺も思わず頬が緩んだ。
「油断はしないでください。結界が修復する前に捕縛します――一之瀬さん!」
「ええ、お任せください」
神宮寺と一之瀬は魔法を放ち続ける。光弾がクロウリーの体に命中する。結果、クロウリーは自分の体を修復するために魔力を回すこと優先し、もう一度結界が張られる様子はまだない。
同時に、地面から鎖が伸び、クロウリーを拘束する。彩華と希の魔法だ。これでクロウリーが攻撃を避けたり、その足で防御や攻撃したりすることも防げる。
「悠一、あとは任せたわよ」
「お願い、悠一君っ」
「お兄ちゃん、頑張ってね」
「しっかり決めてください」
「美味しいところは差し上げますわ」
「決めろ、煉条」
声と一緒にみんなの気持ちが伝わってきた。俺はその声を力に、体内の魔力を限界まで引き出す。
これで終わりだ。
跳躍すると、大剣を思い切り振り上げる。
「行っけええええっ!」
俺は大剣を振り下ろした。
風を切る大きな音とともに大剣はクロウリーの体を一刀両断する。クロウリーは原型を留めることなく粉々に吹き飛んだ。俺たちの勝利だ。
地面に着地すると同時に、爆発が起きる。魔具の使用で結界を張るだけの魔力の余裕がない俺は爆風をまともに受けると思われた。だが、そこは希が俺の前に立って、代わりに結界で防いでくれた。
「サンキュー、希」
「お疲れ様、お兄ちゃん」
俺と希は顔を合わせると、どちらからともなく笑みを浮かべた。
そして目の前の鉄の残骸を見る。クロウリーはバラバラになっていた。
「……終わったんだよな?」
「ええ、完全に心臓部を破壊しましたわ」
一之瀬の言葉を聞いて俺は安堵の溜め息を付いた。
「ふぅ、しんどかった」
疲れがどっと来て俺はその場で地面にへたり込んだ。
すでに対魔法装甲も解いて、学生服姿に戻っている。維持するだけの魔力も残っていない。
「悠一君、大丈夫?」
「ああ、琴音こそ怪我はないか?」
「うん、私は平気だよ」
「とりあえず一件落着かしら。貴重な経験をさせてもらったわ」
「彩華、お前も怪我はないか?」
「ええ、大丈夫よ。ちょっと疲れたけどね」
琴音と彩華の声を聞いて俺は自然に笑みがこぼれた。みんな無事で良かった。
「……あの、皆さん、すみませんでした。それに、ありがとうございました」
そこで一之瀬が俺たち全員に向かって頭を下げてそう言った。今回の騒ぎを起こしたことへの罪悪感があるのだろう。しかし、俺は彼女を怒る気にはなれなかった。琴音や彩華もそれは同じらしく、複雑そうな表情で俺と一之瀬の顔を交互に見比べていた。
するとそこで、冬耶が一之瀬の前に行き声を掛けた。
「あの魔造機人……やはりお前は天才だ」
「……それは皮肉ですの?」
「いや、感心してるんだ。もう充分研究者として実績は挙げているんじゃないか?」
「いいえ、まだまだですわ……わたくしの目的は世界に魔法と魔導書の存在を知らしめることでしたから」
「それで、その夢はまだ諦めていないのか?」
「そうですわね……ええ、多分まだ納得していないのでしょうね……不思議ですわね。真実が分かっても、わたくしはまだ研究を続けたい。魔導書の謎を明らかにしたい」
「きっと研究が好きなんだろうな」
「そうなのかもしれませんね……」
「まあ、お前にはまだ時間がたくさんあるんだ。きっと出来るだろう」
「ありがとうございます……あの、わたくしはこれから罰を受けるのでしょうけれど、またいつか、あなたとお会いすることは許されるのでしょうか?」
「……ああ、俺もお前と話すのは嫌いじゃなかった。ま、だからこそマメにあの理科室に通っていたんだろうな……今度、きっとまた学校で、またくだらない話をさせてくれ。俺とお前は共犯者なんだろ?」
「っ! はい、わたくしも楽しみにしていますわ」
一之瀬は目に涙を浮かべながらも微笑む。冬耶は表情こそ仏頂面ながらも、一之瀬を気にかけているのが分かった。今はあの二人だけで俺たちは邪魔をしない方が良いだろう。
「……一之瀬さん、両親が無事で良かったね」
「ああ、そうだな」
俺も琴音と同じ気持ちだった。一之瀬は魔装団の被害者だった。だが、公房さんと雪乃さんも無事だったことだし、結果的には彼女も救われた、そう思いたい。この件はこれで一件落着ということだろう。
「……さて、俺の方も決着を付けないとな」
俺は目の前にいる希を見つめる。希も俺を見ていた。俺が何を言いたいのか分かっているのだろう。ずっと探していた俺の妹。大切な家族。すっかり成長して大人っぽくなっているが、その面影はしっかりと残っている。やはり俺の妹だ。ようやく会うことが出来た。
「希、話してくれるな?」
「……そうだね、うん、全部話すよ」
「でも、その前に……」
俺は立ち上がると、ゆっくりと希の目の前まで行く。そして思い切り抱きしめた。
「お、お兄ちゃんっ?」
「会いたかった、希……」
希の体温を感じる。ようやくこの日が来たんだ。抱きしめる腕にさらに力を入れる。
「……もう、お兄ちゃんったらシスコンなんだから」
「シスコンでも構わない。希とまた会えて本当に良かった。もうお前を絶対に離さない」
「そ、そういう嬉しい台詞は私より彼女さんの前で言った方が良いんじゃないかな?」
そう言いつつも、希も俺の背中に両手を回して、ぎゅっと力を入れた。
「……ごめんね、お兄ちゃん」
小さな声が俺の耳元で聞こえた。
「いや、謝るのは俺の方だ。ずっとお前を忘れていた。こんなんじゃ兄失格だな」
「そんなっ、それは暗示で、っていうか私のせいなんだから気にしないで!」
「それでも、希を忘れていたことが俺は許せないんだ。これからちゃんとその埋め合わせをさせてくれ。希、お前が無事で本当に良かった」
「っ! ごめん……ごめんね、お兄ちゃん……」
胸の中で震える声が聞こえた。だが声が震えていたのはおそらく俺も同じだろう。周囲の目も気にせずに俺たちはずっと抱き合った。そのまま俺は、希の耳元でその言葉を囁く。
「おかえり、希」
あの日からずっと希に言いたかった。ようやく言うことが出来た。
俺に抱きついたままの希は、涙声ながらも返事を返してくれた。
「ただいま、お兄ちゃん」




