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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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9-5 魔具

 さて、問題のクロウリーだが、今は他の魔装部隊の人たちが何とか魔法で攻撃しつつ牽制してくれている。


「厄介なのはやはりあの結界だな。あれを破壊するには相当な魔力がいる」


 冬耶の言う通り、強力な魔法もさることながら、あの結界のせいでみんな手を焼いていた。そのうえあの本体そのものが頑丈で、結界を突破しても簡単には破壊出来ないのはすでに分かっている。


「最初に冬耶たちがやったように同一方向から強力な魔法で一斉に攻撃すれば破壊は出来ると思いますわ。問題はクロウリー自身が破壊されてもすぐに身体を自己修復してしまうことですわね」


「一之瀬!」


 いつの間にか俺たちの側に一之瀬がいた。


「両親は大丈夫なのか?」


「ええ、他の魔装部隊の方にお任せしました。それよりも私が責任を持ってクロウリーを破壊しなければなりません」


 強い使命を持った表情で一之瀬は言う。


「……まったく、皆さん勝手なんですから……本来なら全力で止めるべきなのですが、今回は非常時なので仕方ないですね」


「さすが神宮寺、話が分かるな」


「褒めても何も出ませんよ、煉条君。それとも私を口説いているのですか?」


「よりにもよってここでその冗談はやめてくれ」


 しかし神宮寺の軽口が随分懐かしく感じる。日常を思い出して思わず頬が緩んだ。ひょっとしてわざと緊張を和らげてくれたのだろうか。神宮寺の真意は読めない。ただ、冗談を言える余裕が出来たことは喜んで良いのかもしれないな。


「……それで、全員で戦うとして、勝算はあるの?」


 彩華が神宮寺に尋ねる。


「そうですね、一之瀬さん、どのくらい破壊すればクロウリーは完全に活動を停止しますか?」


「そうですわね……動力となっている心臓部を壊せば止まるはずですけれど……」


「それはどこに?」


「本体の中心、お腹の部分ですわ。けれど、本体も相当な魔法への耐久性を持っています。それを破壊するには結界を破壊するのと同じくらいの攻撃をぶつける必要があるかと」


「そうですか……そうなると勝算は五分五分でしょうか。私たちの魔力の総量次第ですね」


 神宮寺の言葉に彩華が難しい顔をする。


「結界を破壊したうえに本体を破壊するだけの魔力が必要となると、役割を分担した方が良いわね」


「クロウリーはあれで意外と賢いですわよ。避けられたり防御されないように動きを封じる方も必要かと」


 話を聞く限り連携とタイミングが重要になりそうだ。


「ちなみに結界を一人で破壊出来そうな奴は?」


 俺はちらりと神宮寺を見る。


「……現状では神代君くらいですね」


「だが最初の攻撃は俺と希の二人でやってあれだぞ。一人で破壊するとなると魔力を限界まで引き出す必要がある……神宮寺、アレを使うぞ」


「そうですね、許可します」


 その言葉に冬耶は頷く。そして同時に、冬耶の腰に黒い鞘に入った日本刀が現れる。

 俺はそれが何なのか一瞬で理解した。これも覚醒したおかげなのだろう。


 あれは冬耶の『魔具』だ。魔具とは自分の魔導書の一部を武器として具現化させたもので、かなりの高等技術だ。

 ただの魔法と違う点は、魔力という形のない抽象的なものを光弾や結界のようにただ具現化させたのではなく、魔導書の一部という実体があるものを魔法で特別に表に出していることだ。だから誰にでも出来るものじゃない。形を長時間維持するのは集中力もいるし、大量の魔力を消費するので並の適応者は魔具を一瞬だけ出すことさえ不可能だ。

 それだけ使用の難易度とリスクの高い魔具だが、魔具には魔力の増幅効果もあり、上手く使えば大きな力になってくれる。一部だけでも魔導書本体なので、ただの魔法で作った武器より強度も高い。


「これを出したからにはもう後には引けないぞ。五分も持たない。それに結界を破壊するだけで魔力は尽きるだろうな」


「ええ、分かっています。神代君は結界の破壊をお願いします。少々心許ないですが本体は私たちでどうにかするしかありませんね」


「――ちょっと待ってくれ」


 俺はそこで神宮寺たちを呼び止める。みんなが怪訝そうに俺を見た。

 頭の中に俺が魔具を出す映像が浮かぶ。体がそれを出す感覚を覚えている。俺もあれが出来そうな気がした。呼吸をするように、手を動かすように、理屈じゃなくて頭と体がそれを知っている。


「えっと、こうやって、あれ、ちょっと違うな……」


「……どうしたの、お兄ちゃん?」


 みんながさらに怪訝な顔で俺を見ている。なかなか思うようにいかず待たせてしまっている。そんな中で注目されて少しバツが悪い。


「ちょっと待ってくれ……よし、これでどうだ?」


 手探りで頭の中のイメージを実体化させる。基本的には魔法を使うのと同じだ。

 俺の手に、自分の身長と変わらないくらい長い大剣が現れた。それなりに重いが扱えない代物じゃない。俺は片手で大剣を持つと、一度その場でそれを軽く振るった。風を切る音とともに僅かに衝撃波が起きた。ビリビリと皮膚が振動する感覚が起こる。武器としてとても心強い。

 そして体の中から力が湧いてくるような気がする。俺の魔力を魔具が底上げしてくれているのだろう。


「ゆ、悠一っ? あなた、魔具まで使えたのっ?」


「どれだけ滅茶苦茶なの、お兄ちゃん……」


「俺も驚いている」


 驚く彩華と呆れる希に、俺は苦笑を返す。分からないことも多いが、今はこの力に感謝だ。


「神宮寺、これなら作戦もかなり楽になるだろ?」


「ええ、そうですね。あなたが常識外れの人間で助かりました」


 神宮寺は呆れながらも控え目に微笑む。しかしそれも一瞬で、すぐに真剣な表情でその場にいる全員を見て言った。


「では私と一之瀬さんで牽制をしますので、当初の予定通り神代君が結界を破壊してください。神代さんは最初にクロウリーの注意を引き付けてもらいます。過剰に攻撃はせずにあくまで自分の安全を優先してください。煉条さんと黒崎さんは結界の破壊後、魔法でクロウリーの動きを封じてください。そして、煉条君、最後にあなたがクロウリーを破壊してください……出来ますよね?」


 役割を告げると神宮寺は最後に俺を見て言った。俺はこくりと頷く。


「ああ、任せろ」


 間違いなく俺が一番重要な役目だ。しかし俺にしか出来ないことだ。絶対に成功させてみせる。もちろん誰も犠牲者を出してはいけない。


「琴音、絶対に無茶はするなよ? 適応者じゃないお前は一撃受けただけで危険なんだ。危ないと思ったらすぐに逃げろ」


「ふふ、心配してくれてありがと、悠一君。だけど私はプロだよ? 悠一君たちこそ、民間人なんだから無理しちゃ駄目なんだからね?」


 自分が危険な目に合うことを厭わずに、琴音は優しく微笑む。本当に責任感が強くて真っ直ぐな子だ。

 これ以上俺が駄々をこねても琴音を困らせるだけだろう。俺はただ琴音を信じて送り出すべきだ。そして自分の仕事を全うしよう。


「……ああ、了解だ」


「うん、ありがとう。それじゃ、行ってくるね、悠一君」


 琴音は微笑むと、真っ直ぐクロウリーを見据える。

 同時に神宮寺が透き通った声で叫んだ。


「では、作戦を開始します。現在交戦中の方々は一度離れてください」


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