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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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9-4 覚醒

 疑問に思いながら公房さんを見ると、公房さんは神妙な顔でその事実を俺に告げた。


「君を適応者にしたのは君の両親かもしれない」


「え?」


 そこに雪乃さんが続ける。


「私たちは煉条ご夫妻を知っているの。あなたのご両親も魔導書の研究者だった。彼らご夫婦とは昔から親しくさせてもらっていたのよ」


「そうなんですかっ?」


「ええ、だからあなたが幼い時に、多分私たちと出会っていると思うわ」


「悠馬くんたちは君が強力な魔導書の器候補になり得ることを知っていたのかもしれない。そして君が器候補だと知っていたなら、こうなることを見越してあらかじめ別の魔導書と契約させていた可能性も考えられる。二重契約は出来ないという条件を利用して君を守るためにね」


「そんな……」


 一之瀬夫妻の話に俺は動揺を隠せなかった。

 信じられない。だが辻褄は合う。しかし俺の両親が魔導書の研究者だったなんて。


「もしかしたらご両親が蒸発したのも、私たちと同じく研究のために拉致されたのかもしれない。あるいは自分で姿を隠した可能性もある。魔装団に彼らがいるという噂は聞いたことがないから後者の方が可能性は高いかな」


 俺の両親が生きている可能性がある。それを聞いてもあまり動揺はなかった。何しろ物心付いたことにはもう叔父さんの家で育ったのだ。両親が生きていた当時の記憶は殆どない。それよりも今は俺が魔導書と契約していたかどうかだ。


 思い出せ。本当に覚えがないのか。忘れているだけじゃないのか。


 頭の中におぼろげに浮かび上がる映像とノイズ。それらが徐々に晴れていく。そして蘇る記憶。


「っ!」


 思い出した。確かに俺は契約していた。忘れているのも無理はない。なにせ契約したのは両親が蒸発する直前のまだ幼い時のことだからだ。だからこの記憶も正しいのか自信がない。しかし、確かに俺は契約していたという確信がある。


 一之瀬という名前を昔に聞いた覚えがあったのも、雪乃さんの言う通り、俺が幼い時に公房さんと雪乃さんに会っていたからだ。俺の自宅に二人が訪れた記憶がある。かなり小さい時、ようやく言葉を理解し始めた子どもの頃の記憶だ。


 これで謎が解けた。両親は俺と希を生み、俺を適応者にしてすぐに蒸発した。もしかしたら希も同じ時に適応者になったのかもしれない。蒸発は計画してのことなのだろう。


「そうか……二人とも随分と手の込んだことをしてくれたな」


 顔も曖昧な両親に、俺は感謝するよりも呆れてしまった。俺たちをほっぽり出して何を企んでいるのやら。


「とにかく、悠一が適応者なのは間違いなさそうね。悠一、後はあなたが自覚するだけよ」


 彩華の言葉に俺は頷く。


「ああ……思えば彩華には随分と助けられたな。ようやくここまで来られた」


「まったく、私はあなたに驚かされてばかりだわ。最初に会った時からあなたはどこか他の人とは違っていた」


「悪いな、だけどこれからもよろしく頼む」


「ええ、望むところよ」


 彩華にも随分と頼りになった。そろそろその恩を少しは返した方が良いだろう。記憶を信じるなら、俺が適応者だということはほぼ間違いない。後は俺が適応者の力を引き出すだけだ。失敗は許されない。


「きゃっ!」


 遠くで悲鳴が聞こえた。琴音の声だ。クロウリーの前足が琴音の手にあった拳銃を吹き飛ばしたところだった。どうやら怪我はなさそうだが、安心してはいられない。しかもクロウリーはまだ琴音を狙っていた。急がなければ。


「頼むぞ、魔導書。俺に力を貸してくれ」


 体の中にあると思われる魔導書に語りかける。

 ずっと待たせて済まなかった。今度こそ頼む。俺に力を貸してくれ。


 その瞬間、頭の中に膨大な知識が流れ込んできた。魔法を自在に扱う方法、魔力の引き出し方、魔力と体力の関係性、それらを俺は一瞬で理解した。

 物を見たり手を動かしたりするように、すでに自分の行動の一部として無意識かつ自由に魔法を扱うことが可能になったという自覚がある。


 そして俺は殆ど無意識にその言葉を告げていた。


「解放!」


 すると俺の服装が黒いスーツにコートを纏う姿へと早変わりする。

 力が体から湧き上がるのが分かる。体が軽い。やはり身体能力も上がっているようだ。間違いない。俺は適応者だったのだ。


「よし俺は先に行くぞ、彩華」


「え? ちょっと、悠一っ?」


 こうなったら行動せずにはいられない。地面を蹴って琴音のもとに急ぐ。

 直後、クロウリーは魔力の球を放つ。巨大な球が琴音に向かう。移動速度を上げる魔法を自らの体に掛けて、俺は地面を滑るように駆ける。間に合え。


「あっ……」


 迫りくる魔力の光弾。琴音は反射的に目を閉じた。俺は琴音を抱きしめると、スピードを落とさずにその場から離れる。クロウリーの攻撃は琴音がいた背後の壁に激突した。どうやら間に合ったようだ。


「大丈夫か、琴音?」


「えっ、悠一君? ど、どうして? えっ?」


 琴音は混乱していた。そして驚いていたのは琴音だけではなく、その場にいた全員が俺を見て驚愕の表情を浮かべていた。


「お兄ちゃんっ? どうしてそんな格好してるの?」


「あなた、適応者だったのですか?」


「ああ、そうらしいな。それよりさっさとあのデカブツを倒そうぜ」


 今は詳しく話をしている暇はない。それに俺も良く分からないことが多すぎる。後で希たちと情報を交換しながら整理するべきだろう。


「……柊さんたちはどこまで把握していたんだろうか」


 冬耶がぽつりとそんなことを呟いていた。

 それも気になったが、今は何よりクロウリーの相手をするのが先だ。


「こうなったら仕方ないわね。私も戦うわ」


 遅れてやってきた彩華が呆れた声でそう言った。


「彩華ちゃんまで来ちゃったの?」


「今さら仲間外れなんてなしよ。あなたに死なれたら私も寝覚めが悪いわ」


「彩華ちゃん……ふふ、ありがとう」


 琴音は最初こそ困った顔を見せたが諦めたらしく、苦笑を浮かべた。


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