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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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9-2 決意

 俺はどうすれば良いんだろうか。

 一之瀬は両親を守るよう前に立ち、魔装部隊とクロウリーの戦闘を見つめている。その表情はまだショックを引きずっているように見えた。

 そして俺は琴音と彩華と一緒にいた。二人も状況が芳しくないことは分かっている。


「……私も戦うわ」


「待って、彩華ちゃん」


 クロウリーへ向かおうとする彩華を琴音が止める。


「どうして止めるの? 私も戦うわ。多少は戦力になるはずよ」


「ううん、彩華ちゃんは悠一君を守ってあげて。それも立派な役目だよ」


「いや、俺のことは気にしなくて構わないぞ」


 反射的にそう口にする。この状況で俺がみんなの足を引っ張っているという焦りがあったからだった。


「駄目だよ。悠一君は最優先で保護しないといけないんだから。悠一君が魔装団の手に渡るのが私たちにとって最悪の結果なんだよ? それに、悠一君の身に何かあったら私が困るもん」


 琴音は怒るような口調で俺に言った。


「だから、悠一君をお願いね、彩華ちゃん」


「……そうね。分かったわ」


 二人の視線が交錯する。その瞳で俺の知らない何かをお互いに伝え合ったように見えた。


「じゃあ、私も行くね」


「お、おい、琴音、まさかお前もあれと戦うのか?」


「うん、そうだけど?」


「お前は適応者じゃないだろ。いくら琴音が異常に強くても、根本的な身体機能は普通の人間と変わらないし、魔法で体を強化することも出来ない。一撃でも食らえば死ぬんだぞ?」


「心配してくれてありがとう、悠一君。だけど、私も魔装部隊の隊員なんだよ」


 琴音は微笑むと、俺の言葉を聞かずに走って行く。俺は思わず琴音を追いかけようと前に数歩移動するが、彩華の結界が途中で俺を阻んだ。


「彩華っ?」


「ごめんなさい。あなたを行かせることは出来ないわ」


 遠くで琴音が戦闘に合流する。やってきた琴音を見た冬耶が顔をしかめる。


「琴音っ、お前まで出て来たのか? 死ぬぞ?」


「ううん、私も戦うよ。私が悠一君を守らないといけないの」


「……ちっ、絶対に無茶はするなよ」


 そこで冬耶と琴音の会話も激しい戦闘によって聞こえなくなった。クロウリーと魔装部隊の戦闘は続く。

 俺はただ見ていることしか出来ないのか。希も琴音も戦っているのに、俺は力になるどころか守られていることしか出来ない。


「くそっ……」


 俺は拳をぎゅっと握りしめて唇を噛む。血の味が口の中に広がった。


「俺にも力があれば……」


 何が器候補だ。俺はただの役立たずではないか。アルス・ノトリアでなくていい。魔導書と契約さえ出来ればいい。今、ここで戦う力が欲しい。


「――方法がないこともない」


「え?」


 その声に俺は振り返る。そこにいたのは一之瀬の父親だった。一之瀬たち三人も俺たちの側まで移動してきたのだ。


「ちょっと、公房さん? 本気なの?」


「ああ本気だとも、雪乃。彼なら問題なく使えるだろうしな」


 後ろで驚いている一之瀬の母親、雪乃さんの方を振り返って公房さんは真剣な口調で答える。一之瀬も困惑した表情で公房さんの顔を見ていた。


「……どういうことですか?」


「ここに来る途中に少しは君のことを聞かせてもらった。君は適応者候補なのだろう? それならこれを扱うことも出来るだろう」


 公房さんはすっと右手を俺に差し出した。その手にあるのは小さくて透明なプラスチック製のケースだった。その中に古い紙の切れ端のようなものが入っている。


「……これは?」


「これは魔導書の切れ端だ。これを使えば一時的に適応者になることが出来る」


「本当ですかっ?」


 それが事実なら俺も戦える。

 一之瀬が眉をひそめて公房さんに尋ねた。


「お父様、こんなもの、一体どこで?」


「研究所から逃げる時に、ポケットに入れたままにしていたんだ。貴重な研究材料だから常に一つは肌身離さず持っているようにしていてね。まあ、あくまで使い捨ての試作品だから持続時間は一時間も持たないだろう。こんなもので申し訳ないね」


「いえ、感謝します」


 ケースを開けて切れ端を受け取る。これがあれば俺も戦うことが出来るんだ。


「待ちなさい、悠一。あなたが戦う必要はないわ。余計なことはしないでここにいなさい」


「いや、彩華、俺も戦う。戦わせてほしいんだ」


 クロウリーは今も暴走し続けている。砕けたコンクリートの破片が彩華の張った結界にも命中する。今はまだ琴音たちは無事だ。しかしいつ死人が出てもおかしくない。それに魔力には限りがあるはずだ。このままではクロウリーを倒すことは不可能だ。

 俺は琴音たちを守りたい。黙って見ているなんて出来ない。


 彩華の意見を無視して俺は公房さんに尋ねる。


「どうすればこれを使うことが出来るんですか?」


「それに君の血を吸わせて契約するんだ。そうすれば体内に切れ端が吸収されるはずだ。効果が切れれば体内から自然に消滅するが害はないから心配しなくていい」


 俺はその説明を聞くとすぐに、自分の人差し指を噛みちぎる。血がじわじわと溢れてくる。その手で魔導書の切れ端を握ると、強く念じる。


 俺はみんなを守りたい。力が欲しい。だから俺を適応者にしてくれ。頼む。


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