9-1 再開
side-A
一之瀬は両親にぎゅっと抱きついた。
「お父様、お母様、ずっと、ずっと会いたかった。てっきり死んだものとばかり……」
「すまない。魔装団の連中に突然連れ去られて監禁されていたんだ。大人しく魔導書の研究を続けていれば何もしないと言われてね。すまなかった」
「ずっと一人にさせてごめんね、綾乃」
「良いんです。二人が無事ならそれで……」
目に涙を浮かべた綾乃は二人に微笑む。それは今まで見せた笑みとは違う、とても幸せそうな顔だった。
しばらくその光景を見ていた冬耶が落ち着いたところで声を掛けた。
「綾乃、もうお前が奴らに手を貸す理由はないはずだ。あのデカブツを大人しくさせてくれ」
「……ええ、そうですわね」
目に溜まった涙を拭うと、一之瀬は未だに戦闘態勢のまま待機しているクロウリーを見る。そしてクロウリーに近付くと右手をかざした。一之瀬は完全にクロウリーの機能を停止させるつもりなのだ。これでようやく一安心だ。
「止まりなさい」
一之瀬はクロウリーに命令する。すると、クロウリーはゆっくりと一歩だけ前進すると、前足の一つを一之瀬に振り下ろした。
「え?」
「危ないっ!」
俺の側にいた琴音が叫ぶ。その声とほぼ同時に、ぽかんとしていた一之瀬を、素早く冬耶が抱えてその場から離脱する。直後、どすんっ、と地面を叩いた大きな音が響く。コンクリートの破片が飛び散る。それまで一之瀬が立っていた場所に大きなひびが入っていた。
「どうしてっ? 命令が効きませんわ!」
一之瀬が悲鳴のような声を上げる。すでに冬耶と離れた場所に移動しており、俺たちと同じく砕けた床を見ていた。どうやら怪我はなさそうだ。しかし、一之瀬にも予想外の事態が起こっていると見て間違いなさそうだ。
「ど、どういうことなんですか?」
いつの間にか一之瀬夫妻の前で結界を張っていた希が、慌てて二人に尋ねる。
「くっ、おそらくいざという時には綾乃の命令を無視出来るように組織が細工をしていたのだろう。組織め、どこまでも卑怯な奴らだ」
一之瀬の父親が苦渋に満ちた顔で答えた。
「そんなっ、でも何でこのタイミングでっ?」
「近くでこの状況を見ている人がいるのかもしれない。または一度起動させたら条件を満たさないと解除出来ないように設定されているのかも……」
琴音の疑問に、一之瀬の母親が答える。
その仮説が正しいとすれば一之瀬には止められないということか。
「とにかくあれを止めましましょう。神代君、煉条さん、一緒に来てください」
「了解だ。綾乃は両親を守ってやれ」
神宮寺たち三人はクロウリーと戦うつもりらしい。俺は希が心配だった。
「希っ」
「安心して、お兄ちゃん。私、結構強いんだよ」
希は微笑むとそのまま地面を蹴って跳躍する。そのジャンプ力は普通の人間が出すには不可能な距離で、希が適応者であることを示していた。俺は希が適応者であることをあまり歓迎していなかった。多分俺は希に戦ってほしくないのだろう。
だが、今は過ぎたことを嘆くよりも、希が無事にあの機械の怪物を倒すことが出来るかどうかが問題だ。せっかく再会出来たのに、ここでまた別れるなんてのはごめんだ。
俺はその戦闘をただ見ていることしか出来なかった。
神宮寺たちの他に、まだ無事な魔装部隊の隊員も数名残っていた。彼らが全員でクロウリーへと立ち向かう。
四方からの攻撃。だが、周囲の結界のせいでクロウリーはびくともしない。さらにクロウリーは次々と魔装部隊の人たちをなぎ倒していく。
倉庫もボロボロで、床には壊れた建物の一部やコンテナの破片が散らばり、四方の壁はどこも隙間だらけになっている。この倉庫もいつ崩れてもおかしくない。
「ちっ、結界が固いな。希、もう一度、最初の攻撃をやれるか?」
「うーん、出来ないことはないですけど、あの威力を連続で出すのはちょっときついですね。同じ威力であと三回ってところでしょうか」
最初に俺たちの前に現れた時に放っていた攻撃のことだろう。やはりそう何度も出来ることではないらしい。一度でも結界を破壊しただけでも凄いことではあるが。
「二人とも、今はまだ、魔力を温存してください。最悪の場合は煉条君たちを連れて撤退してもらわないといけませんから」
「分かりました」
「そうはいっても、余力を残した状態でどこまでやれるか……」
見るからに魔道部隊も苦戦していた。外に数名の隊員がまだ残っているが、騒ぎにならないように結界を張る必要もあるのだろう。中に残った人たちで攻撃するが明らかに火力不足だ。クロウリーの攻撃を受けて徐々に人数が減って行く。
その中で神宮寺、冬耶、希の三人はまだ健在だった。この三人の動きは魔装部隊の中でも別格のように思える。しかしそれでもクロウリーの動きを牽制するのが精一杯のようであった。このままでは残った隊員たちもやられてしまうのは時間の問題かもしれない。




