8-5 邂逅
side-A
「どうやらまだ無事のようだな、煉条」
目の前のイケメンが俺の名前を呼ぶ。
歳は俺と同じか少し上くらいだろうか。かなり若い。
「どうやら、間に合ったようですね」
そして続けて、今度はどこかで聞き覚えのある幼げな声が聞こえる。その声の持ち主が倉庫の中にやってくる。俺はその少女を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
あり得ない。どうしてここにいるんだ。
「の、希……どうして?」
少女は俺を見て懐かしそうに目を細める。やはり希なのか。
「もう全部話す時が来たみたいだね……久しぶり、お兄ちゃん」
これは夢なのか。何で希がこのタイミングで現れるんだ。
そして目の前のイケメンは琴音に視線を向けた。
「お前も久しぶりだな、琴音」
「相変わらずマイペースだね、冬耶。でも助かったよ」
どうなっているんだ。
情報が纏まらない。目まぐるしく変わる展開に俺は混乱していた。
「お兄ちゃん、大丈夫? まあ、でも驚くのも無理ないか」
「どういうことだ? どうして希がここにいるんだ?」
「私は今、魔装部隊にいるんだ。お兄ちゃんを助けに来たんだよ」
「じゃあ、希も適応者なのか? いや、それよりも、今までどうして連絡してくれなかった? どうして急にいなくなったりしたんだ?」
聞きたいことは山ほどある。希に伝えたい言葉がたくさんある。
しかし、希は曖昧に微笑んで首を振った。
「ごめん、詳しい話は後にして。今は一之瀬さんを説得しないと。……そういうわけだから、彩華ちゃんもごめんね」
「……いえ、希とまた会えて良かったわ」
彩華も突然の希との再会に困惑していたが、それでももう一度会えたことに安堵しているように見えた。彩華にとっても希との再会は何より待ち望んだことなのだ。
「さて、決着を付けるとするか」
イケメンが一之瀬に向かってゆっくりと歩いて行く。冬耶という名前は前に琴音から聞いたことがあった。あいつが冬耶なのか。
「琴音、あのイケメンとはどういう関係なんだ?」
すると琴音は苦笑を浮かべて俺の質問に答える。
「……私の兄だよ。双子のね」
ふ、双子だったのか。あまり似てないと思った。しかし二人ともかなり容姿が良いのは遺伝と言っていいのかもしれない。そしてあいつは俺と同い年ということも分かった。身長はあいつの方が少し高い。
一之瀬は一瞬唇を噛んだが、すぐに冬耶を見て笑みを浮かべる。
「あなたにはしてやられましたわ、悠一――いえ、本当は冬耶という名前なのかしら?」
「ああ、出来ればそっちの名前で呼んでくれる方がありがたいな、綾乃」
どうやら二人はすでに知り合いらしい。
「すっかり騙されましたわ。学校であなたを見つけて接近出来た時は歓喜しましたのに」
「尻尾を出さなかったお前もさすがだけどな。お前が適応者だとは思わなかった」
「ずっとおかしいと思っていましたの」
「ほお、それはいつからだ?」
「最初にあなたが適応者だと知った時からですわ。煉条悠一がすでに適応者ならアルス・ノトリアの器にはなれない。それなのに魔装団も魔装部隊も煉条悠一を必要に狙うのですから変でしょう? どうやら上層部は最初から疑っていたのかもしれませんわね。最初はあなたの体から契約した魔導書を抜き出してアルス・ノトリアと入れ替えることも検討していましたから、手間が省けて良かったですわ」
「それは物騒な話だな」
一之瀬が微笑むと、冬耶は苦笑を浮かべた。
「なあ、どういうことなんだ? 俺にも分かるように教えてくれ」
すると俺の側にいる神宮寺が答えてくれた。
「神代君には煉条君のふりをしてもらっていました。あなたを魔装団から隠すために」
「俺を?」
「アルス・ノトリアの器候補であるあなたはいつ狙われてもおかしくありません。何しろ現状で候補者だと発覚しているのがあなたくらいですからね。神代君に身代わりを頼んだのは、もしあなたのことが魔装団に知られてもすぐに襲われないための策でした」
「それでよくバレなかったな」
「計画は二年前からすでに始まっていました。それから神代君はどこでもあなたの名前で通すように徹底していましたし、神代君が煉条くんの名で目立てば魔装団もこちらに注目してくれると踏んでいました。魔装団が手に入れた手掛かりが我々の予想通りなら、知られているのはあなたの名前だけで、顔までは分かっていないはずですから……それに神代君に身代わりをさせることで、あわよくば『煉条悠一はすでに適応者であり器候補ではない』と錯覚させることも出来ます。あなたの存在さえ露見しなければそう簡単に真実には辿り付けないでしょう。実際に魔装団の方々も見事に騙されてくれました」
「俺の知らないところでそんなことをしてたのか」
「……それにしても、やはり暗示は解けていたのですね」
神宮寺が呆れるような顔で俺を見た。
「やはりってことは気付いていたのか?」
「ショッピングセンターでの態度で察しは付きます。あなたがあそこまで必死になる理由など妹さんのことくらいしか思い当たりません。まあ、黒崎さんが適応者だと分かった時点でそれは覚悟していましたけど」
もし彩華がいなければ俺は希のことをずっと忘れたままだった。彩華には感謝している。
俺は昔よりも成長した希の背中を見つめる。希は冬耶とともに一之瀬と対峙していた。
冬耶が一之瀬に語りかける。
「なあ、綾乃、もうやめにしないか?」
「何を言っているのです? 説得などわたくしには無意味ですわよ?」
「お前は利用されているだけだ。復讐なんてしてもお前の両親は喜ばない」
「あなたに何が分かると言うのですか!」
一之瀬は珍しく感情を露わにした。彼女の背後にはすでに立ち上がったクロウリーが控えている。驚くべきことに無傷のようだ。一之瀬がクロウリーを使ってすぐに冬耶を襲ってもおかしくない状況である。
「知っているさ。お前の両親のことは俺も知っている。実際に話もした」
「う、嘘を言わないでください!」
「嘘じゃない。この前拘束した幹部がようやく口を割ってくれた。その時に一つ、お前の両親について尋ねてみた……調べたところお前の両親は魔導書の研究の権威らしいじゃないか。一般的には胡散臭いオカルト扱いされているが、その筋の人間なら知らない人間はいないくらいのな」
「そ、それで彼は何と言っていたのですか?」
「奴はこう言った――一之瀬夫妻は生きている可能性が高い、とな」
「え?」
一之瀬は茫然とただ冬耶を見つめる。
「一之瀬夫妻は魔導書の研究者だ。だから魔装団は拉致して組織のために研究させていた。事故死は二人の存在を世間から抹殺するための方便だ」
「で、ですがそれは本当ですの? あくまで可能性の話でしょう?」
「ああ、だからちゃんと探した。ここ数日間は移動と戦闘続きでなかなかハードだったぞ」
冬耶はちらりと後方を見やる。すると、そこに二つの人影が見えた。そして次の瞬間、俺の耳にも男の人の震えたような声が確かに聞こえた。
「……綾乃」
そこにいた中年の男女が、一之瀬へと向かってよろよろと歩き出す。
二人を見た瞬間、一之瀬は目を見開いて叫んだ。
「お父様! お母様も!」
そのまま二人のもとへ駆けだした。




