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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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8-3 苦戦


その瞬間、一之瀬の背後の大きなコンテナが爆発した。そしてその中に何かがいた。体を小さく畳んでいたそれは、ゆっくりと起動するように立ち上がる。そして、どしんっ、という足音とともに、一歩ずつそいつは歩き出した。


「な、なんだこいつ?」


 倉庫の天井に付きそうなほど大きな巨体。その圧倒的な大きさに俺は目を見張る。


 それは六本足のロボットだった。見た目は人間ではなく昆虫に近い形をしているが、他の魔造機人と同様に身体は金属で出来ているようで、銀色に輝いていた。

 こんなものをコンテナの中に隠していたのか。


「大型魔造機人のプロトタイプ、通称クロウリー。わたくしが開発した秘密兵器ですわ」


 クロウリーと呼ばれたそれは、一之瀬の体を跨ぐようにしてその真上で止まる。

 そして、とてもロボットとは思えない滑らかな動きで足の一本を軽く振るう。


「なっ?」


 俺が呆気に取られたのと同時に、体に浮遊感を覚えた。彩華が俺を小脇に抱えて跳躍したのだ。それまで俺のいたところをクロウリーの足が通り過ぎていく。勢いの付いた足は近くにあったコンテナを吹き飛ばす。壁に激突するコンテナ。衝撃で倉庫全体が揺れた。その凄まじい威力もさることながら、足を動かす際の動作もあの巨体には似付かないほど速かった。直撃すればトラックに轢かれるよりヤバいのではないか。


「彼女、なんてものを隠してたのよっ?」


 俺を下ろした彩華が動揺を隠さずに言う。

 クロウリーに守られた一之瀬は微笑んで言った。


「クロウリーは切れ端ではなく魔導書を丸ごと、それも五冊の魔導書を内蔵しました。並の適応者が束になっても敵う相手ではありませんわ」


「なっ? 魔導書は一人で一冊としか契約出来ないんじゃなかったのか?」


「それは生身の人間の話ですわ。魔造機人は契約ではなく魔導書の能力を強制的に引き出しているに過ぎません。ですから数冊分の魔導書の力に耐えられる器さえあれば、それも可能なんですのよ。さすがにアルス・ノトリアほどの魔導書は起動させることが出来なかったのですけれど今はこれだけでも充分ですわ」


 五冊の魔導書によって五冊分の魔力を引き出しているとするならもはや反則だ。


「……なるほど、これが噂の魔造機人ですか」


「ん? 神宮寺はあれの存在を知ってたのか?」


「元々煉条君のところに神代さんを派遣したのは、魔導書数冊分の力を引き出せる魔造機人を魔装団が開発した、という噂を入手したからです。すぐにあなたのところへ襲撃してくる可能性もありましたので暫定的な処置です」


「そんなことより、あれ、どうするの? 何だかヤバそうよ」


 隣にいた彩華が眉をひそめて言う。そうだ、今の問題はどうやってあれを倒すかだ。


「とりあえず我々で対処してみます。あなたたちは下がっていてください」


 すでにクロウリーの周囲を魔装部隊の人たちが囲んでいた。人によって微妙にデザインが違うが、基本的には男性はスーツに黒いコート、女性は黒いドレスという格好をしている。おそらく適応者の対魔法装甲とは全てこのような服装なのだろう。全員、武器は何も持っていなかった。


 部隊員の数名がクロウリーに右手を向ける。

 次の瞬間、地面から鎖が現れ、クロウリーを拘束する。こういう魔法もあるのか。

 さらに魔装部隊は四方から魔法による砲撃を開始する。その手から放たれる魔力の球弾がクロウリーに何度もぶつかる。


 だが、クロウリーはその場で動かずにじっと堪えていた。クロウリーの体全体を覆うような巨大な結界によって本体まで攻撃が届いていないのだ。それでも部隊員は何度も攻撃を続ける。


「無駄ですわ。あなた方の魔力が先に尽きるのがオチです」


 クロウリーの下で結界に守られた一之瀬の声が聞こえた。

 そこでクロウリーも動き出す。鎖に拘束された六本の足を開こうとしているようだ。力任せに鎖を引き千切るつもりらしい。鎖は次第に軋み出し、今にも切れそうな嫌な音を立てる。

 そしてついに、クロウリーを拘束していた鎖は千切れて消滅してしまった。


「馬鹿なっ?」


 俺は驚愕する。それは他の者たちも同様だったようだ。部隊員たちの反応が遅れる。クロウリーは自らの前足二本を左右に振るう。跳ね飛ばされる魔装部隊の人たち。倉庫の壁やコンテナにぶつかる。死んではいないようだが、戦闘継続は難しそうだった。負傷や気絶している人もいる。


「……これはまずいですね」


 神宮寺が僅かに顔をしかめたのが分かった。神宮寺がそう断言するのだからよっぽどまずい状況なのだろう。


「一度引いて時間を稼ぎましょう。私が相手をしますので、他の方は民間人の安全の確保と周囲への被害を抑えることを優先してください」


 神宮寺が指示を飛ばす。その指示を聞いて部隊員たちはクロウリーから離れて俺たちの側に固まる。何人かは倉庫の外へ移動した。女子高生が自分より年上の人たちに指示を出す光景は奇妙だった。俺は琴音に尋ねる。


「なあ、神宮寺って何者なんだ?」


「玲ちゃんは結構偉い立場にいるんだよ。この作戦の指揮を担当してるのも玲ちゃんだしね」


「へえ、公務員なんて特に年功序列がしっかりしてると思ったんだけどな」


「うちは実力主義だからね。元々現場に出るのは若い人が多いし、小さな時からずっと組織で働いている子もいるから少し特殊なんだ。実力も経験も充分なら年齢は関係ないよ」


 つまり神宮寺はかなりの実力者ということなんだろう。


「でも、いくらなんでも神宮寺さん一人であれを相手にするのはきついでしょう? これからどうするの?」


「そうだね……とにかく時間を稼ぐしかないかな。クロウリーだっていつまでも動かせるわけじゃないだろうし」


 もしクロウリーが魔導書五冊分の魔力を持っているとしたら、それは無謀な賭けであるような気がする。その前に神宮寺たちの魔力の方が持たないのではないか。それとも神宮寺は何か策があるのだろうか。

 クロウリーの前に立つ神宮寺を俺は見つめる。


「……まだ時間が掛かりそうですね」


「何を企んでいるのか知りませんけど、あなた方に勝機はありませんわ。クロウリーの力は絶対です」


「それでも私たちは逃げるわけにはいきません」


 神宮寺は一之瀬と対峙する。その表情はいつも通り、落ち着いていた。


「では、この場でねじ伏せるだけですわ!」


 クロウリーが一之瀬へと襲い掛かる。足での打撃に加え、時には魔法を駆使して一之瀬を追い立てる。一之瀬はそれを全て華麗に避け続ける。


「どうしたのです? 逃げてばかりではないですか!」


 神宮寺は一之瀬の挑発には乗らずに、冷静に様子を窺っていた。だが、一瞬の隙を付いて一之瀬へと向かって突っ込む。だが、クロウリーの結界が一之瀬ごと覆う。神宮寺は途中で方向転換。クロウリーの背後に回り込んで魔法を放つ。


「無駄ですわ」


 一之瀬の言葉通り、神宮寺の魔法は結界で防がれた。常に結界を展開し続けるクロウリーの魔力量はやはり無尽蔵であるようだ。

 そしてクロウリーの怪力も圧倒的だった。周囲のコンテナを蹴散らし、壁や天井を破壊する。周囲の魔装部隊の人たちが結界を張っているおかげか騒ぎにはなっていないが、倉庫は原型を留めていなかった。


「くっ」


 クロウリーの魔法を神宮寺が結界で受け止める。だが、耐えきれずに神宮寺は後ろへと飛ばされた。だが、空中で回転して体勢を整え、俺の目の前に着地する。


「いつまでもこんなことをしていても時間の無駄ですわ。煉条さん、わたくしと一緒に行きましましょう。そうすればこの場は収まりますわよ」


 俺はその時、一之瀬の誘いに気持ちが揺らいだ。

 どうする。俺が行けばみんなはこれ以上傷付くことはない。


「悠一、彼女の話を聞く必要はないわ」


「そうだよ。私たちが悠一君を守るから」


 彩華と琴音の言葉に、俺は一瞬浮かんだ考えを振り払う。

 俺は馬鹿だ。みんなが頑張っているのに俺が諦めてどうする。


「……仕方のない方たちですわね。良いでしょう。行きなさい、クロウリー」


 クロウリーは近くにいた数名の魔装部隊員を吹き飛ばして前進してくる。こちらも魔法で反撃するが、結界を破ることが出来ない。じりじりと追い詰められる俺たち。


「そろそろですかね」


 だが、そこで神宮寺がぽつりと声を漏らすのが聞こえた。


 その瞬間、俺の目の前で巨大な魔力の塊がクロウリーへと向かっていき、そしてぶつかった。クロウリーは結界を当然展開している。だが、大量の魔力に耐えきれずに結界にひびが入る。さらに連続で今度は小さな魔力の球がクロウリーに直撃した。クロウリーは反動でよろけて後方に倒れる。


「なっ?」


 一之瀬が目を見開く。そして驚いたのは俺たちも同じだった。


 一体誰が今の攻撃を。


 その方向を慌てて見る。そこに黒いコートを着た、少し目つきの悪いイケメンの男がいた。そいつは冷笑を浮かべて俺を見た。


「随分と派手なことになっているな」


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