8-2 本領
「えっと、大人しく投降する気になってくれたのかな?」
「いいえ、わたくしの本領をあなた方に見せようと思いますの」
一之瀬はにこりを優雅な微笑を浮かべた。そして右手をぱちりと鳴らす。
その瞬間、俺の両側の壁が壊れ、そこから魔造機人がなだれ込んできた。
「研究者は研究者らしく、開発したマシーンに戦闘はお任せしますわ」
周囲を大量の魔造機人たちが取り囲む。五十体近くいるのではないだろうか。その全てが俺たちを狙っていた。
「だからこの場所に悠一を連れてきたのね」
「うん、他の倉庫に隠していたみたいだね……ちょっときついかも」
彩華の言葉に琴音が頷く。かなりまずい状況なのは俺にも分かる。
「神代さん、私も戦うわ。あなた一人じゃとても対処しきれないでしょ?」
「……そうだね。ごめん、彩華ちゃん。お願い出来るかな?」
琴音は悔しそうに唇を噛む。民間人の彩華に戦わせるのを躊躇いつつも、自分一人でこれだけの魔造機人を相手にすることが難しいことを冷静に判断していた。
「でも、彩華ちゃん、無茶だけはしないで。最悪、私が時間を稼ぐからその間に悠一君を連れてここから逃げて」
「舐めないで。あなただけにそんな役目を任せられないわ」
魔造機人に囲まれた俺たち三人は背を合わせて一か所に固まる。俺は実質戦力外なので琴音と彩華の二人でこれだけの数を相手にしなければならない。二人の足手まといになってしまうのが歯痒い。
「さあ、彼女たちの相手をしなさい。ただし、煉条さんは傷付けてはいけませんわよ」
一之瀬の合図で魔造機人が一斉に動き出す。同時に琴音と彩華も動き出した。
彩華は素早く魔造機人の死角へ移動し、結界を張られる前に破壊する。琴音も彩華よりペースは落ちるが、それでも人間離れした動きで魔造機人を破壊していた。さらに時には二人で連携した攻撃も見せる。即席で組んだのに息が合っていた。
だが、魔造機人はまだ大勢残っている。彩華の素早い動きにも瞬時に反応し、魔法による攻撃も結界で防いで見せる個体もいた。
「彼ら、何だか以前よりも賢くなってない?」
「うん、まずいね。このままじゃ悠一君を守り切れない……」
二人とも苦戦しているのが分かる。俺を守りながらというのもあるだろう。くそ、どうして俺は何も出来ないんだ。器候補なんていっても契約しなければただの非力な一般人でしかないじゃないか。
「ふふ、この魔造機人はわたくしが以前より改良したものですの。この前のようにすんなり倒せるとは思わないことですわね」
俺たちは徐々に壁際に追い詰められていく。彩華の結界で何とか接近されることは防いでいるが、それもいつまで持つか分からない。
「……なあ、二人とも、一之瀬の狙いは俺だ。だから俺が――」
「駄目よ。馬鹿なこと言わないで」
全部言い終わる前に彩華に遮られた。
「あなたを犠牲にして私たちが助かっても何も解決しないわ」
「そうだよ。諦めないで、悠一君。私たちが悠一君を守るから」
二人の真剣な表情に俺はそれ以上何も言えなくなる。嬉しさ、悔しさ、もどかしさ、様々な感情が俺の中で混じり合う。どうしてそこまでしてくれるのか。そう言ったら多分二人に怒られるだろう。逆の立場なら俺も二人を守るはずだから。
「――そうですよ、煉条くん。あなたを魔装団には絶対に渡しません」
そして、どこからともなく声が聞こえた。
「え?」
突然のことに俺は呆気に取られる。魔法での攻撃。魔造機人の数体が一度に吹き飛ばされてバラバラに弾け飛んだ。俺は慌ててその攻撃のあった方向を見る。
「遅れて申し訳ありません」
そして倉庫の中に神宮寺が入ってきた。
「皆さん、ご無事ですか?」
ゆっくりと歩いて俺たちの前まで辿り着いた。その間に相手の攻撃はなかった。一之瀬も突然のことに困惑して判断に困っているのだ。
「琴音が連絡したのか?」
「うん、玲ちゃんは優秀なんだよ。悠一君たちのいる場所を特定してくれたのも玲ちゃんなんだ」
それは神宮寺に感謝しなければならないな。
当の神宮寺本人は涼しい顔で一之瀬へと警告の言葉を発する。
「すでにこの倉庫一帯は包囲しました。仲間の応援は期待しない方が良いですよ」
その言葉で俺も穴の奥を見ると、倉庫の外に数名の人影が見えた。あの人たちも魔装部隊なのだろう。この人数がいれば確かに一之瀬の仲間が助けにくるのは難しい。
だが、孤立した一之瀬は笑っていた。
「随分と行動が早いのではありません? よくこれだけの人数をすぐに動かせましたわね」
「ショッピングセンターの一件で煉条君の正体に組織が勘付いたかもしれないことを懸念はしていました。もっとも、それ以前から魔装団の動きが怪しかったので煉条君の警護は強化していたのですが……今回の件は失態です」
おそらく琴音が俺のマンションに来たのも警護の強化の一環なのだろう。
「さて、一之瀬さん。我々と一緒に来てもらえますか?」
「今さら諦めてたまるものですか! 邪魔をするならあなた方も退けるだけですわ!」
「仕方ありませんね。私は戦闘方面の魔法は得意ではないのですが……」
神宮寺は一之瀬と戦うつもりだ。そして倉庫の周囲にいた魔装部隊の人たちもいつの間にか中に入ってきていた。周囲を警戒するためか外に残っている人も何人かいるようだが、神宮寺を含めて十二人が一之瀬を取り囲む。
「絶体絶命、といったところでしょうか……ですが、まだ終わりませんわ」
一之瀬はにやりと微笑む。そして再び右手を鳴らした。




