8-1 護衛
side-A
目の前にいる二人を見た俺は嬉しさのあまり叫んだ。
「琴音、彩華! お前ら、来てくれたのか!」
「あんな小さな手掛かりよりも今度はメモでも残してほしいわね」
彩華がいつもの調子で軽口を叩く。今はそれが凄く頼もしい。
「んなこといってもあれが精一杯だ。むしろよくやったと褒めてほしいな」
一之瀬に気付かれずに手掛かりを残せただけでもファインプレーだと思ってほしい。指先で鎖を外して握りしめ、倒れた自分の体を死角にして作業をしたのだ。
「一之瀬綾乃さん、あなたを拘束します。無駄な抵抗はせず、大人しく投降してください」
琴音がいつになく強い口調で一之瀬に言った。すでに琴音は一之瀬の名前を知っているようだ。随分と仕事が早くて驚いた。
「っ、そんなことさせませんわ。邪魔をするのなら容赦しません」
一之瀬はもはや俺のことは相手にせずに二人に敵意を向けていた。
彼女も適応者なのだ。人数では優っていても油断は出来ない。
「悠一を返してもらうわ」
ゴスロリドレス姿の彩華が一之瀬に右手を向ける。魔法で攻撃するつもりなのだろう。
だが、そこで琴音が彩華を止めた。
「待って、彩華ちゃん。民間人に戦わせることはできないよ。私が相手をするから彩華ちゃんは悠一君をお願い」
「……大丈夫なの? あなた、適応者じゃないわよね?」
「うん、だけど心配しなくても平気。私は大丈夫だよ」
琴音は自信満々に微笑む。
それを聞いた俺は意外に思った。魔装部隊にいるのだから琴音もてっきり適応者だと思っていたからだ。
「ここまで一度も解放したところを見せないからおかしいと思ったわ」
彩華は呆れるように呟くが、その表情は心配そうだった。もちろん俺も心配だ。
「琴音、本当に大丈夫なのか?」
「うん、任せて、悠一君。私だって魔装部隊の人間なんだよ?」
琴音は片手をスカートへと持っていく。スカートが僅かに捲れ上がる。その動作に俺は一瞬だけ驚いたが、その後すぐに見えたものが何なのか分かり、俺は別の意味で驚くことになる。
その太股にはレッグホルスターが付けられていた。そして、琴音はそこから拳銃を取り出した。琴音は慣れた動作で拳銃をリロードする。
「それでわたくしと戦うつもりなのですか?」
一之瀬が馬鹿にするように言った。無謀だと思っているのだろう。
俺でさえ一之瀬と同じ意見だ。いくらなんでも魔法を使う相手に生身で戦うのは無謀過ぎる。銃弾が当たれば適応者も死ぬだろうが、そもそも当たる気がしない。
「悠一君、危険な目に合わせちゃってごめん。あと少しだけ待っててね」
だが琴音は一之瀬の顔を見据えたまま俺に言った。その顔はとても凛々しく、いつものお淑やかな琴音とは違った雰囲気があった。そして俺は気付く。琴音は勝つつもりだ。
「一之瀬さん、あなたを確保します」
まず動いたのは琴音だった。素早い動作で一之瀬に銃口を向けたかと思うと、銃弾を一発だけ放つ。
だが一之瀬は右手を前に出し、結界を防いだ。俺の目には、一之瀬は琴音の一連の動作を目で確認してから結界を張ったように見えた。おそらく普通の人間より身体能力が優れる適応者は銃弾を目視することさえも可能なのだろう。
一之瀬は右手を琴音に向けたまま、優雅な笑みを浮かべた。
「いきなり発砲するなんて物騒ですわね」
「対適応者用に改良された麻酔弾だから安心して良いよ。魔法で調整されてるし、適応者なら死ぬことはまずないから」
今の一発は牽制のつもりだったらしい。琴音は、今度は連続で銃弾を一之瀬に放った。銃弾は正確に一之瀬の体を捉える。
だが、一之瀬の姿がそこで消える。そして一瞬で琴音の背後に周り込むと、琴音の背に右手をかざした。右手から魔法が放たれる。
しかし琴音はしっかり反応していた。攻撃を軽やかに横に回転して避ける。そして体勢を立て直すと同時に発砲。一之瀬は再び結界を張って防いだ。
琴音の身体能力に驚いたが、いくら撃っても一之瀬には届かないのは明らかだ。銃弾さえ適応者の強化された動体視力で見切ってかわされる。
だが、琴音は諦めていなかった。攻撃が止むと同時に一之瀬に向かって走り出していた。
「っ!」
一之瀬が連続で魔法の球を放つ。だが琴音はそれを全て紙一重で避けながら接近していく。そして反対のレッグホルスターからもう一つの拳銃を抜いて左手に持つと、至近距離から両手の銃を連続して一之瀬へと放つ。
「くっ」
一之瀬は顔をしかめた。結界で防いではいるが、いつまでも防いでいては攻撃出来ない。それに魔力にも限りがある。魔力が尽きれば琴音の勝利だ。
弾が切れると、琴音は瞬時にその場から離脱する。戦法としては攻撃と離脱を繰り返すヒットアンドアウェイ。一之瀬は琴音の動きに翻弄されていた。
慣れた手付きで素早くマガジンに弾を込め直すと、琴音は再び拳銃を一之瀬に構えた。
「琴音ってこんなに強かったのか……」
「というより、無茶苦茶だわ」
すでに拘束を解かれた俺は、彩華と一緒にその戦闘をただ茫然と見つめていた。琴音の動きは人間離れしている。適応者相手に対等に戦えることがまず異常なことだ。
「ただのお茶組みで魔装部隊にいるわけじゃないんだよ? ……悠一君は私が守るって言ったでしょ?」
俺の声が聞こえていたらしく琴音は俺ににこりと微笑んでから、一之瀬へと再び発砲を繰り返す。まだ琴音には余裕があるように見えた。本当に琴音は何者なんだ。
「このっ――くっ、一体何なんですかあなたはっ?」
一之瀬は接近してくる琴音に恐怖を感じているように見えた。適応者ではない人間がここまでやるとは思っていなかったのだから仕方ない。俺たちの比ではないくらい動揺していることだろう。
琴音は走りながら拳銃を連続で放つ。そして全て撃ち終えると、一旦レッグホルスターに拳銃を戻し、今度は懐から大型のナイフを二本取り出す。そして両手に持ったそれを一之瀬に交差して振るった。
一之瀬はそれを全て結界で受け止める。ナイフと結界がぶつかり合い、鍔迫り合いのような形となった。
琴音は不利と悟ったのか再び距離を取る。ナイフから拳銃に武器を変えた。
「……あなた、本当にただの人間ですの?」
「うん、一応私は普通の人間だよ。ちょっとズルはしてるんだけどね」
琴音は苦笑を浮かべた。その可愛らしい笑みを見れば、まるで今の攻防は夢だったのではないかと思えるくらいだ。だが琴音の両手にある拳銃が俺の考えを否定する。
状況は互角のように見える。琴音が一方的に攻撃しているが、一之瀬に一撃も与えていない。だが、まだ一之瀬も琴音に攻撃を当てることが出来ていない。このまま膠着状態が続けば琴音の狙い通り魔力切れに持ち込むことが出来るだろうし、その前に魔装部隊の増援も駆け付けるだろう。
「……やっぱり直接戦うのは私には向いていないようですわね」
それを一之瀬も理解しているのか、顔をしかめて弱気な発言をする。出来ればこのまま諦めて投降してほしい。だが、彼女が大人しく諦めるような性格には思えなかった。何だか嫌な予感がする。




