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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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6-1 復讐

side-A


 ここはどこだ。


 目が覚めると俺は薄暗い建物の中にいた。

 首を動かす。結構な広さだ。周囲のコンクリートの壁に寄せて、大きなコンテナが詰んで置いてある。その荷物を運ぶ時に利用すると思われる大きなシャッターも見える。どこかの倉庫だろうか。

 立ち上がるために動かそうとしたが、そこで腕を縛られていることに気付いた。


「目が覚めたようですわね」


 一之瀬綾乃が感情の読めない無機質な視線を俺に向けていた。


「……一体、どういうつもりだ?」


「言ったでしょう? 煉条さんにはわたくしの野望に協力してもらいますわ」


「……何だか知らないけど俺にそんな力はないぞ? 俺はお前みたいな適応者と違って、ただの一般人だ」


「さて、それはどうでしょう?」


 一之瀬は怪しく微笑む。


「わたくし、あなたのことを多少は知っていますの」


「俺はお前のことを初めて知ったぞ?」


「ええ、ですがわたくしは違いますわ。それに、わたくしはあなたのすぐ近くにいたこともありましたのよ?」


「なに?」


「あなたは以前、魔造機人と遭遇したことがあるでしょう?」


 おそらくショッピングセンターでの出来事のことを言っているのだろう。


「ああ……あれはお前の仕業だったのか?」


「ええ、ちょっと用事がありましたの。あなた方が邪魔をしたせいでそれは失敗してしまいましたが……ですが、そのおかげでこうしてあなたを発見することが出来たのですからよしとしましょう。捕まってしまった彼もきっと分かってくださると思います」


 何のことを言っているのかさっぱり分からないが、捕まったという単語が気になった。魔造機人が戦った相手が神宮寺たち魔装部隊である点から推理すると、一之瀬が言う『彼』とは魔装団の人間の可能性が高いように思う。あの魔造機人たちは一之瀬の仲間を助けるために仕向けたものなのだろうか。


「で、つまりお前はあの時あの近くで俺たちを見ていたわけか。それで、俺の何が分かったんだ?」


「最初はきっかけに過ぎませんでした……結界の中に入ってきたあなたが何者なのか気になりましたが、その時はそこまで重要視していませんでしたわ。適応者でなくても結界に入ることは不可能ではありませんから。ただ、目撃されたからには、あなたが誰なのか知るために調査をしました。いくら適応者でなくともあなたがわたくしたちの驚異にならないとも限りませんものね。けれど、ようやく居場所を見つけたあなたの名前を知った時は本当に驚きましたわ。まさかあなたが煉条悠一だとは」


「……どういう意味だ?」


 俺は有名人でもなければ一之瀬に目を付けられる覚えもない。

 しかし一之瀬は不敵に微笑みながら言った。


「煉条悠一、あなたはアルス・ノトリアの器候補なのです」


「あ、あるす……何だって?」


「アルス・ノトリア、数ある魔導書の中でもかなり強大な力を秘めた魔導書の一つです。アルス・ノトリアと契約した適応者は一瞬で街を一つ破壊出来るとまで言われています」


 そんなヤバい魔導書があるのか。というか、そんな適応者がいたらもはや兵器だな。


「そして、魔導書の方はすでに私たちが所持しております。あとは器となる候補者を見つけるだけなのですが、それが少し厄介なんですの」


「どうしてだ?」


「アルス・ノトリアの力が強大なせいで、契約出来る適応者がなかなか見つからないのですわ。いくら優れたソフトがあっても、それを動かすハードがないんじゃ無意味ですわ」


「……つまり話をまとめると、俺がその魔導書に適応出来る器候補だからさらったってことか?」


「ええ、察しが良くて助かりますわ」


 ようやく繋がった。一之瀬の話が事実だと仮定するなら、琴音が俺を護衛していた理由もそれに関係があるのだろう。俺にそんな素質があるなんてとても信じられないが、今の状況がそれを証明していた。そうでなければ魔装団も魔装部隊も俺なんかに構うはずがない。自分がその魔導書の器候補であることを前提にして、俺は質問を続ける。


「お前は魔装団の人間なんだよな?」


「はい、そうですわ」


「目的は何だ? お前は何のために魔装団に協力している? 世界を変革して適応者だけの楽園を作るとか聞いたが、世界を適応者だらけにして最終的にどうしたいんだ? お前はそれで何を得る?」


「一度にいくつも質問をしないでくださいますか? それに一つ言っておきますが、わたくしは組織のいう『楽園』には興味ありませんわ」


「はあ? じゃあ何で魔装団なんかに協力してるんだよ?」


「……わたくしはこの世界に復讐するのです」


「復讐だと?」


「世界の変革自体はどうでも良いです。ですが、その過程で適応者の存在が公になれば、結果的に両親の研究が正しかったことの証明になる。彼らはわたくしにその機会を与えてくださりましたわ。ですから、わたくしが魔装団に協力するのは目的ではなく手段のためです」


「……何だか理由があるみたいだが、魔装団に手を貸すのなら俺は協力出来ないぞ。奴らの考えが狂っているのは理解出来るからな」


 どんな理由があっても魔装団のやろうとしていることは間違っている。適応者になれない人間はどうするのか。そして世界が適応者だらけになったらその力を犯罪に使う人間も爆発的に増える。どうやって治安を保つのか。今より良い世界になるとは到底思えない。


「……仕方ありませんね。それでもあなたの意志には関係なく、組織に連れていきますわ」


「させるか。俺がいなくなれば、監視をしていた魔装部隊の人間が俺を追ってここまで来るはずだ。お前も魔装部隊に捕まるぞ」


 すると一之瀬はくすっと笑った。


「ですがどうやってあなたがここにいることを知らせるのですか? あなたが誘拐されたことに気付いても手掛かりが皆無です。あなたを探している間にすでに組織に到着していますわ。それに携帯もわたくしが預かっているのですよ? もう少しで連絡出来そうでしたが残念でしたわね」


「くっ」


 万事休すだ。もうこの場で俺に出来ることは少ない。あとは信じることくらいだ。


「さあ、煉条さん、もう少しでこちらに私の仲間が来ますわ。一緒に魔装団の本部へと向かいましょう」


 ここが仲間との待ち合わせ場所だったらしい。だからここでのんびりしていたのか。

 どうする。このまま誘拐されて敵のアジトを見るのもありだが、その後に脱出できる保障もない。やはり逃げることを考えた方が現実的だろう。


「暴れないでください。もう一度眠らせませしょうか?」


 一之瀬が俺に近付いてくる。そしてその手が俺の頭上に向かう。


 だが、そこで大きな爆発が起こった。


 突然の破壊音。爆風。室内に広がる煙。目を開けていられなくなる。それでも突風が止むと俺はその方向を見る。分厚いシャッターが壊れ、そこに大きな穴が開いていた。


「くっ、一体なにが……」


 一之瀬も顔をしかめてその方角を見ていた。

 やがて煙が晴れていく。穴の向こうに二つの人影が見えた。


「悠一君!」


「まったく、世話を焼かせるんだから」


 そこにいたのは琴音と彩華であった。


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