4-1 転換
放課後、俺は校舎の裏に呼び出された。
しかし呼び出した相手が誰か分からない。俺は自分のクラスメイトから伝えられたのだが、相手のことを聞いても要領を得なかった。特に不思議なのは、どんな人物だったのか聞いても男か女かさえ覚えていないという。とにかく伝言でその旨を俺に伝えてほしいと言われたことだけは覚えていた。
奇妙に思いながらも俺は校舎裏で相手を待っていた。
琴音と彩華は先に校舎を出て校門で待っている。俺を置いて帰っていても良いと言ったのだが、二人とも待っていてくれる。
「にしても、誰なんだろうな……」
不良に目を付けられて呼び出されたというわけでもないだろう。ここにそんな柄の悪い生徒はいないはずだ。それなら次に考えられるのは告白されるという展開だ。これもベタだが可能性としてはなくもない。またはそう思わせた悪戯だという可能性もあるが、それなら偽のラブレターでもないと効果が薄いので不自然だ。結局考えても仕方ないので出たとこ勝負だ。
そんなことを考えていると、後ろから人が来る気配がしたので振り返る。
「お待たせいたしました」
目の前にいたのは黒いドレスを着た美少女だった。ドレスは腕や胸元が大きく露出しているタイプで、形の良い胸が強調されている。俺は呆気に取られて彼女を凝視する。その女の子はスカートの端を摘まんで優雅にお辞儀をした。そして上品な微笑を浮かべる。その姿は、どこかミステリアスな印象を俺に与えた。
一度も見たことないがこんな子がうちの高校にいただろうか。というか高校生なのか。そして彼女の服装に俺は警戒心を抱いた。
「えっと、君が俺を呼び出したのか?」
「ええ、わたくしですわ」
その女の子は再び微笑むと、俺をじっと見つめる。
「あなたが煉条悠一さんなのですね?」
「え? あ、ああ、そうだけど?」
何かおかしい。向こうも俺のことをあまり知らないような、そんな口調だ。
「やはりそうなのですね……ふふ、やってくれますわね」
彼女は何やら独り言を呟くと、くすくすと薄く笑う。
困惑したまま俺は彼女に尋ねた。
「あの、とりあえず君の名前を教えてくれるか?」
「あら、ごめんなさい。わたくしは一之瀬綾乃と申します」
「一之瀬……」
やはり知らない名前だ。いや、昔どこかで聞いたことのあるような気もする。だが、この子を見たのは間違いなく初めてのはずだ。
「何年生?」
「二年生ですわ」
「え? じゃあ同級生? 俺、一之瀬さんのこと全然知らなかったんだけど」
「知らないのも当然です。わたくし、ここの生徒ではありませんから」
「そ、そうなのか?」
他校の生徒が俺に何の用だ。そもそも何で学校の中で会うんだ。その服装は校内じゃ目立つんじゃないのか。それとも、あえてその服で来る必要があったとしたら。
「悠一さん、今日はあなたにお願いがあって来たのですわ」
「お願い?」
「ええ、どうかわたくしの野望に協力してください」
いつの間にか一之瀬さんは俺の目の前まで接近してきていた。そして右手を伸ばして俺の頭へと向ける。それを自覚した時にはすでに手遅れだった。
「え?」
その瞬間、目の前が暗くなる。俺の手から鞄が落ちる。体から力がするりと抜けた気がした。地面に手を付く。頭も鈍い。思考力が低下する。苦痛はない。むしろ心地良い感覚。この感覚を俺は以前に一度味わった覚えがあった。
これはもしかして魔法なのか。
「おやすみなさい、煉条さん」
なんとしても意識を失うのを避けなければ。意識を集中し、強引に目を見開く。
体が重い。地面に倒れたのが分かった。なんとか抵抗しようと必死に手を動かしてもがく。すぐ側にあった自分の鞄にその手が当たる。鞄に付いていたストラップを咄嗟に握りしめる。諦めてたまるか。まだ力は入る。俺は立ち上がるために腕に力を入れる。だが、自分を支えるだけの力はなく、また地面に倒れる。
顔を上げると、一之瀬は無表情で俺を見下ろしていた。
俺をどうするつもりなのか。お前は一体何者なんだ。
頭が働かない。眠い。
完全に意識を失う直前、俺はポケットにあった携帯を握りしめた。




