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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第五章 そして重なる時間
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3-1 弁当


 そしてさらに数日後。昼休みに俺は中庭に呼び出された。呼び出した相手は彩華だった。

 学校の中庭は閑散としていた。ベンチがいくつか置いてあるが、昼休みといえどもわざわざ外履きに履き替えるという面倒な行為をしてまでここまで来る人は滅多にいない。

 その中庭の隅っこで俺と彩華は向き合っていた。


「で、何の用なんだ?」


 わざわざこんな人気のない場所に呼び出して何の用事なのだろうか。以前のように屋上へ行く階段じゃ駄目だったのか。俺を呼びだした彩華の意図が読めない。

 それだけ大事な話だとしたらやはり適応者関係だろうか。妹の手掛かりが見つかったのか。それとも悪い報告でもあるのだろうか。


 訝しんで彩華を見つめる。彩華は俺から目を逸らしたまま視線を合わせようとしない。


「ゆ、悠一? その、えっと……」


 俯いてモジモジと体を動かす彩華。かなり挙動不審だ。


「……トイレでも我慢してるのか?」


「ち、違うわよ!」


 彩華はそわそわしていたが、意を決したように俺を見ると、後ろに隠し持っていたらしい謎の物体を俺に差し出した。


「……これ」


 ぶっきらぼうに俺へと押し付ける。それは布に包まれた長方形の箱だった。


「え?」


 俺は呆気に取られる。一体これは何だ。弁当のように見えるのだが、ではなぜそれを俺に渡すのだ。


「以前、あなたに言ったでしょう? 私の料理の腕を披露してあげるって。その約束を果たそうと思ったのよ」


 確かにそんなことを話した記憶はある。だけど本当に作ったとは。


「ってことは、これを俺にくれるのか?」


「ええ、悪い? これで約束は果たしたわよ。あくまで約束だから作ったのであって他意はないのよ? 勘違いはしないでもらえるかしら?」


「別に勘違いはしないけど……」


 約束というほどしっかりしたものではなかったはずなのだが、彩華も意外に律義だ。だから俺に今日、弁当を持ってこないように念を押していたのか。最初は驚いたが今は嬉しさが優っていた。彩華の手作り弁当となれば喜んで頂こう。


「サンキュー、彩華。かなり嬉しい」


「ま、まあ、余り物の食材で、自分の分のついでに作った物だから期待はしないで頂戴」


 やけに謙虚だな。さっきまでは自信満々なように見えたのだが。


 俺たちは中庭の隅に置かれたベンチに座って、揃って弁当を広げる。


「おっ……」


 蓋を開けると思わず声が出た。

 そぼろが上に乗せられた白米。卵焼きに、きんぴらごぼう、タコさん型に切られたウインナー。家庭的でシンプルな食材。しかしついでと言うわりに、どれも手間をかけているのが分かった。食材にしてもとても余り物のようには見えない。


 しかも隣の彩華の弁当を見ると、同じ中身なのにむしろ俺の弁当の方が綺麗に整っていて気合いが入っているようにさえ見える。これじゃあどっちがついでなのか分からない。

 色々疑問に思うこともあるが、とりあえず食べるとするか。

 まずは卵焼きを口へと運ぶ。


「ど、どうかしら?」


 不安そうな顔をした彩華が俺の顔を覗き込む。


「ああ、普通に美味いぞ。俺の嫁に来てほしいくらいだな」


 俺は冗談めかして答える。

 一瞬、彩華の顔が綻んだように見えたが、すぐに口元を引き締めて不機嫌そうな表情に戻った。


「ま、まあ、私に掛かればこのくらい楽勝ね。この程度でそんな軽口を叩けるのなら次はもっと手の込んだものを見せてあげるわ」


「ああ、楽しみにしてるぞ」


 素直じゃない反応に俺は苦笑した。

 それから無言で箸を動かす。しばらくして弁当は空になった。


 ちらりと隣の彩華を見る。まだ自分の弁当を食べていた。

 本当に素直じゃない奴だ。見栄を張る必要なんてないのに。


 最初に弁当の蓋を開けた時、俺はある疑惑を抱いた。そして、それは次第に確信へと変わった。

 彩華はこれまで料理を作った経験が本当はないんじゃないのか。それを隠すために陰で努力していたのではないか。

 つい最近、彩華の指に絆創膏が巻かれているのを見たことがある。あれは失敗して包丁で手を切ったからではないのか。


 そして毎朝、予鈴ギリギリになって学校に来るのは、家で弁当を作っていたからではないのか。それで車で送迎してもらっているのではないか。そう考えると昼の単独行動にも説明が付く。昼に一人でいるのは練習のために作った自分の弁当を食べているからではないのか。それを俺に見せたくないのではないか。鞄ごと持って移動しているのがその証拠だ。


 そしてこの弁当。おいしいのは間違いない。見た目も確かに美味そうだった。だが、よく観察すると、タコさんウインナーの切れ目はバラバラで不格好であったし、卵焼きも火を通し過ぎたのか形が崩れていた。他にも所々、思考錯誤した様子が見られたのだ。

 思えば弁当の話題が出たのは琴音のことを相談している時だ。理由は分からないが、彩華は琴音に対抗意識を持ったのではないか。それで自分も弁当を作ろうとしたのではないのだろうか。


 負けず嫌いの彩華らしいが、何とも微笑ましい。


「……なに? 食事中にジロジロ見ないでくれるかしら?」


「別に……彩華も意外に可愛いところがあるんだな」


「ど、どういう意味かしらっ?」


「さあな、ただの独り言だ」


 全ては俺の想像でしかないが、そう考えると彩華がとても愛おしく見える。


「何よそれ? ちゃんと説明しなさいよ!」


 狼狽する彩華は正直可愛かった。いつも勝ち気で自信たっぷりな彩華ばかり見ているからか、その表情は新鮮でギャップがあった。そして改めて思う。やっぱり彩華も美少女だよなぁ。


「ちょっと悠一、聞いてるのかしら? 一人で何にやにやしてるのよ?」


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