3-1 信頼
side-A
俺はマンションの自室のベッドで横になった。ぼんやり天井を見上げる。今日の出来事は驚きの連続だった。だが、おかげで収穫もかなりあった。少しずつでも前進している気がする。
「適応者、か……」
しばらく考え事をしていると、ドアを叩く音がした。
「悠一君、まだ起きてる?」
「ああ、起きてるぞ」
ベッドに腰掛けて返事をすると、琴音は中に入ってきた。俺を見つめる表情は複雑そうだ。あれからマンションに戻った俺たちだが、琴音はイマイチ元気がなかった。まだ今日のことを気にしているらしい。
「あの、悠一君……」
「なんだ?」
琴音は言葉を選ぶように重い口を開く。
「えっと、今日のことだけど……私たちのこと、どう思ってる?」
「どうって?」
「悠一君が私のことを信じるって言ってくれて嬉しかった。だけど本当にそれだけ? 正体を秘密にしてたことを怒ってるとか、私たちが怖いとか……だから、もし何か言いたいことがあるなら正直に言ってほしいの。私も受け止める覚悟はあるから」
琴音は探るような瞳で俺の反応を窺う。まだ自分が隠し事をしていたことを気にしているのだろう。真面目な子だ。ますます琴音が愛おしく思えた。
「そうだな……安心した、かな」
「え?」
「琴音たちの正体が分かって安心した。ここにいる理由は気になるけど、話せない理由は仕事だからだって分かった。前進したんだから今さら怒ることなんてねえよ」
神宮寺たちの話を聞いて、俺と彩華はとりあえず二人のことを信用することに決めた。
だけど、まだ全面的に納得出来たわけではない。俺に暗示をかけた人間が琴音たちの関係者だという疑いはまだ残っている。政府が何らかの目的で妹をさらったという可能性だってあるのだ。それに俺のところに琴音が来た理由も不明だ。だから暗示の件は黙っていることにした。
以前、琴音に俺の家族について聞いた時、妹はいないと言っていた。だが、政府の人間まで俺の妹の存在を知らないのは奇妙ではないか。暗示の効果がどこまであるのか知らないが、琴音まで暗示にかかっているとは考えにくい。記録を全て抹消したということも考えられるが、人間一人の存在を消すのは簡単ではないはずだ。むしろそれなら政府が隠していると考えた方がまだ納得出来る。
だけど、琴音に悪意がないことは何となく確信している。俺を庇った時の琴音は真剣だった。あれが演技だとは到底思えない。だから俺が琴音を信用しているという気持ちに偽りはない。だが、俺は政府、そして魔装部隊にまでは気を許していない。信用しているのはあくまで琴音個人に対してだ。
俺が琴音にどう接すれば良いのか悩んでいるのは、そんな中途半端な感情のせいだった。
「でも、私は悠一君たちに正体を隠していたんだよ?」
「それが悪いと思うなら俺に任務の内容を教えてくれ」
「……ごめん、それは出来ない、かな」
「それならもう気にするな。俺は別に正体を隠していたことに関しては何とも思ってないから」
それでも琴音はまだ不安そうに俺を見つめていた。このままじゃ埒が明かないので俺は自分の気持ちをもっとオープンにすることに決めた。
「えっとな、琴音がマンションに来た日、俺はお前のことをまだ信用出来ないって言ったけどな、今の俺は琴音を信用してるんだ。それはさっきも言ったよな。だから琴音も、俺のことをもっと信用してくれないか?」
「……ごめん」
「まあ、でも琴音が俺のことをちゃんと信頼してくれているのは知ってるからな。だからあんまり気にするな。ほら、分かったならもうこの話は止めだ」
俺は苦笑を浮かべる。琴音は黙って俺を見つめていたが、次第に目にじわりと涙が浮かぶのが見えた。
「……ありがとう、悠一君」
「な、泣くなよ。どうしたんだ?」
「ごめん……でも、嬉しくて……悠一君が私のことをこんなに信じてくれてたなんて……それなのに私は隠してることばっかりで……本当にごめんなさい……」
ぼろぼろと涙が琴音の瞳から落ちていく。
「……まったく、これだから放っておけないんだよ」
俺は立ち上がると、琴音の頭を撫でた。無意識の行動だった。だけど後悔はしていない。
「琴音はしっかりしてるけど、ちょっと責任感があり過ぎるのかもな」
「……それはよく言われるかも」
「もっと楽に考えて良いんだぞ。勝手に俺のマンションに上がり込んで来た時の図々しさはどうしたんだ? もし他にも悩みがあるなら一人で溜めこまずに俺に何でも相談してくれ」
「うん……」
琴音は下を向いたまま泣き続けた。しばらくすると、ようやく落ち着いたようだ。俺は撫でるのをやめて琴音の前にただ突っ立っていた。しばしの沈黙。間が空いたことで俺は今の状況を冷静に考える余裕が出来た。
目の前に琴音がいる。風呂上がりの琴音の髪からシャンプーの香りがほのかに漂ってきた。
そういえば俺の部屋に二人きりでいるんだよな。
背後にあるベッドを意識してしまい俺の息子がムクムクと成長する。こっちは全然冷静じゃなかった。
こんな状況なのに、俺は琴音の胸元を見てしまう。パジャマの上からでもその形の良い胸の大きさがはっきりと分かる。もしかして下着を付けていないのでは。雑念は消えるどころかますます大きくなっていく。俺の息子も完全に元気になってしてしまっていた。
「……悠一君」
「な、なんだ?」
「あの、その……も、もしかして、興奮、してる?」
琴音の視線が俺の下腹部へと向けられていた。琴音の顔は真っ赤だった。そしてそれは多分俺も同じだと思う。琴音に気付かれた。
「いや、なんというか、これは本能的なもので決してエロいことを考えていたわけじゃなくてな……」
そこまで言ってから考え直す。今さらどんな言い訳しても手遅れではないか。
「わ、悪い、本当はこんな時だっていうのにエロいことを考えてた。弁解のしようがない」
最低だ。琴音は真剣に話してくれているのに俺はなんて馬鹿なことを考えているんだ。完全に嫌われてしまった。その証拠に琴音はずっと黙ったままだ。
こうなれば土下座をしようと考えていた時、ぽつりと声が聞こえた。
「……良いよ」
「え?」
すると琴音は、俺の胸に自分の体をぴたりとくっ付ける。琴音の体温、息遣いを俺も感じた。その状態のまま、琴音は顔を上げずに続ける。
「前に言ったよね? 悠一君が望むならエッチなこともしていいって」
「っ! いや、だ、だけどそれは琴音も困るだろ? てか、何言ってるんだっ?」
「やっぱり私じゃ駄目かな? 悠一君も彩華ちゃんが相手の方が良いよね?」
「な、なんで彩華がここで出てくるのか分からないけど、駄目とかそういうんじゃなくてだな、俺たちは付き合っているわけじゃないし、そういうのは高校生ではまだ早いというか……」
何言ってんだ俺。落ち着け。それより琴音は本気なのか。
琴音の柔らかい胸が俺に当たっている。
このまま抱きしめるべきか。いや、そんなことをして勘違いだとしたらどうする。だけど、これは間違いないのでは。むしろ断る方が失礼なんじゃないのか。いや、でも、俺たちはまだ付き合っているわけではないし、一緒に暮らしているのも任務であって、決してそういうことをするためではない。いや、だけど、しかし。
俺は体を硬直させたまま思考の堂々巡りを繰り返す。まだ結論は出ない。
その時、琴音はゆっくりと俺から離れた。
「……そうだよね。ごめんね、変なこと言っちゃって。今のは全部忘れて」
苦笑を浮かべてそう言うと、慌てるように俺の部屋から出て行ってしまった。
俺は何も言えずにそれをただ眺めていた。
心臓がバクバクしている。だけど実感が湧かない。まるで夢のような出来事だった。
それでも、琴音のあの心地の良い温もりを忘れることは出来なかった。




