2-1 楽園
Side-D
「二人ともしっかり働いてくれているようだね」
魔装部隊本部のとある一室。部屋の真ん中に置かれたソファーに僕は体を預けていた。ここのソファーは少し固いが安物なので仕方ない。うちは貧乏なのだ。
部屋の奥の机にどっしりと座っている新十郎は僕の言葉に頷く。
「ああ、頼もしいものだな」
柊新十郎、我が魔装部隊の長、つまり一番偉い人間だ。五十代に入り、この部署では最年長に当たる。すでに全盛期は過ぎているが、今でも並の適応者なら片手で軽く捻るだけの実力はあるだろう。
「さっき来た玲にしてもそうだし、若者が有能なのは嬉しいことだねえ」
「お前がそれを言うのか、久瀬」
「あ、今のなし。ちょっと年寄り臭かったね」
僕が笑って言うと、新十郎は複雑そうな顔をしていた。
「しかし、君が魔装部隊に来て十二年か。君ほど特殊な人間は他に見たことがないな。未だに会話をするとたまに違和感を覚えてならん」
「そう? 今さら敬語もおかしいでしょ?」
「そういう問題ではない……しかし、毎年のように新人に驚かれるのは考えものだな」
「はは、そうだね」
同意して僕は続ける。
「昔話なんかしてどうしたのさ? まだ定年には少し早いよ?」
「別に深い意味はない。ちょっとした愚痴だ。だが、出来れば私の定年までにこの件に片付けてしまいたいのは確かだがな」
それは僕も同感だ。早いとこ魔装団を潰してしまわないと取り返しの付かないことになるかもしれない。
「魔装団ってかなり昔からある組織なんだよね?」
「私がここに配属になった頃にはすでに存在していたからな。かなり歴史のある魔術結社なのは間違いない」
「へえ、それじゃあ今まで何で放置してたの?」
「そもそも近年まで魔装団の活動はそれほど活発ではなかったからな。次々と頻繁に魔導書絡みの事件を起こすようになったのは最近の話だ……それくらいお前も知っているだろう?」
「まあね」
それにしても、なぜ今になって魔装団が活動し始めたのか、それが問題だ。おそらくはあの魔導書を手に入れたことと関係があるのかもしれないな。
「でも世界の変革なんて随分と壮大だよねぇ。『楽園計画』だっけ?」
すると新十郎は重々しく頷く。
「世界中の適応者候補を適応者にしてしまって適応者中心の世界を作る、だったか。そんなことが到底可能とは思えないのだがな」
「選ばれた人たちだけの楽園、か。まあ、普通は魔導書の力を借りても不可能だよね。でも、万が一ということもある。魔法には無限の可能性があるからね」
「ああ、だから絶対に魔装団の企みは阻止せねばならん。なんとしてもな」
「そのためにも器は絶対に守らないとね。『アルス・ノトリア』は奴らの手の中にあるんだから」
「ああ、当面の目標は、魔装団の鎮圧、アルス・ノトリアの回収、器候補の保護だな」
「ま、器の方は玲たちが守ってくれるだろうし、今のところは大丈夫なんじゃないかな?」
後手に回っているのが懸念材料だが、こればかりは魔装部隊で地道に魔装団の団員と本拠地を見つけるしかないので時間が掛かる。
「そうか……何としても器の存在は秘匿しておかなければならない。こちらの貴重なアドバンテージなのだからな」
「そうだね」
今は冬耶の存在が魔装団にとって良い目眩ましになっているはずだ。
だが、玲の報告も気になる。もしも不審に思って調べられたら器の存在に勘付くかもしれない。油断は禁物だ。




