7-2 暗示
つい半年前、彩華と出会うまで、俺は妹がいないと思い込んでいた。あの広いマンションに何の違和感も持たず、普通に生活していた。彩華が俺の前に現れたのは妹を探していたからだ。なんでも、妹と彩華は友達だったのだという。それが本当かどうかは知らないが、彩華は俺に妹のことを問いただした。
だが俺の反応が奇妙なので暗示の魔法がかけられていると彩華は気付いた。そしてそれを瞬く間に解いたのだ。その時に適応者の話を彩華から聞いた。そして俺と彩華は同盟を結び、一緒に行動するようになった。
それだけのことだ。何もやましいことはない。だが、話してしまっていいのか。俺は琴音と神宮寺の人間性について充分に信用しているが、妹の失踪に関わっているとなれば話は別だ。言葉は慎重に選ばなければならない。
俺は彩華をちらりと見ると、彩華は首を横に振った。
「いえ、秘密なんて何もないわ。むしろ神宮寺さんこそ何を隠しているのかしら?」
「隠す?」
「あなたたちは私たちの知らないことを知っている。それを話してほしいの」
すると神宮寺は彩華をじっと見たまま少し考える仕草を見せる。しばらくして神宮寺は口を開いた。
「そうですね……先程の戦闘からしてあなたは魔装団ではないようですし、我々に敵意もないと判断します。お話しても良いでしょう」
俺も色々と聞きたいことがあったが、彩華が俺を制して先に神宮寺に尋ねる。
「あなたたちはあのロボットを知っているのよね? 確か魔造機人だったかしら。彼らは魔法を使っていたわ。あれは一体何なの?」
「はい、魔造機人とは、人造的に適応者と同じ力を使える機械の兵士です。その動力源は魔力。魔力を込めた人間の命令で動きます」
「そんなことが可能なの? 確かに魔力を流し込んで金属の塊を思い通りに操ることは出来るわ。だけど、その物体が魔法を使うとなれば話は別よ。普通は不可能だわ。それとも私が知らないだけで、そんな芸当が出来るだけの大量の魔力を持つ人でもいるの?」
彩華は突っかかるような口調で神宮寺に尋ねる。だが、神宮寺は冷静な表情を変えずに答えた。
「魔造機人は適応者なら誰でも動かすことが出来ます。彼らが魔法を使うことが出来るのは、魔造機人自体に仕掛けがあるからです――魔造機人には魔導書の切れ端が内蔵してあるのです」
「え? 魔導書って切ったり出来るのか?」
「いえ、魔導書は通常、人の力では傷を付けることも不可能です。それに、仮に切ることが出来たとしても魔導書の効果は失われる恐れもあります。しかし、特殊な技術を使えば魔導書の効果の一部を残したまま分離させることが出来ると分かったのです。そして、それを開発、実用したのが魔装団です」
「魔装団?」
それも聞き慣れない言葉だ。俺の表情を見て知らないことが分かったのだろう。神宮寺はそれも説明してくれた。
「『東方魔装騎士団』、通称『魔装団』と略されることが多いですね。彼らは適応者を中心とした犯罪集団です」
「は、犯罪集団だってっ?」
「元は魔術結社の流れを組む組織らしいですが、表向きは宗教団体という扱いですね。その存在自体は別に秘匿されているわけではありませんのでネットで名前を検索すれば出てくると思いますよ?」
「ま、マジか……」
身近にそんな怪しい組織が堂々と存在しているとは知らなかった。
彩華をちらりと見ると、彩華は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「……驚いたわね。私も魔装団の存在は調べたことがあるのだけれど、ただの胡散臭い宗教団体だと思っていたわ。そもそも、確かに彼らの名前はネットにも乗っているけれど、その実体が全然掴めなかった。活動しているか不明、入る方法も分からなかった」
彩華の鋭い視線が神宮寺へ向けられる。
「そんなことを知っているあなたたちは何者なの?」
すると神宮寺は珍しく僅かに躊躇ってから言った。
「……あなた方は『公安第零課』という名前を聞いたことはありませんか?」
「っ? まさか、あなた魔装部隊の人間なの?」
神宮寺の一言で彩華は何かを察したらしい。
「待て、俺にも説明してくれ。さっぱり分からないぞ」
すると彩華は動揺を隠さず、興奮気味に俺に言う。
「『公安第零課』、通称『魔装部隊』、正真正銘、日本政府の組織よ」
「せ、政府っ?」
「はい、私たちは魔装部隊の職員です。魔装部隊とは適応者や魔導書絡みの特殊な事件を解決するために作られた組織です。ただし、『第零課』の名の通り、表向きはその存在を秘匿されていますが……」
神宮寺はその存在をなぜか知っていた彩華を訝しげに睨む。
「琴音もその魔装部隊の人間なのか?」
「……うん……隠していてごめんなさい」
琴音は俺に謝るとそのまま目を伏せた。
「でもお前ら、まだ高校生だろ? いくらなんでも就職には早すぎないか?」
「何も不思議なことはありません。魔力は体力と密接に関係していますから。肉体的な問題で現場に出るのは必然的に若い職員が多くなるんです。それに適応者の数も限りがありますから、魔装部隊に年齢制限はありません……黒崎さん、もしあなたも魔装部隊に入りたいのなら歓迎しますよ? 職員の数は慢性的に不足していますから」
「……そうね、考えておくわ」
彩華は軽く流して返事をする。だがその表情を見るに全く興味がないというわけでもないようだ。
「あなたたちが何者なのかは大体分かったわ。それでその話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」




