3-1 買物
約束の土曜日、俺と琴音は二人で街の中心部に遊びに来ていた。
マンションから電車で二駅。電車を降りて駅から出ると、人の多さに圧倒される。俺の住んでいるところに比べて若者向きの店が多く、学生らしき人たちも多く見られた。
ぶらぶらと二人で大通りを歩きながら、何気なく周囲を見渡す。
「やっぱり休日は人が多いな」
「そうだね、迷子にならないように気を付けないと」
「なんなら手でも繋ぐか?」
「い、いいよ。子どもじゃないんだから」
琴音はぶんぶんと首を振る。よっぽど恥ずかしいのか赤面していた。
いつも彩華相手に軽口を叩いていたノリでつい言ってしまった。軽率だったと反省しているとはいえ、そんなに必死に否定されるとちょっとショックだったりする。
「そ、それより、最初はどこに行くのか決めてあるの?」
「まあ、一応プランはあるけど、他に希望があるなら付き合うぞ?」
「ううん、今回は悠一君にお任せしようかな」
「そうか、じゃあ俺に任せてくれ」
「うん、エスコート、お願いね」
琴音は冗談めかして微笑んだ。その自然な笑顔に思わず見惚れてしまった。
うん、やっぱり琴音は可愛いと思う。
「ぼんやりしてどうしたの?」
「い、いや何でもない」
気付くと琴音が俺を不審そうに見ていた。照れくさくなって視線を逸らす。何か話題を出して誤魔化さなくては。そこで俺は琴音の見た目がいつもと少し違うことに気付いた。
「そういえば、今日はちょっと琴音の印象がいつもと違うな」
琴音の私服はいつもマンションで見ているが、外出する時はいつも制服なので新鮮に感じる。そういえば髪もいつもとちょっと違うような気がする。
「そ、そうかな?」
「ああ、多分服装とか髪型のせいだと思う」
「あ、分かる? 実は少しオシャレしてみたんだ……変、かな?」
照れくさそうに俺を見上げる琴音。思わずドキリとしてしまう。
「いや、可愛いと思う。あ、琴音はいつも可愛いぞ。だけどいつも以上に可愛いって意味で……って、俺は何を言っているんだろうな、ははっ」
半分テンパっていたせいもあり、思わず本音を口走ってしまった。
「あ、ありがとう」
琴音は恥ずかしそうに俯いてしまった。やってしまった。顔が熱い。けど、事実だしここは開き直ることにしよう。それよりも今日は琴音に楽しんでもらいたい。
「ほ、ほら、行くぞ」
「そ、そうだね」
琴音はぎこちなく頷くと、俺の隣に並ぶ。そして一緒に歩き出す。
それから俺たちはとりとめのない会話をしながら、ぶらぶらとウインドウショッピングを楽しんだ。
「あっ、あれ、可愛い」
「へえ、良いんじゃないか。その服、琴音に似合ってると思うぞ」
「でもちょっと高いかな。可愛いんだけどなぁ」
「何なら俺が出そうか?」
「ううん、それは悪いよ。それに今は見て楽しむだけで充分。あ、こっちのジャケットなんて悠一君に合うんじゃないかな?」
「そうか?」
「うん。悠一君、かっこいいからこういうのも似合うと思うよ」
「サンキュー、でもそれを言ったら琴音だって素材が良いから何着ても似合うと思うぞ」
「もう、悠一君ってば口が上手いんだから。誰にでもそういうこと言ってるんじゃないの?」
「いや、さっきも言ったけど琴音は本当に可愛いと俺は思う。だから本心から言っているんだ」
「あ、ありがとう。あんまり褒められると恥ずかしいな」
しばらく街の中を適当に歩き続ける。こうして二人で話しているだけでも楽しかった。モヤモヤしていた気持ちも琴音と話しているうちに気にならなくなっていた。琴音を楽しませるつもりが、俺の方が楽しんでいるような気がする。これで良いんだろうか。
「琴音、他にどこか行きたいところはあるか?」
「うーん、特にこれといって希望はないかな」
「それならいいんだけど……もっと我儘を言ってくれて良いんだぞ?」
「ううん。悠一君、私、いま凄く楽しいよ? 悠一君と一緒なら場所はどこでも良いんだよ。だから私は今のままで充分なの」
「そっか」
赤面しそうなことを平然と言ってくれるが、琴音の笑顔を見て俺はほっとした。少し気負い過ぎていたのかもしれないな。背伸びせずに自分の出来る範囲で頑張ろう。
「どうしたの、悠一君?」
「え?」
「何だか無理してるように見えたから。それに今の質問もちょっと気になって……もしかして悠一君はつまらなかった?」
どうやら表情に出ていたらしい。俺は気まずいながらも正直に打ち明けることにした。
「いや、正直、『任せてくれ』なんて調子の良いこと言ったけど、俺、こういう経験あんまりないから、琴音を楽しませることが出来ているか心配になってな……」
「そうなの? 悠一君ってこういうことしょっちゅうしてるんだと思ってた」
「そんなことない。そういう相手もいないしな」
なぜか他人から俺はそういう経験が豊富そうだと言われることが多いが、彼女がいたことなんてない。それにここ最近はそんなことを考える余裕さえなかった。
「じゃあ彩華ちゃんとも一緒に買い物はしたことないの?」
「んー、いや、彩華とは何度か一緒に出掛けたことはあったな」
琴音に言われて俺は彩華に休日に呼び出された時のことを思い出す。意識してなかったが、そういえばあれも一緒に買い物をしたということになるのか。
「でもあいつに無理やり連れ回された印象しかないし、今とはちょっと違う気がするな。彩華とのあれはお嬢様とお付きの人って感じだった」
「ふふ、なんだか彩華ちゃんらしいね」
「あいつは唯我独尊だからな」
その時のことを思い出すと思わず苦笑が零れる。
「私はそういう関係、素敵だと思うよ?」
「そうか? ……まあ、あいつといるのは気楽だし、多分俺も嫌ではないんだろうな」
「ふふ、ちょっと嫉妬しちゃうかも」
琴音はくすりと微笑む。俺は思わず琴音から視線を逸らしてしまう。不意にドキリとさせることを言うのは卑怯だ。




