2-1 会議
「で、どうしたの、悠一?」
校舎の三階から屋上へと続く階段。すぐそこには屋上の扉がある。放課後、彩華に呼び出される形で俺はここに来た。おそらく二人っきりになりたかったのだろう。屋上は閉鎖されているためここに来る人は滅多にいないし、誰かが来てもすぐに分かる。
そして到着するなり発した彩華の第一声がそれだった。
「何の事だ?」
「神代さんと喧嘩でもしたの? 二人とも今朝から少し様子がおかしいわよ」
ちなみに琴音は今、教室で俺たちが戻ってくるのを待っていてくれている。俺が教室を出る時に見せた琴音の笑みもやはりどこかぎこちなかった。
「そんなことないだろ」
「誤魔化しても無駄よ。見ていれば誰でも気付くわ」
その口振りだと彩華以外の生徒にも不審がられている可能性があるのか。こりゃ重症かもしれないな。やっぱり朝の一件だけで完全に元通りとはいかないか。
「何なら相談に乗るわよ?」
「……珍しいな、彩華が俺に気を使うなんて」
「珍しくて悪かったわね」
彩華は拗ねてしまったようだ。だけどその気遣いは嬉しかった。確かに一人で悩むより誰かに相談した方が良いのかもしれない。
「……分かった。聞いてくれ、彩華」
俺が真剣に言うと、彩華はその空気を察してくれたのか黙って俺をじっと見る。
「実は、琴音は俺の親戚じゃないんだ……」
俺は思い切って、琴音との出会いについて彩華に説明した。帰るとなぜか琴音が俺のマンションにいたこと。琴音が何者なのか、その目的はなんなのか一切不明であるということ。彩華は怪訝な表情を浮かべながらも最後まで聞いてくれていた。
「……えっと、それは冗談じゃなくて本気で言っているのよね?」
「ああ、全部本当のことだ」
最後まで話し終わると、彩華は困惑していた。まあ、確かに簡単に信じられる話ではないだろう。それでも彩華は信じてくれたらしく、真面目な顔で考え込んでいた。
「神代さんは一体何者なのかしら」
「何も分からないんだ。俺に何も話そうとしてくれない」
「それなのに一緒に暮らしているわけ? あなた、どれだけお人好しなの?」
「ぐっ……確かに琴音は何も教えてくれないけど、でも嘘も付いていないと思ったんだ。悪意があって俺を騙しているようには見えなかった。だから信用しようと思ったんだよ。それに、あんなに必死に頼まれて外に放り出すことなんて出来ないだろ?」
「とかいって、本当は彼女の容姿とあの健気な態度を見て惚れただけじゃないの?」
「べ、別に惚れたわけじゃない」
「本当に?」
「……まあ、邪な気持ちが多少あったことは否定しない」
「スケベ」
否定出来ないので何を言われても仕方ない。
「とにかく、俺は琴音を信用したいんだ。だけど、信用して良いのか分からない。だから彩華、俺に良いアドバイスをしてくれ」
どうすれば良いのか俺も気持ちの整理が付いていないのだ。
「難しい問題ね。もし彼女があの件に関わっていたとしたら悠一はどうするつもり?」
「……それはどういう理由かによるな」
「あなたの言うあの少女が、神代さんということはないの?」
「それは多分違う。俺の記憶が正しいならな」
「そう……」
彩華は少し残念そうだった。
「とりあえずまだ判断材料が少なすぎるわ。安易に信用するのは止めた方が良いとしか言えないわね」
「でも琴音だって何か複雑な理由あるはずなんだ。出来れば俺は琴音を信じたい」
すると彩華は呆れるように溜め息を付いた。
「あなたがそう思うのは勝手だけれど、私はあなたほどお人好しじゃないわ。場合によっては私の身にも危険が及ぶ可能性だってあるんだから」
「……まだ勝手な真似はするなよ? 全然無関係なのかもしれないんだからな」
「ええ、分かってるわよ。こちらの手の内を簡単に見せるような真似はしないわ」
彩華は本当に分かったのか微妙な返事をする。少し心配だが、彩華ならおそらく大丈夫だろうと信じるしかない。それに、いま問題にすべきはそこじゃない。
「それより今は、琴音と仲直り出来る方法を教えてくれ。そのために相談したんだ。彩華、どうすれば良い?」
「そんなこと私に聞かれても……もうお互いに謝って納得したんでしょ。あとは何か大きく事態が動くか、時間が解決するのを待つだけじゃない」
「……本当にそれで元通りになるのか?」
「あなたにしては弱気な発言ね。もっと自信を持ちなさい。天然ジゴロのあなたなら普通にしていればなんとかなるわよ」
「何だよ、天然ジゴロって」
「いいから私を信用しなさい。そこまで深刻になる必要はないわ」
本当に彩華を信用していいのか果てしなく不安だが、今は信じるしかない。それに時間が解決してくれるというのは一理ある意見だ。




