7-1 怠惰
side-B
退屈な学園生活。いつからだろう。平和を願っているにも関わらず、日常がこんなにつまらなく感じるようになったのは。俺は案外あの非日常を好んでいるのかもしれない。
だが、それは一歩間違えれば危険な思想に繋がりかねない。だからこそ、この日常に楽しみを見つけた方が有意義というものだ。
俺は自分の教室のある本館から、別館へと向かっていた。別館は文化系の部活動が使う部室や、美術室や音楽室などの特別教室があり、本館とは渡り廊下で繋がっている。
目的地は第二理科室だ。その教室は授業では殆ど使われていない。しかも二階の廊下をずっと奥へと進んだところにあるため、多くの生徒に存在さえ忘れられた地味な場所だ。
ついでにいえば、そもそも別館自体、授業中に立ち寄る人などそうはいない。このように絶好の条件が揃っている俺のお気に入りの場所なのだ。
「あら、あなたも来たのですね、悠一」
ドアを開けると一之瀬綾乃が俺に視線を向けて言った。どうやら読書をしていたらしい。分厚い本を机の上に置くと、綾乃はにやりと俺に笑みを浮かべた。
机を挟んで綾乃の対面にある椅子に座る。
「ああ、こっちにいる方が退屈しなさそうだからな」
さすがに俺が急にいなくなったら不審がられるので、隣の席の奴に、俺は保健室に行ったと次の授業の先生に伝えてもらうように頼んでおいた。
「不良ですわね。先生に告げ口いたしますわよ」
「この状況で人の事を言える立場じゃないだろ」
指摘すると綾乃は上品に微笑む。
窓は全てカーテンを閉め切ってある。廊下は静寂に包まれており、俺たち二人以外の声は全く聞こえない。まるで俺たちだけしかこの世界に存在していないような、そんな錯覚に陥りそうな独特の雰囲気がここにはあった。
「だって授業のレベルが低いのですもの。わざわざ出席するのは時間の無駄だとあなたも思いませんか?」
「一応ここは有名な進学校だぞ? お前の頭がおかしいんだ」
「失礼ですわね。あなたがここに来た理由も似たようなものじゃありませんか。あなたは落ちこぼれではない。むしろ色々な意味で私に一番近い人間かもしれません」
「買い被り過ぎだ。俺はごく平凡な高校生だ」
「では真面目に授業に出た方が良いと思いますわよ。それとも授業より優先したい理由がここにあるのですか?」
「ああ、実はお前がここにいるのか気になってな。顔を見に来たんだ」
「あら、わたくしをサボりの理由に利用しないでくださるかしら?」
「バレたか」
しかし俺が言ったことの半分は本当だった。綾乃がここにいなければ、これほど頻繁に足を運ぶことはなかっただろう。サボるだけなら保健室という手もある。
綾乃と最初に出会ったのは一カ月ほど前、二年になったばかりの春だった。出会ったのもこの場所だった。
俺は授業をサボるのに適した場所を探していて偶然ここを見つけた。その日、俺が昼寝をしていると、綾乃がここに入ってきた。
ここに来た理由を聞けばどうやら俺と似たような理由らしい。それも一年の時からの常連だという。それからここで週に大体二、三回の頻度で、綾乃との交流が始まった。
「あなたの評判くらい知っています。試験の点数だけはなかなか良いそうですね」
「ほう、俺はそんなに有名人だったか。それとも、綾乃が俺のことに興味を持ってくれたと考えて良いのか?」
「さあ、どうでしょう? そういえば、あなたがこの学校では珍しい問題児だということも知っていますわ」
それはあまり嬉しくない評判だ。




