5-1 事故
「ふぅ……」
夕飯を終えた後、風呂に入った俺は着替えて自室へと戻った。
そこで何となく携帯にメールが来てないか見ようと、机の上を見て、それから寝巻であるジャージのズボンのポケットに手を突っ込む。
「あれ、携帯がない……」
帰ってきて机の上に置いていたような気がするがその後の記憶がない。
俺は懸命に思い出す。そういえば一度帰ってから着替えてコンビニに行ったはずだ。その時に着た服は洗濯機の中にある。
そうだ、確か風呂に入るために脱衣所で服を脱いだ時に携帯がポケットに入っていることに気が付いたんだった。それでポケットから出したけど、とりあえず先に風呂に入ることにして携帯は洗濯機の横の洗面所に置いたような気がする。
もしかしてそのまま洗面所に置きっぱなしにしたのかもしれない。風呂から上がってジャージに着替えた後は手ぶらだったはずだ。
思い出すとすぐに洗面所へと向かい、洗面所のドアを開ける。
「え?」
そこで俺は二つのミスに気が付いた。
一つ目は、いつもの癖でノックをせずにドアを開けたこと。
二つ目は、琴音が俺の後で風呂に入ることを失念していたことだ。
「……悠一君?」
俺の前に下着姿の琴音が立っていた。目が合う。琴音はぽかんとした表情で俺を見つめている。そしておそらく俺の反応も殆ど同じだっただろう。
健康的な白い肌。細い身体。柔らかそうな肉付き。大人っぽい造形の白色の下着。その布に包まれた、存在を主張する二つの膨らみ。
思い切り凝視していた俺が、その事実に気付いたのはその直後だった。
「すまん!」
慌てて顔を逸らすと同時にドアを閉める。
「っ! どどど、どうしたのかな、悠一君っ? な、何か問題が起きたの?」
「えっ? あ、お、俺の携帯、見てないか?」
「携帯?」
「あ、ああ、洗面所に置き忘れたかもしれないと思って」
「分かった。ちょっと待ってて」
どうやら代わりに探してくれているらしい。まだ胸がドキドキする。
琴音ってやっぱスタイル良いよなぁ。
先程の光景を思い出し、慌てて首を振る。いかんいかん。落ち着け俺。
「あっ、あったよ、悠一君。これだよね?」
ドアの向こうから声がしたかと思うと、気配が近付いてくる。そして僅かに開いたドアの隙間から琴音の手が出てくる。その手には携帯があった。
「あ、ああ、それだ。悪いな」
「ううん、悠一君の探し物が見つかって良かったよ」
顔が熱い。琴音も若干、声が上擦っていた。
「な、なあ、琴音、怒ってるか?」
「……わざとじゃないんだよね?」
「お、おう、わざとじゃない。ノックするのを完全に忘れてたんだ」
「じゃ、じゃあ仕方ないかな。もう忘れたりしないでね」
琴音のわざとらしいくらい明るい声がドアの向こうから聞こえる。
「……本当に申し訳ない」
「ううん、気にしないで。一緒に住んでいるんだからこういうこともたまにはあるよ。元はといえば、一緒に暮らしたいってお願いした私の我儘が原因なんだし」
琴音の気遣いが逆に辛い。普通はもっと俺の不注意を責めても良いはずなのに。
「じゃ、じゃあ、私、お風呂入るから」
「あ、ああ、本当に悪かった」
琴音が風呂に入った後もしばらくドアの前で放心していた。
あの光景は当分忘れられないだろう。ごちそうさまでした。




