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終焉のアルス・ノトリア ~天使の守護者~  作者: 七坂綾人
第二章 絡み合うそれぞれの想い
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4-1 昼食

 午前中の最後の授業が終わると、鞄に教科書をしまう。そして代わりに鞄から弁当を取り出した。ちょうどそこで彩華が俺の席までやって来た。


「あら悠一、食堂に行かないの――って、それ……」


 俺の机の上を見て、彩華の頬がぴくりと引きつった、ように見えた。彩華の手には自分の弁当があった。いつもは彩華もわざわざ食堂まで俺に付き合って一緒に食っている。


「ああ、今日は弁当なんだ」


「……それは神代さんが?」


 彩華はジト目になって俺を見る。


「そうだけど?」


「べ、別に私は何も気にしていないのだけれどね……」


 何も言っていないのに彩華はなぜか言い訳のような事を言っていた。


「あ、悠一君、彩華ちゃん。お昼、ご一緒していいかな?」


 ちょうどそこに弁当を持った琴音がやってきた。


「ああ、もちろん。彩華も良いだろ?」


「……ええ」


 三人で机を固めて座ると、俺は包みをほどいて弁当を広げる。蓋を開けると色取り取りの料理が綺麗に詰められていた。冷凍食品ではなく手作りでそれなりに手間も掛けてあるように見える。その美味そうな匂いに食欲がそそられる。


「凄く美味そうだ」


「ふふ、ありがとう、悠一君」


 嬉しそうに微笑む琴音に思わず俺も表情が緩みそうになる。そこに隣から不満げに唸るような声が漏れてきた。


「……むう」


「どうした、彩華? 人の弁当をジロジロ見て、何か欲しいのか?」


「いえ、気にしないで……それより、とても美味しそうなお弁当ね」


「ありがとう。でも彩華ちゃんのお弁当の方が立派だし美味しそうだと思うよ?」


 彩華の小さな弁当箱の中も見た目から美味そうな料理で埋め尽くされていた。そしてやけに食材が立派に見える。何というかオーラが違うのだ。


 彩華の実家は旧財閥の家系で相当な資産家だと聞く。彩華は転校してきてまだ間もない頃、登下校に車で送迎してもらっていた。校門前で、黒塗りの高級車の後部座席から彩華が降りてくるのを俺も見たことがある。

 あの時ちらりと運転席を見たが、運転していた男の人はどう見ても父親には見えなかったしスーツを着ていた。おそらく雇われたプロの運転手だろう。この弁当も専属の料理人が作っているんじゃないだろうか。


「くっ、何なのこの敗北感は……」


「……彩華、どうしたんだ?」


 だが、彩華は一人で何やら悔しがっていた。あまりに情緒不安定で心配になる。


「気にしないで、それよりお弁当を食べましょう」


「そうだね。悠一君、感想をお願いね」


「ああ、頂くとしよう」


 箸を持つと、早速弁当の中から小さなハンバーグを摘まむと口に入れる。


「どう? 美味しい?」


「ああ、相変わらず美味いよ。完璧だ」


「よかった」


「琴音の飯ならいくらでも食えそうだな」


「もう、そんなに褒めても何も出ないよ?」


「いや、本当に美味いんだ――って、ん?」


 そこで俺は気付いた。周囲の視線をやけに感じるのだ。さり気なく周囲を見渡すと、教室の中にいる殆どの生徒が俺たちの方を見ていた。


 こちらを見てひそひそと隣の友達と小声で話す奴、にやにやと生温かい視線を向けてくる奴、苦虫を噛み潰したような表情でこっちを見ている奴。様々な反応があった。


 まあ、その理由は琴音と彩華だろうな。二人ともかなりの美少女だ。そんな二人と一緒に食事をすれば色々と邪推されるのも仕方ないだろう。その気持ちは分かる。俺も逆の立場なら羨ましがっていただろうからな。ここは遠慮するよりも、せっかくだからこのリア充ぶりを堪能させてもらうとしよう。


「悠一君、どうしたの? 何か気になることでもあった?」


「どうせ周りの視線が気になっているんじゃないのかしら?」


 彩華が的確に俺の思考を読む。鋭い奴だ。


「こんな美少女二人と一緒に食事の出来るあなたは幸せものだからね」


「……お前、自分が美少女だって自覚あるもんな。自分で美少女扱いするのはどうかと思うけど」


「自覚だけで表に出さなければ問題ないわ」


「今、普通に表に出してたじゃねえか」


「悠一以外の男の前じゃこんなこと言わないわよ」


「俺は良いのかよ?」


 出来れば俺の前でも隠してもらいたい。そしてこの謎の特別扱いはなんなのだ。非情に反応に困る。すると彩華は冷笑を浮かべた。


「ええ、あなたの好感度なんて気にしても仕方ないでしょ?」


「随分と酷い扱いだな……」


 単純に異性扱いされてないだけだった。

 見れば側で俺たちのやり取りを聞いていた琴音が苦笑している。


「私が美少女かどうかは置いておくけど、幸せ者なのは多分私も同じだと思うよ?」


「え、どういう意味だ?」


 すると琴音は微笑して小声で囁く。


「悠一君は人気者だってことだよ。私、休み時間に悠一君の印象をみんなにさり気なく聞いてみたんだけど、かっこいいし人当たりも良いし面倒見も良いってみんな褒めてたよ?」


「そ、そんなことはないと思うが……」


「ふふ、謙遜しなくても良いよ。私もみんなと同じ意見だから」


 琴音は邪気のない優しげな微笑を浮かべた。面と向かって褒められると何だか照れくさい。もちろん評価されるのは嬉しい。だが、表立って悪い意見を言う奴はいないだろうしその意見にはバイアスが掛かっていると思う。だから話半分に受け取っておこう。


「まあ、確かに悠一の顔が平均より上なのは私も認めるわ。だからといって容姿に騙されるほど私は軽率な女ではないけれど」


 彩華が皮肉げに冷笑を浮かべる。琴音の笑顔とは対照的だ。


「それはつまり、俺は容姿以外イマイチだっていう皮肉か?」


「……それはちょっと卑屈過ぎないかしら」


 なぜか言った本人に顔をしかめられた。彩華ならそういう意味で言っていると思ったんだがどうやら違ったらしい。


「わ、私は悠一君の性格も含めて良い人だと思うよ? 優しいし、一緒にいて楽しいと私も思うから」


「そ、そうか?」


 またもや謎の高評価だ。こう何度もお世辞を言われると照れくさい以上に何だか新鮮だ。特にここ最近は彩華の罵倒ばかり聞いていた気がするので余計にそう思うのかもしれない。


「ふん、なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」


「う、うっせえ、誰だって褒められたら嬉しいに決まってるだろ」


「ひ、開き直らないでよ。これだから童貞は」


「ど、童貞は関係ないだろ!」


「ふ、二人とも、喧嘩はしないでね……」


 琴音に仲裁されてなんとかその場は収まった。俺は冷静になる。もし琴音が止めてくれなければ醜い罵倒合戦が始まっていたかもしれない。やられっ放しなのは癪だがここは大人しく引き下がろうじゃないか。なにせ俺は大人だからな。


 それに、彩華が明らかにまた不機嫌になっているのが気掛かりだ。彩華が俺に悪態を付くことや軽口を叩くことは日常茶飯事だが、今の彩華の口調は少し毛色が違うような気がした。

 変な良い方だが、普段はもっと親しみのある罵倒なのだ。こう例えると俺がアブノーマルみたいだが、実際にそういうのが適切だと思う。とにかく今の彩華は様子がおかしい。


 俺はその様子を不審に思いながら、弁当を食べ終えた。

 

 そして結局、彩華は今日一日ずっと機嫌が悪かった。



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