0-0 序章
「――じゃあね、お兄ちゃん」
目の前の女の子は、こちらに軽く手を振って言った。笑っているのに、目には涙を浮かべている。何だか辛そうだった。どうしてそんな顔をするんだろう。
しかし彼女は何も言わずに首を振り、俺の前から立ち去ろうとする。
その背中に、懸命に右手を伸ばす。このままあの子を行かせてはいけない。なぜかそう思った。
しかし、目の前が暗転し、そこで景色が切り替わる。
気付くと別の女の子が立っていた。こっちをじっと見つめている。女の子は一つ深く溜め息を付くと、さらに一歩、俺に向かって迫ってきた。
あと二、三歩ほど前に出ればぶつかりそうな距離で、俺と女の子は向かい合う。彼女も小柄なので、俺の胸の位置に顔が来る。だから今、彼女は俺を見上げる格好になっていた。
そこで急に女の子の頭が俺の目の位置まで来た。つま先立ちになったのだ。女の子は俺の身長と自分の身長を比べたのか、ちょっと拗ねた表情をしていた。それが少し可笑しかった。
そのまま女の子は俺に向かって右手を伸ばす。それを俺はただぼんやりと眺めていた。抵抗する気はなぜか起きなかった。小さな手の平が額に触れる。
――おやすみ。
耳元で彼女の言葉が聞こえる。だが、体が動かない。
そこで意識が途切れた。




