〆 月立葉月
これを書いた時は何を考えていたのでしょうね
私と月籠雛は、屋上まで階段で上っていった。屋上へ出ると校舎内に比べてやはり暑い。
「こっちです」
「……………んー」
月籠雛は、屋上に出る際に「え、大丈夫なの? 逮捕されないの?」などとほざいていたが、出てしまえば大人しいものだった。雛先輩は松葉杖のせいで前傾姿勢になっており、私より背が低く見える。挙動不審ぎみに周りをきょろきょろしているがはじめて屋上に出た人間はこうなるのだろうか?
私は、校舎内から出てきた扉と違う扉の鍵穴に鍵をさして閂を抜き、扉をあけた。中から冷たい空気があふれ出てくる。
「あ、そうです、そうです」
「え?」
私はポケットからもうひとつ鍵を出して雛先輩の顔の前にかざした。
「ここの合鍵です」
「合鍵?」
「はい。ここは、葉月高校の優良生徒の秘密基地というか拠点というか、まぁ、簡単にいえば教室みたいなものです」
「へえ……」
感嘆したように呟く、雛先輩。そして、私の持っていた鍵を口でくわえるようにして、取った。
「………」
松葉杖をついているからって初対面に等しい人間から物を受けとるために口にくわえる人間がここにいた。私は、数歩下がってから「動じてませんよ、ええ、全く」という笑顔を向けてから振り向いて、教室の中に入っていった。
その後ろに雛先輩はひょこひょことついてきている。……いやしかし、ひょこひょこという効果音は雛である雛先輩にぴったりすぎて笑える。果たして、親はなぜ雛なんて言う名前をこの少年につけたのだろう。
私は、3つ並んでいる一番手前の席に座った。
すると、雛先輩は一瞬固まってから一番奥の席の方まで行って座った。
どうやら、私がここに座ることによって逃げ口が無くなることを察したらしい。私が、ここに座ってしまったら確かに唯一の出入り口は私の目の前にあって、いざというときは逃げることができない。教室の時も一瞬だか考えるような顔をしたので同じようなことを考えていたのだろう。雛先輩はただの馬鹿でもないし、私の事を信用していない。
それじゃあ、駄目なんだって。
「さて」私は机に膝をついて雛先輩の方を向いた。いつの間にかくわえていた鍵が無くなっている。「私が葉月高校の生徒、そして、優良生徒であるという証拠はもういいでしょうか?」
「まあ……、これ以上証明を求めたって証拠なんて出てこないだろうし、偽造もいくらでもできるし。だから、信じるか信じないか、といわれたら、信じるって事にしておく事にしておくよ」
「そうですか」
ということは、信じてはいないのだろう。…まあいい。私達のような存在が不安定ないるかどうかも分からない優良生徒に己の存在を証明するものなんてないんだから、ゆっくりと打ち解けていけばいい。ヘンペルの鴉とまでいわないが、人間が嘘をつくのをやめない限り、こんな不安定な物だけでは信用なんてできやしないだろう。
それに、霜月高校でさんざんな目にあったであろう、雛先輩には普通なら信じられるようなことも信じられないような疑心暗鬼の精神状況であろうし。少し前までは親鳥を見失った雛鳥のように震える時期もあったであろう。
いつもなら、それにつけけこんで脅しやら何やらをするのだが一応味方である雛先輩を操ることはあっても脅したりしない。今はなんの利益にもならないであろうから。
「では、学舎占争から生還してきた者恒例の…といっても、はじめてなんですけど、業績を話しましょう」
「えー」
「話します」
「えぇー」
雛先輩は真顔で言った。
おや。と思ったがここは一先ず放置をする。
どうやら、本気で嫌らしい。知ったことじゃない。雛先輩が霜月高校でやってきたことは情報として知っているけれど、それが真実かわからないし、第一、他になんの話をしろというんだ。クラスも違う、学年も違う、部活も入っていないような二人が揃うなんていうことは珍しいに違いない。いまのところ、共通の話が出来るのは粗蕋抄夜についてぐらいだろう。
と、いっても、粗蕋抄夜は今のところ、関係がない人間だし話すにしても私が一方的に説明をするだけになってしまう。では、やや勝手だが話を進めてしまおうとしよう。
「私は、私立長月高校に侵入しました」
「……へー」
「そこで入手した学舎占争参加校すべての情報を葉月高校に適当にながしました。そして、私がやっていることはわざわざ長月高校でやる必要がないと上が判断を下して、葉月高校にいる。というわけです」
「………ふうん」
何かを考えるようにしながらそう、雛先輩は呟いた。概要は知っていただろうけれど、何か知らない情報でもあったのかもしれない。
「…………僕は」
と、雛先輩は少し困ったような顔をした。
……なぜ、ここで困ったような顔を今ここでしたのだろうか。悩むような顔をするなら、きっとどこから話すべきか迷っているのだろうと思う。悲しそうな顔をするならば、何か良くない事件か何かがあったのだろうと思う。笑顔になるなら、何かを隠そうとしているのだろうと思う。しかし、困ったような顔とは、一体。
「僕は、皆から苛められるように仕向けた。そして、その苛めを理由に飛び降りた」
「霜月高校の評判を落とすために?」
「……そうだよ」
「飛び降りるところまで計画に入っていたのだとすれば………貴方、命が大切じゃないんですか?」
すると、雛先輩は笑顔になった。何かを隠しているように、自分を騙しているように。
「それは、どーだろうねぇ。僕程度で出来る作戦を考えるのは、僕程度が頭を三百六十度回転させても考えられなかったみたい」
「それが最善だと?」
「そーゆーこと、なのかな?」
えっへっへと、雛先輩は照れるように笑って頭を掻いた。どうやら、雛先輩には学舎占争に何かをかけていたのだろう。学舎占争に勝って、やらなければならないことがあったから命を捨てるような自暴自棄じみた作戦を組めたのだろう、と私は推理した。
学舎占争に参加をしている人間には十人十色色々な理由があるが、基本はお金のための人間が多い。学舎占争に参加しているだけでお金は毎月入ってくるし、終了すれば一千万近く入ってきて毎月の収入は卒業するまで続く。学費は完全免除で、卒業資格も最後までいれば貰える。一度参加するとなかなか逃げられない学舎占争で卒業資格が、とれない人間がいるとすれば不慮の事故で死んでしまった人たちのみである。
雛先輩が飛び降り自殺を故意に考えてやっていたことだとしても、死んだら不慮の事故になっていた。と考えるとゾッとする。学舎占争をやっているやつらは人の命をなんとも思っていないんだ。
「貴方は、疑問を覚えないんですか?」
「何に?」
「このくだらない戦争に」
「意味がある戦争なんて、僕は見たことがないよ?」
「……」
「訳わからないまま始まって、訳わからないまま続いて、訳わからないまま終わるのが戦争って物でしょ?」
「………そう、ですね」
それは………どうだろうか。戦争というものは、落とし所を決めてから始めることがあるらしいから。いや、戦争事態に理由ありきでも戦場に行っている人間は訳わからない状況で戦っている、のかもしれない。戦争なんて体験したことがないから、わからないけれど。
学舎占争も正式に戦争とは、言えないだろう。十一高競争が学舎占争と呼ばれるようになったのは、犠牲者が出るようになったからであって正式名称ではなかったはず。今では、十二の高校の有力者までもが学舎占争と言っている。有力者…………。
「雛先輩」
「なに?」
「噂というか、情報なんですけど……」私は少しだけ悩むような仕草をした。「学舎占争に参戦している学生たちって皆、超能力者じゃないですか。それなのに私が持っている雛先輩の超能力欄だけ真っ白なんですよ。つまり、超能力を持っていないんですか?」
「それをいうならー、葉月ちゃんだって学舎占争の情報を深部まで得られるほど能力が高いのに、どうして葉月高校なんていう下から数えた方が早い高校に来たのかがわからないよ? もっと上の学校からも、勧誘されていただろうに、ねぇ?」
「話をそらさないでくださいよ、先輩」
「そらしてないもーんだ」
雛先輩は不貞腐れたように頬を膨らませて横を向いてしまった。そんなことされても…。と思う。私が葉月高校に来た理由は至って単純明快であって、別に私がなんとかを思って葉月高校を選んだわけではない。
「そらしてますよ」
「じゃあ、そらしてるでもういいよ!」
「認めちゃうんですね」
「神様だからね!」
「訳がわかりません」
「じゃあ、葉月ちゃんが訳がわかるように説明してよ…………」
雛先輩はため息混じりに言った。私は悪いことをしていないのに、まるで私が悪いみたいである。
「自分勝手すぎます。……では、私が葉月高校に来た理由を教えますから、雛先輩は能力を教えてください」
「やだなぁ、超能力なんて持ってないよ」
「教えてください」
「やだよ。持ってないし、利益にもならないもん」
ここでまた、おや、と思った。
今度はスルーをせずに少し踏み込んでみることにしようか悩み、考え込んでいる私を訝しげな目で雛先輩が見始めたときに私は結論を出した。ここで出した結論によってはこれからの立場に関わるであろうが、大事なことは直感の方が信用ができる。
悪くない。
踏み込んでみよう。
「先輩って、飛び降りたんですよね? 人を散々欺いた挙げ句に」
「?」
「飛び降りた時、何を考えていたんですか? 飛び降りた時、痛かったですか? 悲しかったですか? 嬉しかったですか? 悔しかったですか? 楽しかったですか?」
「どうしたの? 急に」
「答えてください」
「何をさ」
「答えてくださいよ」
「嫌だよ」
おや、という気持ちはどんどん感嘆へと変わっていく。こんなに、こんなに私の命令を無視などではなく、きっぱりと正面から何度も断られるのははじめての経験だ。
「雛先輩」
「…………」
雛先輩は困ったように顔を歪ませながら考えるような仕草をした。私が、急に変なことをいい始めたからもしもの時に逃げる方法を考えているのかもしれない。どうやれば、逃げられるようになるのか私には見当もつかないが、まぁ、是非頑張って考えて焦ってほしい。
「飛び降りてください」
「へ?」
「飛び降りた事があるんでしょう? 飛び降りてくださいよ」
「………えっと?」
「それで、飛び降りたあとにもし、生きていたら教えてくださいよ。飛び降りた感想とかいうのを」
「葉月ちゃん、何を言ってるの?」
「飛び降りてくださいよ」
「嫌だよ」
「飛び降りてください」
「嫌だって」
「飛び降りろ」
「い――――」雛先輩は机を叩いた。木と金属の音が教室中に反響する。立ち上がろうとしたらしいがバランスを崩して床に倒れる。「――嫌だって言ってるじゃん!」
悲痛の叫びだった。涙が溢れていないのが不思議なほどに痛々しい叫び声だった。
「ふふ、ふふふふふ――――あはははははははははは!」
私は、おかしくて堪らなかった。周りからみたら惨めな少年を、爆笑しながらいじめている少女に見えているだろう。けれど、ここには逃げ場が無いぐらいに、誰もいない。周囲の目もない。いるのは私と雛先輩だけ。この教室は学舎占争のように暗く、薄暗く、狭く閉じている。
誰も助けてくれない。
誰も見てくれない。
誰も知らない。
ねぇ? そうでしょう?