表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
7月
7/49

〆 下弦夜月

 満月がパソコン語とやらを日本語に通訳してすべての文を読み終わった時、俺は(もしかしたら、満月も)疲れきっていた。何かに憑かれたように疲れきっていた。


「つまり――」


 俺は呟いた。


「要約すると――」


 満月は呟いた。


「「雛は優良生徒として霜月高校に侵入していて、飛び降り事件を起こした挙げ句に葉月高校に帰ってきた」ということですの」


 台詞が9割ハモるという謎の事件は放っておくとして。(家族の友情であろう。)満月からきいた言葉は普通に暮らしている俺からすればとてもじゃないほど信じられないあり得ないことばかりだった。これは、頭の中にとどめておけというのか。いや、知りたいと願ったのは俺だから満月に文句を言う筋合いはないだろう。


「優良生徒とかいう奴等は他校に行ってニュースとかを起こすのが仕事なのか?」


「? バカですの?」


「え?」


「全部、わざわざ読み上げたですのよ?」


「あ、ああ、整理ついてないだけだと思ってくれ………」


「まあ、夜兄がバカなのは公然の知識ですものね」満月はとても失礼なことを言いながら目を伏せてため息をついた。「優良生徒は大きく分けて二つに別れているですの。一つは雛みたいに学校にとって困る行動をする、か、もう一つは侵入して情報を探り流すかのどちらかですの」


 ということは、だ。ここまでであれば「雛の役目は終わっている」という満月の考えは間違えていないのだろう。けれど、書き換えられていた情報には新たな()()()()()()が入力されていた。

 葉月とかいう女が他校から掴んできた情報を元に葉月高校にとって不快なもの、つまり、邪魔なものを排除する。まあ、学校内での侵入者対策は当たり前の措置らしいが、これは校外で良からぬことを企んでいる葉月高校にとっての害虫も排除しなければならないというわけである。と、いうことは、今まで霜月高校という普通の人に囲まれながら策を組んで騙しまくっていた頃より、危険なことをするということなのだろう。

 学舎占争参加者。俗に言う、優良生徒は、皆が皆、超能力者なのだから。


「何でだよ」俺は苛つきを隠そうとせずに呟いた。「何で、何で何で何で、んなことしてるんだよ」


「母のため、金のためですの」


 満月は、パソコンを膝に乗っけたままゴロンと横になった。その時、隠してあったはずの半月らしく言うと妹と××する漫画が満月の方に滑っていった。満月は動じないメンタルでそれを拾い上げ舌打ちをしてからぶん投げた。機嫌が良くないらしい。


「雛は軽いマザコンですの」


「それは知ってる」


 軽いマザコンとはどのようなマザーコンプレックスかはわからないが、確かにマザコンであるのは確かであろう。


「そして、そのマザーが、母親が屑。人間の、屑」


 満月は憎しみがこもった声で言った。温厚のふりをしている満月がキレるのはよくあっても憎悪の感情を隠そうとしないのは珍しい。さっきから寝たまま貧乏揺すりをするという凄まじく器用なことをやっている。


「子供受けは悪くないんだけどな、あの人」


「人としてダメですの。家はゴミ屋敷も同然。離婚した癖に離婚届も出さない。稼ぎに出ないのに煙草を吸う。週に一回は男を連れ込む。食事を作らない。あの人、雛の面倒なんか見たことがないんじゃないですの?」


「調べてるなぁ…………」


 離婚届がどうのこうのなんて普通、外から見たらわからないはずだろうが。どんなルートを使って雛のことについて調べてるのか是非とも教えてほしい。

 そういえば、俺って雛のこと全然知らなかったんだな………。俺はもしかしたら雛よりも粗蕋についての方が知っていることが多いかもしれないと、考えてしまうほどに。いや、何も知らないのに友達でいれるのが本当の友達ってやつなのかもしれない。


「雛のことを調べないで何を調べればいいですの? 愛とか勇気とかアンパンマンとか調べあげてればいいですの? もしくは、暇潰しにサーバーテロでもすればいいですの?」


「いらん妹になりたくなければやらないことをお勧めする」


 もう、いらん妹は一人いるからキャラが被りたくなかったら変なことをしない方が賢明な判断である。

 俺は自分も横になろうとして思い止まった。妹の隣で寝るのには年齢がいきすぎているような気がしたからだ。このままでは俺がいらん兄になってしまう。そう考えると、ベッドの隣に座っているのが満月ではなく、半月だった場合、俺は押し倒されているのではないかと思う。事実、さっき満月にベッドドン、略してベッドンをされたのでそれが不可能だとは言い難いし。因みに姉の場合はベッドに押し付けたとたん、ベッドが陥没するのでベッドン自体が成立しない。

 ……そういえば、さっきから考え損なっている事があるようなないような。

 学舎占争について、詳しいところは俺の脳みそがついていかなくて覚えられなかったけれど概要ぐらいはなんとなく理解した。筈。学校ごとに刺客を送り込んでスパイみたいな事をさせるか、不利になるような事をさせるか。それが、四人まで他校に送ることが許されていて、葉月高校は三人いる。そのうち二人は奇跡的な業績で帰ってきていて、一人は帰ってきてないと言う。

 ん?


「なぁ、満月」


「なんですの? シスコン夜兄」


「そうな異名が貰えるほど妹といちゃこらした記憶はねぇよ!」


「満月達は兄妹としては異質な仲の良さを誇ってると思いますのよ?」


「その意見にはなんの反論もできないが、シスコン呼ばわりされる意味がわからねぇよ……」


「満更でもない顔してますのよ」


「それは、本格的に俺がヤバイから止めておけ。何かある度に妹のおっぱいを揉む兄になってほしいのか? お前は」


「まあ、男性としては正常ですの」


「守備範囲が広すぎて怖いよ」


 なんだか、俺の妹は残念な感じに女性として完成してしまっているらしい。仕方あるまい、今度、妹が風呂に入っているときに俺も風呂に入ろう。………いや、満月だったら冷静に答えられてしまって俺の心が折れるだろうし、ましては満月なんて風呂に入ってきた俺を歓迎するに違いない。姉は、無視だろう。完全に。それはそれで深い傷を負う。我が家の女性たちは、したたか過ぎて駄目だ。


「じゃなくて」


「なんですの、シ夜兄」


「略すな。スぐらい発音しろ」


 いや、それでは俺がシスターコンプレックスだと認めてしまっているみたいだ。やめてくれ。そんな趣味はないんだ、本当に、信じてくれ。


「さっきからなんですの? ってきいているのですのよ? シ兄」


「俺の名前が消えているような気がするがあえて気にしないで話を進めよう。学舎占争の参加者、主に優良生徒は皆、超能力なんていう非科学的な能力とやらを持っているんだろ。ということは、雛も超能力みたいなのを使えるのか?」


 満月はさっきからずっとやっていた貧乏揺すりを止めた。(ずっとやってたんだぜ? 一貫してるな)そして、腹筋を使って少しだけ起き上がってパソコンのキーボードを幾つか一気に叩くと画面が真っ白になった。


「……何をしたんだ?」


「自爆みたいなものですのよ。データを全部飛ばしたのですの」


「え」


「こんな、あっているかもわからない情報をわざわざ持っていなくても頭の中に入ってるですの。不要なものを持っててもお荷物ですのよ?」


「……ああ、そう」


 執着と言うものがないのだと判断を下しておこう。パソコンについてはなにもわからない俺が満月に何かを意見するなんていうことは無意味なんだから。確かに変に沢山の情報を持っていると狙われやすくなったりするのかもしれない。知らないけどしれない。


「で、雛ですの?」


「雛だな」


「雛も愛されてますのよねぇ? これが、母から貰えなかった愛だといえば少し皮肉ですの」


 ニヒリストですの。と満月は自分で言って起き上がり、真っ白になったパソコンをがちゃがちゃと弄り始めた。何をやってるんだかさっぱりだが多分再起動をさせようとしているんじゃないかと思う。どうやら、生半可なデータのとび方ではなかったらしい。パソコンの中には学舎占争以外の情報もつまっていただろうに。全く思い付きで行動しやがる。


「信用できるかわからない情報では、一般人ですの。けど」


「けど?」


「雛なら超能力の一つや二つ持っていてもおかしくないと迷探偵満月は推理するですの」


「迷ってんぞ」


「物理的なものではなく精神的なものだとは思うですけど」


「ふうん」


 雛が超能力を使って、なんやかんやしている姿なんて想像できないけどな。想像したくもないし。まず、超能力何て言うものは小説とか漫画で使われる娯楽でしかない筈だ。んなもん想像しろ何て言われたら俺は発狂する。それで、超能力に目覚めるかもな。流石、俺。


「けれど、超能力を持っていなくても雛の存在事態が天然記念物ですの」


「天然記念物……?」


「あの嫌われない体質。煙たがられない体質。雛はそれを自分で操っているとでも思っているかも知れないけれど、無意識に等しいと思うですのよ?」満月がパソコン画面を見つめながら気持ち悪げに笑った。「まず、道を間違えかけていた夜兄とただの品行方正の一般人である雛が友達になるなんてあり得ないですのよ? 全部は雛の体質のせい、つまり必然でしたの。まあ、霜月高校の動きを見る限りそれなりに自意識的に使っているかもしれないですけど、それは断片的でしかないですの、雛は嫌われたくても嫌われることができない可哀想な鳥の元に生まれた可哀想な雛ですの」


「じゃあ、霜月高校の人達は別に雛が嫌いだったわけではなく無理矢理いじめに参加させられていた?」


 ということになるのだろうか。

 それじゃあ、まるで――――


「雛が操っていたとしか思えない」


「ですの。だから、満月は精神的な超能力を持っているんじゃないかと推測したのですの」


「論理が通っているじゃねぇか………」


 満月にしては珍しい。というか、満月はまだ中学一年生なのに論理が通るような事をいえるのか。中学一年生の俺はうんこぐらいしかいってなかった記憶があるが。……これは極端か。


「ロジック満月ですのよ、シ」


「待て、つっこむべき所がありすぎて対応に困るじゃねぇか。まず、シってなんだよ、略しすぎて俺の名前の面影すら残ってないじゃねぇかよ。それにロジック満月って売れない芸人みたいな名前を自分で名付けるんじゃねぇよ」


「つっこみが長すぎてうざいですの………」


 そう言いながら満月は本気で困ったような顔をした。やめろよ、本気で俺が困るやつみたいじゃないかよ。俺のつっこみが長いのはあくまで満月の台詞が悪いんだからな。

 なんとなく、パソコン画面を覗くと早速起動していた。流石、ロジック満月。作業が早い。


「雛は」満月は声のトーンを少しあげた。パソコンが起動してテンションがあがったのかもしれない。「存在事態が不思議なのですのよ。サヴァンに分類されてもいいんじゃないかって思うぐらい嫌われないことに特化している。サヴァンじゃないなら神童かなにかですの。もしくは神童(サヴァン)ってルビをふっても別におかしくないですのよ」


「サヴァン………?」


 なんだそれは。

 日常会話じゃあまり聞かなさそうな言葉だが。ん、いや、ドラマで聞いたことがあるな。え、でも、あれって………。あれって。………まぁ、満月が意味の理解を間違えて使っているだけなのかもしれない。気にするほどの事ではないということだ。


「そろそろ、晩御飯の時間ですの」


 そう、満月が呟いたので部屋の時計を見るともう八時過ぎだった。

 今日の晩御飯は何だろうか?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ