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学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
7月
5/49

〆 下弦夜月

長くなってしまいました。

 あれから、粗蕋と待ち合わせしていたらしき歌乾と三人で帰った。歌乾が粗蕋に「遅いかな!」と叫んだのを見る限り俺が粗蕋の足止めをしてしまっていたらしい。

 帰り際にした話は本当にたわいのない話ばかりで、特に俺が調べたいようなことは何も知ることは出来なかったが、久しぶりに楽しく帰ることが出来た。話の内容を軽く切り取ると、プリキュアの人数が増える心理やら、女性のパンツの色は黒と紫のどちらの方がエロいかやら、一人で歩くのが早い人はコミュ障やら、咄嗟に出る嘘ってなんなんだろうやら、メールアドレスの登録数とか、友は何人目から友達になるのかやら、本当に下らないことだけ話した。

 粗蕋がわざと学舎占争とやらから話をそらしていたりするわけではなく、いつも通り帰っている、という感じだったな。

 そのせいで、頑張って聞こうと思っていた情報も全く聞き出せなかったし、約束のアイスも奢ることが出来なかった。

 アイスを奢れなかったのでメールで粗蕋に「今度奢る」と送っておいた。粗蕋とは、一年生の時からクラスが同じだったのだけれども授業中、休み時間は基本寝てるか本を読んでるかメールをしていたし、お昼休憩になるとどこかに消えてしまうので、話したことがあまりなかったが実はいいやつなんじゃないかと思う。ただ普通に話しかけるのが苦手ってだけで話している限りは普通の人間のような気がした。

 もう一つの帰り際にやり忘れたものである情報収集は、今、パソコンを利用して調べているのだが、俺の普通のインターネットの能力では十一高競走の事は嘘を織り混ぜながら出てくるけれど、粗蕋が言っていた学舎占争については何も出てこなかった。学舎戦争はとある漫画に使われているらしいがきっと関係がないのだろう。


「はーぁ」


 俺はため息をついてベッドに寝る。

 やはり、学校はいい風にも悪い風にも閉鎖的だから、細かい情報は得られなさそうだ。しかも、確か昔の偉い人たちが関わっているらしいし………ハッキングも何もできない普通の人間である俺は何もできなさそうである。

 粗蕋は独り言を何て言っていたっけ。「昔の有力者が裏側で君臨していたりする――――」そのあと、質問ができるならばしたかったことがあったような気がする。えっと……「――君みたいなノーマルなただの人間が学舎占争に巻き込まれて、どうなるかわかりきっている。君が何をし――」待て。


「君みたいなノーマルなただのにん、げ、ん?」


 ノーマル?

 どういうことだろうか、自分はノーマルじゃないみたいな……学舎占争にいる人たちはノーマルじゃないみたいな………言い方は。そもそもノーマルではない人間とは何だ? 確かノーマルの意味は普通とか、標準とか、正常とか。そんな感じだったような気がする。

 ならば、ノーマルではないとはどういうことだろうか。

 粗蕋と雛の共通点を探せば………いや、十一高競走の参加者の共通点を探せ、いや、共通点どころか特徴すらわからない。あまり、大々的に動くわけにはいかない身だから(粗蕋の言葉を真に受けるのであれば)質問も迂闊にできないだろう。ということは粗蕋と雛の共通点を探すしかないのだが。

 まず、あいつらは知り合いですらないだろう。知り合いだとすれば「これも運命なのよ」だと思うだけだが。まあ、知り合いではないと仮定した方が可能性が高いであろう。そうなると、見た目で同じなのは制服、だが、俺も制服を着ているからこれは違うだろう。では、黒髪か。俺は(というか、我が家は)色素が薄いのかなんなのかで、髪は金っぽいし、目は青っぽい。………でも、しかし、黒髪は日本中にいるし関係ないのか? 俺の方が珍しいんじゃないのか?

 いやぁ、待てよ。

 見た目を比べてどうするんだよ、俺。

 だからといって、内面的な事を考えるにしても雛ならまだともかく、粗蕋は内面的な事が全くわからない。そりゃ、一年ちょっと同じクラスに机を並べていたが、話したのは今日がはじめてみたいなものだし。きっと、粗蕋は寝るのが好きなんだろうなー、本を読むのが好きなんだろうなー、ぐらいしかわからない。後、パンツの色は黒の方がいいって言い張っていたぐらいしか知らない。


「あー」


 わかんねぇ。

 粗蕋は「無関心を貫け」って言っていたけれど、関心を持っても不干渉の約束があるのかってぐらい、なにもわからない。関心を持っても干渉をできないように学校側も頑張っているみたいだ。まあ、粗蕋が言う、被害者を自分から増やそうとは思っていないだろう。

 友達が巻き込まれてるなら俺も被害者になろう、と思ってやりはじめたことだけども、部外者がつけ入る隙間がない。こうなったら、下の妹に頼むしかないんだけどな。あいつだったら何でも知っているだろ―――――


「いやっふぅ! 夜兄なっにやってんの? あ、エロほ――」


「ノックなしに入ってくんじゃねぇよ、エロガキ!」


 そう叫びながら侵入者に向かって手元にあったものをぶん投げた。それはきれいに右にそれていって普通に落ちる。


「ちっちっち……夜兄、流石あたしの兄だぜ、妹にエロ本を投げるとはな!」


「は!?」


 ええ、え、エロ本を投げた? 俺が、エロ本を妹に向かって投げた? いや、それはまじで俺が変態だ。セクハラだ。セクシュアルハラスメントだ。寧ろ、セクハラハラスメントだ。訳がわからない。警察に送られてもおかしくない。むしろ、いかせてほしい。煩悩とさようならして、悟りを開くんだ、俺は。


「そんな、真っ赤になるなよ、夜兄。処女を奪われた訳じゃねーんだからさぁ」


「女じゃねぇしな、俺」


「嘘だよ、ただの漫画だ。つまらねぇなぁ」


「はあ………」


 よかったと思っている俺は何なんだろう、妹にいいように遊ばれている気がする。こいつに構っていたら俺が持たない。本当に血が繋がってんのか?


「それにしても、夜兄」


「なんだよ、半月(はつき)


「妹に妹とどたばたする漫画を投げるのって勇気が必要じゃないのか?」


「…………」


 ………………………………………………………………………………………――――――!?!!?


「それに、そんなに慌てるってことは、エロ本、持ってるんだな? あたしのと見せあいっこするか?」


「あの、半月さん」


「なんだ? 夜兄さん」


「すみませんでした」


「土下座するなよ、頭、踏まれてーのか? 趣味があたしと一緒だな、流石、あたしの夜兄だぜ」


「土下座してねーけどな、俺」


 勝手に土下座を妹に向かってしていると決めつけられては困るな。


「で、なんだよ、頭を踏んでくださいってか?」


「漫画を返してください」


「ああ、この妹といちゃいちゃする漫画だな」


「いちゃいちゃとかいうな!」


「じゃあ、妹と××する漫画だな」


「ダメな感じがアップしたな!」


 半月はダメな感じの漫画を俺の方に片手で投げた。それは綺麗な弧をかいて俺の手のなかに入ってきた。どうやら、妹と俺ではだいぶスペックに差があるらしい。まあ、姉が超人だからな。俺は親を恨む。

 俺は漫画を布団の上に置いた。


「ちょうどいい、ダメな方の妹よ」


「なんだ、ダメな兄よ」


「ダメじゃない方の妹を読んでこい」


「それは無理だな、ダメな兄。ダメじゃない妹などいないからな」


「確かにそうだな」


「おうよ」


 半月は偉そうに胸をはった。胸が揺れる。それにしても、ダメな兄と妹しかいないとなると本格的に駄目な家庭である。大きい胸を張るべき時ではない

「じゃあ、ダメな妹を呼んできてくれ、ダメな妹よ」


「残念、ダメな妹はここにいる」


「話が進まねぇよ!」


 さっきから雛パートが異常に短いし、俺パートが勝手に長くなって困ってるんだからな。これから、もう一人の妹が出てくるとなると、あー、長くなる長くなる。誰かどうにかしてくれ。

 半月は大きく息をすって足をどっしりと構えた。


「――ダメな妹ぉぉおお!」


 半月の大きな声が部屋中、否、家中に響いただろうけれど、そんな呼び方ではプライドが高いあいつは来ないであろう。まず、ダメな妹と呼ばれて喜んで来る妹は、そこにいるダメな妹ぐらいだ。ダメな妹が来るとしても、怒り没頭しながら来て、ダメな姉とダメな兄はなぶり殺されるだろう。そんな暴力的なダメな妹を持った記憶はないが、現実にいるダメな妹が本当に暴力的だからなんとも言えない。


「ちゃんと、名前で呼ぼうな、ダメな妹よ」


「ダメな妹の名前ってなんだっけ」


 俺のダメな妹は首を傾げた。ああ、こんな妹がいるぐらいなら世界から消えた方がいいかもしれない。…いや、雛の事があるからまだ死ねない。全てが終わったら俺は死ぬと誓おう。


「お前はダメだな、死んでこいよ」


「ごめん、あたしは妹の処女にしか興味ないから」


「マジで死ね、満月(みつげ)だよ、み、つ、げ」


「え? まさか、ダメな夜兄は、妹の名前を覚えているのか!? 変態だな! サイテー!」


「なんで、自分の妹の名前を覚えてたら変態なんだよ!」


「あんなことや、こんなことをするんだろ!」


「お前の想像力に恐れ慄くわ!」


 俺はベッドの上から飛び上がって半月の方へと走っていき、回し蹴りを決め、られなかった。半月は俺の脚をつかんで空高く突き上げた。


「痛い痛い痛い痛い!」


「これが本当の揚げ足を取り」


「上手いこと言ってんじゃねぇよ! 離せ!」


 半月は俺の揚げ足を取ったまま上を見上げて考えるような動作をした。いや、考えてないで離せよ、俺は体硬いんだから。


「しかし、これは脚を取った後にあげたから、ただの脚上げだな。アゲアゲだな」


「あげぽよ!」


「どうしたバ夜兄」


「略すな! バカの二文字ぐらい言え!」


「うるさいな、バ」


「原型がねぇよ!」


「じゃあ、バ。ひとつ約束してくれるなら脚を離してやらんこともないぜ」


「なんですか!?」


「あたしが、もし………いや、近い将来、女の子襲ったとしても仲良くしような?」


「勘当だ! 二度と俺の家の門をくぐるんじゃねぇ!」


 そんな、屑みたいな妹は我が家に必要ない! 許されるのはバカな妹までだ! ……いや、バカな妹も俺には必要がないな。ここにいるバカのせいで俺はこんな目にあってるんだから。それも、もしをわざわざ近い将来って言い直したって事はその未来は確実なんだろ? 今すぐ、出ていってくれないかな? 血縁関係を無かったことにするために、全身の血を入れ換えてくれないかな? そのまま、死んでくれないかな? さよなら、ダメな妹。お前は俺の記憶から抹消された。

 そんなことを考えていたら半月が唐突に息を吸い始めた。え、まさか……。


「―――満月ぇぇぇえええええ!」


 半月はさっきの声量の倍あるんじゃないかと言うぐらい声を張り上げた。近いからか、とても耳に響いてうるさく感じる。騒がしいからやめてほしい。


「俺の揚げ足を取ったまま叫ぶな! うるせぇよ!」


 そんなことを叫んでいると隣の扉の鍵が空いた音がして扉が空いた音がしてから(あれ、もしかして、半月って満月に部屋から追い出されてたんじゃないか?)とっとっとーと軽い足音がして、俺の部屋の扉の端からひょこっと頭が出てきた。


「煩いですのよ?」


 俺は、満月の姿を見て、揚げ足を取られながら硬直した。昨日まで、ロックパンクのような俺の家の空気には合わない黒くじゃらじゃらした服を着ていた癖に、今は頭に赤いカチューシャのようなものを着けて、ふわふわしたワンピースを着て……まるで白雪姫と赤ずきんの間のような、おとぎ話のような格好をしている。いつもと変わらないのは顔と髪型と両手に抱えるように持っているパソコンだけである。


「先ほどから「ダメな妹ー」とか「土下座ー」とか全部隣の部屋まで響き渡ってるのですの、それにそのわけがわからない格好はなんですの?」


「おう、変なことしてて悪かったな処妹」


「あ?」


 満月は半月の言葉を受けて、笑顔で首を傾げた。これがもし、処妹と略されずに発言されていたら満月は半月を飛び蹴りをして、そのとばっちりが揚げ足を取られている俺に来ていただろう。危なかった。

 だが、俺はバカな妹をなめきっていた。


「処妹とは、処女のい―――ぐふっ」


「ぎゃぁあああ!!」


 バカな妹が必要のない説明を始めた瞬間から満月は動いていた。低姿勢にスタートダッシュをしたかと思うと、そのスピードに乗ったまま、半月の背中に蹴りを入れていた。その時に半月の全体重が俺の片足にかかり、俺の揚げ足はさらに高い位置に強制的に空高く突き上げられた。

 そのまま、俺と半月は倒れていき、地面と仲良くなった。

 そこまでの行動は満月の自己を守るための行動として世間一般的に許されるだろうが、満月が怖いのはここからである。

 満月は真顔のまま半月の腹の上に片足を置いた。


「………肋骨、何本残してほしいですの?」


「三十五本!」


「不思議ですの、肋骨は左右共に十二本ずつ、合計二十四本しかないはずですのに」満月はいやらしく笑いながら言った。「半姉はきっと人間じゃないのですのね?」


「あたしは、満月に殺されるなら本も――ぐふ」


 満月は笑ったまま脚に力を込めたようだ。

 いや、しかし、こんな状況でこんなこと言える半月のメンタルはきっと、超人並みなのではないだろうか? 近い将来、本気で女の子を襲ってもおかしくないような気がしてきた。そんなことしたら、勿論、二度と家の門をくぐらせないが………半月の場合、家の門が例えくぐれなくなるとしても、女の子を選びそうで恐ろしい。


「っていやいや」俺は、勢いよく起き上がって妹達がいちゃいちゃしている方へ歩く。「満月、半月を殺しちゃ駄目だ」


 俺は、満月の肩を掴み、強引に半月から脚を退かせた。反抗をしない辺り、本気ではなかったそうだが。(満月が本気だったら誰にも止められないだろう。いや、姉なら止められるかもしれない)


「どうしてですの? 早急に肩から手を話してほしいですのよ?」


「雛」


「どうして、そこで雛の名前が出てくるのですの!」


「雛、雛」


「だから、なんですの!」


「雛、雛、雛、雛」


「あぁもう、わかったですの! 一回黙ってくださいですの!」


「よし、じゃあ、半月」俺は地面と仲良しの半月の方を見る。「部屋から消えてくれ」


 すると、半月は瞳孔を一度、思いっきり開いてから跳ねるようにして起き上がった。


「なぜ、あたしを追い出すんだ! 二人で淫乱な関係を築こうとしてるんだな! あたしも混ぜろ!」


「お前の想像力に畏敬の意を表すよ。ダメな妹よ」


「3Pじゃ駄目だと言うのか! ダ夜兄!」


「だから、名前を略すなよ。ダ妹、三回死ねば人生をやり直せるかもしれないぜ?」


 ダ妹こと、半月はこの言葉の意味がよく理解できなかったようで、首を傾げた。遠回しに死ねと言ってもこの小娘には通じないようだ。


「堕夜兄、あたしはだな、ただ交ざりたいだけだけなのだぞ?」


「勝手に漢字を変えるな、かっこいいじゃねぇか。堕妹」


「交ざりたいだけなのだ!」


「あえてスルーしたのに二回言うな!」


 そこまで言った所でダンッと地面を叩きつけるような爆発音が聞こえた。ここで爆発音というのはおかしいかもしれないけれど、本当に爆発音のように聞こえてしまったのだから仕方ない。その爆発音の主は満月でどうやら笑顔で床を踏み潰した音のようだ。


「煩わしいですの」満月はそう言ってパソコンを近くの棚に置いてから半月の腕を掴んだ。こう見ると満月は本当に小さい。「夜兄は、満月に用事があるんですのよね?」


「そうだ」


「じゃ」


 満月は半月を片手でぐいっと引っ張って扉と半月をベターンとした。ベターンと。つまり、半月は俺の部屋の扉とランデブーをしたということだ。ああ、俺の部屋の扉、可哀想に。そして、満月は半月の腕を掴んでいない方の手で扉をあけてから、半月に飛び蹴りをくらわせた。無論、半月は廊下の方へと崩れ落ちていく。しかし、半月は嬉しそうに蹴られていたので本望であろう。

 さよなら、半月。

 二度と来るな。

 廊下に倒れている半月を無視して、満月は何事もなかったかのように扉を閉めた。そして、満月は近くに避難させておいたパソコンを手に持ち、俺の方に笑顔で振り向いた。俺は、思わず一歩下がる。


「夜兄」


「あ?」


「満月……満月はですの……うぇ」満月は顔を伏せた。そこから、地面に向かって滴が落ちた。「半姉に酷いことしちゃったですのー!! うぇえー!」


 半月は鳴き始めた。このままでは崩れ落ちるんじゃないかと言うぐらい悲痛の叫びをしながら鳴き始めた。


「って、え? 今度はそういう路線なの?」


「なのですの」


「おい、急に涙止めるなよ。わざとらしいだろ」


「夜兄だったら、わざとってばれてもいいですの」


「嘘泣きかよ」


「涙は武器ですの、兵器ですの、伏兵ですの」


 半月はそういって小首を傾げながら「てへっ」と言った。人間兵器である満月にそんなことされても俺はなんとも思わないが、確かに何も知らない人だったら普通に騙されるだろう。兄である俺が言うと、まるでセクハラかもしれないが、満月はこういう格好をすると本当に普通に可愛いと思うし、声が高めだから前の喋り方よりは合っている。

 それにしても、襲われたら自分で首をうち取るような満月が涙で攻撃をしようと考えるなんて、成長したのか堕落したのか。人を頼る(騙す気満々だけど)事を覚えたと言うことは成長なのか。


「まー、とりあえず座ろうぜ」


「ベッドの上ですの?」


「……………」


「どうしたのですの?」


 これは、強者の余裕というものか。


「まあ、いいか」


 俺の部屋は勉強机以外のところに椅子がないし、座るならベッドの上が妥当だろう。俺は歩いていってベッドの上に座った。その隣に満月が座る。


「それでですの」


「ん?」


「満月に何のようですの? わざわざ、満月に頼ると言うことは雛絡みですの?」


 満月はパソコンを開きながらそういった。キーボードの上で手が踊る。俺にはどういう原理でやっているのかわからないが、満月はマウスというものを一切使わない。満月曰く、「あれは時間がかかるから嫌いだ、大嫌いだ」とのこと。


「そうだ、雛絡み」


「満月の雛がどうかしたのですの?」


「いつ、雛がお前のものになったんだよ。雛は俺の物だ」


「ある意味問題発言ですの」満月はため息をついた。「雛は雛のものですの。その雛は将来的に満月の物になるだけですの」


「それも問題発言だ」


 つまり、将来は結婚をするとかそういう意味だろ。中学の時からよく遊んでいたけれど、雛のあの性格のどこに惚れたんだか……。俺の妹はよくわからん。いや、女だからよくわからないのか? 家には父親以外だと女しかいないけれど、女心がよくわかっていないということなのか?

 いやいや、それでも雛は恋愛対象じゃないだろ。ゲームだったら主要キャラの中にいるのに何故か攻略できない用に出来ているキャラだ。


「兎にも角にも、雛が葉月高に転校してきたからといって夜兄が手を出すのはダメですのよ? この世から消え去りたいなら別だがな」


「口調変わってんぞ」


「む、この口調は慣れないと使いにくいですのよね」


「ってあれ、雛が転校してきたって知ってるんだ」


 さすが、暴力情報屋で名が通ってる満月さんだぜ。暴力と情報と可愛さで人をだまし続けて百年の満月さんは情報が早いな。


「雛のことは何でも知っていますのよ、ふふふふ」


「ストーカーか」


「ストーカーですの」


「ストーカーと分かっていながらもストーカー行為を続けるとか何者だよ」


「満月ですの」


「満月って誰だよ」


「満月ですの」


 あれ、この会話って成立しているように見えて全然成立していないんじゃないか? つまり、会話が通じてない。言葉のドッチボールである。満月は自分のパソコンで忙しいから俺なんかに構ってる暇はないってか。


「で、雛についてなんだが」


「なんですの? 雛の3サイズが聞きたいですの?」


「なんだよ、それ」


 男の3サイズを聞いて誰が喜ぶんだよ。俺が知っている中にはそんな人間いないぞ…………ってあれ、半月なら喜びそうだな。……………どうしよう、あいつの将来が心配になってきた。二年後とか刑務所にいるんじゃないか?

 後で、俺が半月を監禁して犯罪を起こせないようにしておこう。


「じゃあ、何の用事ですの」


「学舎占争」


「―――――っ」満月はキーボードから手を離して目を見開きながら俺の方をじっと驚いたように見た。「……それをどこで」


「さあな? それについての質問なんだ――――」


 満月は俺の両腕を片手で持ち、もう片方の手で俺の口を掴んだ。そして、そのままベッドの上に押し倒される。これは珍しいことをされたな、壁ドンならぬ、床ドンならぬ、ベッドドン何て珍しい。略してベッドンだ。しかも、立場が完全に逆転している。

 満月は俺の口から手を離した。


「どこできいたのですの?」


「どこでしょう? 情報通の満月ならわかるんじゃねーの?」


「うるさい、どこで聞いたんだってきいてんだよ」


「俺はその質問にどこでしょう、と答えてるぜ?」


「どこできいた?」


 満月の手に力が加わる。只でさえ、無理矢理持っているであろう俺の両腕はさらにきつく絞められる。


「夢できいたかも、妖精さんがでてきてさ」


「下らん嘘はつくな、殺すぞ」


「おー、そりゃ怖い」


 満月は歯軋りをした。

 そして、目を閉じて深呼吸をしてから、ため息をついて目を開いて俺の腕を離した。


「ごめなんなさいですの」


「……ん」


「夜兄なら、雛の異変に気づかないわけがないですものね。そして、頑張って調べようとするのも考えれば分かりきっていた事ですの」


「……ん」


「はあ、満月の失態ですの」満月は、パソコンを手にとって考えるような仕草をした。「ここから先は情報屋として、夜兄を守るためにききたいのですけど……本当に誰ですの? 夜兄に情報を与えたのは」


「人じゃねぇかもな」


「へ?」


 舌先三寸、口八丁。

 多分、俺は粗蕋で言う自白剤でも飲まされない限り満月に対して、粗蕋に関する事実を語ることはないだろう。これが、情報を教えてもらったものの義理だと思っている。だから、いくら嘘が嫌いでも得意では無くてもこれに関してだけは満月に嘘を突き通すつもりである。


「頭に直接響いてきた、というか」


「……………それは」満月は顔を歪めた。「どこまでが事実でどこからが戯言ですの?」


「今のところ事実だな」


「だとしたら、やばいですのよ? 嘘なら嘘と言って欲しいですの」


「俺こと模範的な生徒が嘘をつくわけないだろ」


「模犯的な性徒の間違いですの」


「どんなだよ!」


「完全に、もう巻き込まれているのですのよ、それ」


「まじか」


 頭に直接響いてきた、なんて嘯てみたが、どうやら俺にとってはいい方向に解釈してくれたみたいだ。しかし、頭に直接響いてくるなんてまるで超能力みたいだが、まあ、あるわけないもののわけがないからきっと一般には出回っていない世界中の科学者の力を使って作られた秘密兵器か何かだと満月は勘違いしてくれたのだろうな。


「夜兄」


「なんだよ」


「忠告ですの。私立高校は財務法人、過去に君臨していた人間がぞろぞろといるのですのよ。それが、手違いに関係ない人に広まったと分かってしまえば将来がまだまだ輝くと予想される学生でもつまむ」


「つまり」


「邪魔なら、殺すですの」


「…………」


 満月の目が陰った。キーボードの上で踊る手が少し重くなる。


「もし、人為的に巻き込まれたとしても、悪徳宗教の如く絡まれていって最終的には死ぬか雛のようになるか」


「…………」


「無傷でやり過ごすのはたぶん無理ですの」


「待った」俺は首を傾げながら言った。「最終的には雛のようになるか、って言ったよな」


「ですの」


「雛はもう、終わっているのか? 巻き込まれないのか?」


「満月はそう思っているですの。雛は役目をおえて、葉月高校に来たと解釈してるですの」


「…………いや」


 それはなんか不思議だ。粗蕋が言っていたニュアンスとは少し変わってしまう。粗蕋は「僕は何も知らない」と言っていたが、雛が関わっていないとすれば、俺のせいとは言えど、三分間の質問タイムで雛の話がわざわざ展開されるわけがないと思う。それに、「雛は何に関わっているんだ?」という現在形(現在進行形?)の質問に学舎占争と答えた。あくまでも「関わっていた」のではなく「関わってる」に答えたのだ。

 つまり、雛はまだ、捕らわれているんじゃないのか?


「どうしたのですの?」


「それは違うと思う」


「どうしてですの?」


「それは、言えないが違うのは確かだと思う………」


「……………」


 満月は顔を歪めてから、パソコンの画面に食らいつくように見ながら高速でキーボードで何かを入力し始めた。


「何してるんだ?」


「………法律から逃れられなかった悪事ですの」


「つまり」


「ハッキングなう」満月は軽々と言った。「学舎占争本体の頁を開くことは困難ですけれど、葉月高校の情報をハックするなんて朝飯前を越えて寝る前ですの。寧ろ、生まれる前ですの」


 まあ、証拠を残したままなら学舎占争のやつも入り込めるのですけど。と満月は偉そうに言った。

 ハッキングのテクニックなんていう犯罪以外に役にたたないものを自慢されても反応のしようがない。それに、生まれる前からハッキング能力を持っている子供なんてある意味、天性の才能を持っているというか(悪い意味で。)なんというか。満月は謎の文字の羅列を見ながら何やらを呟いている。


「……………」


「何を読んでるんだ?」


「………………」


「何を読んでるんだ?」


「うるさいですの。夜兄には到底わからないであろう、ただのパソコン語ですの」


「あー、そう」


「学舎占争について、日本語で書いてあるものは殆どないですの。英語とかヒンドゥー語とか謎の言葉ばかり。だから英語とかさっぱりわからない満月は文字を分解して解析してパソコン語に直してから読んでいるのですの」


「あーうん。凄いっつーか、凄まじいな」


 英語とかより満月のいうパソコン語の方が読みやすいとかどういう頭をしてるんだか。パソコン語ってたしか何種類かあるのにそれが全部読めるのか? こいつ。それにこの一瞬で英語からパソコン語とやらに直した満月はやはり天性の才能を持っているのだろう。

 ぶつぶつ呟いていた満月は急に黙った。


「?」


 満月は無言でポケットからスマートフォンを慌てるようにしながら取り出して、謎のコードでスマートフォンとパソコンを繋げた。そういやこいつ、パソコン二台欲しいとか言ってたな。それをスマートフォンで代用するとか何を考えてるんだ? パソコンとスマートフォンを同時に操作して何かを見比べているようだが………。


「…………てる」


 満月は何かを呟いた。


「え?」


「書き変わってる」


「どういうことだ?」


「学舎占争に関する葉月高校の情報が変わっているということだ。………学舎占争が動いたのか葉月高校が動いたのか。はたまた、俺を騙すために情報を抜き変えたか」


 ということは、満月が持っている情報はあてにならないのかもしれない。雛が巻き込まれないというのも、果たして本当かどうか。それにしても、粗蕋は満月が知らない情報まで知っていた可能性が高いということだよな。あいつは一体、何者なのだろう。


「こうなっちまうと――」


「口調が俺と被ってんぞ」


「失敬。まあ、夜兄に敬もなにもないのですけど………これだと、夜兄が巻き込まれている可能性もないこともないですの」


「………ふうん」


「罪は無知。罪状は知識がなかった事」


「……………」


「教えるですの。学舎占争において知らないことが多いことが人生とさよならする可能性が高いことは満月でも知っているですの」


 満月は俺の方に寄ってきて、スマートフォンとパソコンを俺に見えるようにおいた。どうやら、満月が読んでいたパソコン語は数字の羅列の系統の物だったようだ。俺にはさっぱり読めない。


「今から全部訳をするですの」


「そうか」


「そのあとに満月が持っていた情報を全部伝えるですの。勿論、メモは禁止ですのよ?」


「分かった」


 満月はため息をついてから語り部に洒落込んだ。


「まず――――――」

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