〆 下弦夜月
角を曲がってやっと舞台が見えてきたところで、急に舞台が崩れた。それはもう大きな音をたてて、俺の心のどこかにあった希望と共に舞台が一瞬で崩れ落ちていってしまった。
これは…………間に合わなかった、のか………?
「夜兄」
「もう一度言う。半月、お前は帰れ」
俺はそれだけ半月に言って全力で舞台の方に走った。まず、被害者がいないことを確認しなければ………、いないと信じている。其柯、お前は本当に人を殺してしまったのか…………? 本当に犯罪をしてしまったのか?
人が集まりつつある舞台の残骸を駆けのぼって人が中にいないことを信じつつ残骸をどかして確認をする。下に掘り進めていくにつれて見える………血の色。
死体が……この中に。この下に。俺の足元に。残骸の中に。
ある?
「ないわよ」
血がついた自分の手を見つめて死んだような目をしていた俺に返答が帰ってきた。その声の主はこの舞台を崩したであろう、其柯柚樹。
「下弦君、それは自分の事を考えずにひたすら瓦礫を退かしていたせいで出てきた貴方の血よ」
「……ああ、なんだ」
俺は自分の手を握ったり開いたりして確認をする。なるほど、手に力が入らないと思ったら………。ただの自分の血じゃないか。馬鹿みたいだ。それぐらいでパニックを起こしたりして、馬鹿みたいである。俺は自傷気味に笑ってから声のする方に振り返った。すぐ後ろには神に願っているかのように手をあわせて握っている其柯がそこにたたずんでいた。
「落ち着いたかしら?」其柯は薄く笑う。しかし瞳は笑っていない。「被害者はいないわ。今のところはね」
「今の所ってどういうことだ?」
「私が死ぬから」
「……………は?」
「学校側の不備により舞台が崩壊、舞台が台無しになったことで気が病んだ生徒が一名自殺。素敵なニュースでしょう?」
「ちょっと待てよ、お前――」
「今、民衆の目に晒されるのはあまり良くないわね。下弦君、ちょっとだけ貴方が心配だっただけなのよ、それじゃあ――」
「待てよ」
振り返ってどこかに行こうとしている其柯の腕を血で濡れた手で俺は掴んだ。其柯は嫌そうな顔をしてこちらを見てきたがそんなものは気にしない。これから死にます宣言をしている人間を放置する人間はどうかしてる、だろ? なあ、其柯。お前が俺にして欲しいことあるんだろ? わかってる。
「神様なんていないのよ」
「神様?」
「お母さんは神様に騙された。お父さんは神様に騙されたお母さんに愛想をつかしてどこかに行ってしまった。親戚の家でも虐げられるだけ。ねぇ、下弦君。私、生きている意味があると思う? こんな変な能力だけを持っている私が……生きている意味あるの?」
「…………」
其柯は震えを押さえながら小さく呟いた。
「私、死んでしまいたい」
そこまで言って、其柯は涙を流してその場に崩れ落ちた。俺は何も言わずにその小さく震える肩を抱き寄せる。……子供にとって、親が全て。その言葉をどこかで聞いたことがある。雛には母親がいるが其柯には今まで頼れる存在だったものが無かったんだ。一人で全てを抱えて重たくて耐えられなくて。舞台の如く崩れていった。彼女と出会ったときからずっと感じていた儚さはこれだったに違いない。
「大丈夫だ、其柯。お前が生きている意味はちゃんとある。クラス、楽しかったんだろ? ここまでやったんだ、もういいじゃねぇか。もう止めよう。下らない日常パートに戻ろうぜ? 平坦でつまんねぇ日常をこれからも過ごしていこう」
「………………下弦く――」
「いずきぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「何でタイミングだ!」
松葉杖の癖に例の世界一速いあの人より速いんじゃないかと思えるぐらいの凄まじいスピードで雛が走ってきた。その後ろには不審そうな顔をしている葉月ちゃんもついてきている。いやしかしまあ、見世物じゃないのに観客がたくさんいる所にずっといるわけにもいかないな。
場所移動しなければ。




