〆 下弦夜月
俺は、雛とさっきまで話していた通話を切って全力で走ることに専念していた。雛に伝えたのは良いが、あの調子だと全てが終わったあとに到着しそうである。それはかなりよろしくない。人が死ぬのは勿論駄目だが、其柯が人を殺すのも駄目だ。
駄目駄目いっているのも駄目だというのもわかる。
「けれど………」
駄目なものは駄目なんだよ。と続けようと思ったのかなんなのかわからないけれど、何かを思って俺は言葉を詰まらせた。人を殺すのはよくない、けれど、それが生きるために仕方なくやる悪だとしたらそれは本当に駄目なことなのだろうか? 芥川の有名な羅生門であげられている話だが……雛だって、殺しはしていないけれどニュースの流れを見る限り雛にいじめることを強要されていた生徒たちはだいぶ雑誌やニュースや新聞で叩かれている筈である。つまり、彼らは今、学校を不登校になってしまっていて引っ越しを余儀なくされていて、行き場がない。将来がない、未来がない。そんなことになっている被害者がいてもおかしくない筈。
雛だってやりたくてやっている訳ではないであろう。やりたくてやったのだったら今もやっているに違いない。仕方なくやった、それは雛の事を知っている俺だからこそ……そう。同情出来るだけなのかも知れない。けれど其柯は……? なぜ、学舎占争という悪に手を染めることになったんだ?
「―――るにぃー」
「あぁ?」
俺は特に何も考えずにうざい妹に声をかけられたことを感じて反射的に返事を返した。
「夜兄ー、どこいくんだ?」
「あー、ちょっ……――――と!? 何でいるんだ半月!!」
一旦状況を整理しよう。
今俺は、其柯が殺人を犯そうとしている場所に向かって走っている、と。以上。そしておまけに半月が後ろから追いかけてきている、と。
「夜兄がいるところにはいつでも現れるのがこの私だぜ」
「そんなことは、きいてない……」
「だって、ついていくしかないであろう? 夜兄が愛しの満月をおいて走り出したんだから。それはもう追いかけて別の女を確かめなければ気がすまないではないか!」
「支離滅裂。……それにお前、何でそんなに、息が、きれてないんだよ」
結構全力で走ってるんだけどな、俺。半月はなんだか余裕で走っているというか、なんていうか。胸にでかい砲丸くっつけてるくせにタフなやつ、だな? あれ、タフってこうやって使うんだっけ? まあいいや。半月がこんなに走るのが楽そうな理由、それはあれだ年の差だ。
「いや、こんなに遅いペースでこの距離だったら疲れないだろ別に。夜兄? もしかして疲れてるのか?」
「遅いペース………」
おかしいな、俺って決して運動音痴ではないのになんだこの完全な敗北感。なんていうか、悲しくなってくる…………じゃなくて。今重要なのはそんなことではないんだよ。
「半月、お前は、愛しの満月のところに戻れ」
「なんで?」
俺は少しだけ言葉につまってしまった。ああ、もうすぐで其柯がいる舞台に着いてしまうというのに。……何て言うべきか。危険なものがあるとかお前には来てほしくない、といって引き下がる半月ではないのは俺が嫌になるほど知り尽くしている。知り尽くしているのに何て言えばいいのかがパッとすぐに出てこない。対処方法を知っていなかったら怪我の名前を知っていても意味がないように半月が引き下がる方法がないことを知っていても何の役にもたたない。ああ、もう。
「なんだ? 私に言えない理由でもあるのか? 余計に気になるぜ」
「雛に」
「雛?」
「雛に、会いに行くんだよ」
「……ふうん」
あんまり意味がある言い訳とは思えないけれど何も言わないよりはましだと判断して俺は雛に会いに行く。と言った。
「お前、雛、あまり好きじゃないだろ。なら……来ない方がいいぜ?」
「嘘だな」
「……なんでだ?」
別に嘘はついていないつもりだが……。これから雛に会うのはまあ確定だろうし、何も嘘はついていない筈である。ただし、それにたどり着くまでの道筋が長いだけで、別に嘘なんかついてない。
「夜兄が嘘つくときはすぐにわかる」
「………」
「私と夜兄は兄妹だぜ? わからないことなんて何にもないんだ」
「……支離滅裂だ」
「支離滅裂、支離滅裂、支離滅裂支離滅裂支離滅裂。さっきから夜兄それしか言ってないけど、猿にでもなったのか?」
「兄を馬鹿にすると…よくないことが起きるぜ?」
「ふうん?」半月は訝しげに呟いた。「どんな?」
「お前が雛の事を好きになっちまったりな」
「それこそ支離滅裂ってやつだぜ、夜兄」
そこで、俺は会話を中断して走ることに専念することにした。このまま半月と言い合っていてもらちが明かない。それならば、今出来ることを全力でやらないと。まずは走って、ひたすら走って其柯を止めなければ。
俺が監視カメラで見た其柯は生徒を一人舞台裏に連れていって半ば強制的に何かをやらせていた。それがなんなんだか判断する前に飛び出してしまったから本当に人を殺そうとしているのかとかはわからないが良くない予感がする。これから望んでいない何かが起きる、と。其柯があのまま引き込んだ生徒を殺すとは思いたくないが……。急がなければ、何か良くないことが起きてしまう。
そして、予定調和と言わんばかりに至極当たり前の事かのように俺が予想していなかった良くないことは起きてしまう。




