〆 月籠雛
「へー」
僕はそう言って、隣に座っていた葉月ちゃんに手で合図をして二人で歩き始めることにした。
まあ、其柯柚樹がそんなような行動を取るのは分かりきっていたので別に驚いたりなんかしない。いや、でも直接殺すようなことはしないと思っていたが…………間接的な殺し方だろうか? でも、其柯柚樹の能力は爆破、爆発……直接手を下した方が速いし現実的だ。じゃあ、昨日今日で心を入れ換えて殺人をしようという結論に堕ちたのであろうか? そうしたら、『生徒が殺人をした、された高校』と報道されて評判を落とそうとしていることになる。それはつまり、殺人をした生徒はいくら優良生徒でも逃げることが出来ないわけで、刑務所にいくしかない。最悪の場合は極刑。……直接手を下すわけではないと、思いたい。
「どこ?」
『外……の簡易、舞台で……舞台公演してる、所』
「わかった、今から行く」
『……おう』
それで、僕は携帯電話を閉じようとしたけれどやめてもう一度携帯電話に耳を押し当てる。携帯電話はひんやりと冷たかった。
「ねえ、いずき」
『………あ? なんだよ』
「もしかして、今現在信号系で走ってないよね」
少しだけ、間が空く。
その間でどんな返事が返ってくるか、すぐに僕は察した。
『現在進行形でなら……走ってる』
「駄目」
『は?』
「駄目、帰って」
『お前じゃ、間に合わない、だろ』
「間に合わないけど駄目。人を殺そうとしているんだよ? 人、いずきだって人だよ。いずきが殺される可能性は、いくらでもある。寧ろ、能力もなにもないいずきは僕より死ぬ確率が高いんだよ? わかってる? だから、駄目」
『…………でもよ、雛』いずきは戸惑ったように間を持たせてから言った。『ほっとけねーだろ!』
携帯電話の向こう側からぶちっという音が聞こえてつーつーと無機質な音が僕の頭の中に反響した。ああ、もう、いずきは。僕は、携帯電話をポケットに入れていつもより早いペースで松葉杖を動かして歩くことにした。
「其柯柚樹が動き出したんですか?」
「うん、舞台の方だって」
「舞台ですか………、観客がいるし被害者も十分。相手からすれば悪くない場所ですね」
そうか、観客がいるんだ。なるほど、見世物をするのにそれほどちょうどいい場所は他にはないであろう。僕は、自分を被害者にしたてあげようと考えるだろうからそんな場所は選ばないだろうけど。見世物をして役者になるという点においては被害者役と加害者役の違いがあるとはいえ、霜月高校で僕がやったこととさほど差はない。むしろ、同じか。いずき、どうか僕がくるまではモブ役でいてくれ……。
「いずきが現場に向かってるんだ」
「……まあ、夜月先輩なら皆助けようとする筈ですよね」
皆、被害者も加害者も。と葉月ちゃんは言った。
僕はそういうことだろうな、と理解した。優しいだけだったら、優しさは暴力になりうるのだろう。それも普通の暴力以上に周りを巻き込んで。迷惑だ、本当に迷惑。
「ねえ」僕は誰かに向けて小さく呟いた。「僕はいずきが嫌いなの………かな?」
「さあどうでしょう?」
誰に向けたのかわからない言葉に返事が帰ってきた。葉月ちゃん、悪いけど君に言ったんじゃないんだよ。たぶん、これは自問自答に近い。答えが出ない自問自答。つまり、自問無答。
これは、人間、長く人と付き合っていれば絶対に考えるだろうことで本当に下らないことなんだろうけれど、最近、たまに魔がさすように考えてしまう。友達でも親友でも家族でも時間を共にし過ぎてしまったら互いの違いに気づき付き合うのがめんどくさくなるように、いずきと僕も最近一緒にいすぎたのだろうか? それだったら、距離を一旦おけばいいのは分かっているのだが、今の状況だとあまり意味がない。ああ、いずきを学舎占争に巻き込むんじゃなかった、とか言っても今更だし考えたところで意味がないのだが。
「ポピー先輩は夜月先輩の事が親友として好いているとは思いますけど。しかし、私がみる限り仲が良いだけであって性格はあっていないのかと、親友と気が合う相手はノットイコールだと思いますよ」
「……そうだね、葉月ちゃんと僕はもしかして気があってるのかな?」
「それはないと思いますけど」
「そうだね」
実際のところ、葉月ちゃんにいい印象はまだついてないし気があったと考えたことはない。回数だけで言うならいずきとの方が気があったと感じることの方が大いに多いに違いない。しかも、葉月ちゃんとは一ヶ月前、中々な騒動があったしどちらかというと嫌いに分類される。それで、葉月ちゃんと僕が気があっていると言っても無理があるであろう。……同族嫌悪でなければ、だが。
「夜月先輩と喧嘩の経験は?」
「一回だけ」
「……少ないですね。逆に何があったんですか、それ」
そう聞かれて一瞬、死ぬ前でもないのにいずきとの喧嘩の事が走馬灯のように走り抜けていった。あの時の事はもう―――
「……色々あったんだよ」
「色々、ですか」葉月ちゃんは訊いた割に興味なさげに呟いたてから続けた。「一度距離を置いてみてはいかがでしょう?」
「距離?」
「物理的ではなく、心理的にです。いや物理的でも良いんですけど夜月先輩との距離を他人以上知り合い未満にしてみるんです」
「……」
「別に夜月先輩がいなくても生活できるのでしょう? なら、出来る筈ですよ。そうすれば、今抱えている色んな物に折り合いがつくようになると思いますけど」
葉月ちゃんは楽しそうな声でそう言った。本人からすれば一定の声で言っているつもりだろうけれど、僕に聞こえている声は明らかに違う。多分、葉月ちゃんはあまり良からぬことを考えているのであろう。もしくは、普通にこれを楽しんでいるか。どちらにせよ、気分は良くない。
その案自体はそこまで悪いものではないのはわかる。食べ物に飽きたら時間をあける、本を読むのに疲れたら休憩をする、友人関係に行き詰まったら距離を置く。正論である、が。
「それはない」
僕はそう、言い切った。
もう、いずきは其柯柚樹の所に着いているのであろうか? 満月ちゃんからなんの連絡もないから多分、死んではいないだろうけれど、急がなければ。
「どうしてですか?」
「僕はそこまで愚かじゃないんだよ、葉月ちゃん」
葉月ちゃんは「はい?」と訳がわからなそうに首を傾げたが気にせずに僕はいずきがいるであろう舞台の方へと急いで足を進めた。
不意に僕が顔を上に向けた瞬間、携帯電話が震えた。僕は、携帯電話を開く。
『雛、まずい』
「満月ちゃん?」
『監視カメラを一気に壊されて満月の方から何も見えないんだ。……それにどうやら夜兄に半姉がついていったみたい、ごめん。満月のミスだ』
「半月ちゃんが?」
『ああ』
「わかった、ついたら早急に対応する」
僕はそう満月ちゃんに言って携帯電話を閉じた。
半月ちゃんが現場にいるとなると………えっと、多分いずきは気づいているであろう。それでも尚、其柯柚樹に近づいているとは考えられない。つまり、いずきは無事だと、信じたいが……どうだろう。いずきは、妹と他人どっちを切り捨てるのであろうか?
「何て言ってましたか?」
「ん、と、いずきに妹がついていっちゃったみたいで危険じゃないかっていう」
「ついた瞬間に私が辺り一体に命令を下すつもりなので私達がつく前に何かなければ大丈夫ですよ」
「……ん、そうだね」
「夜月先輩はいて欲しいんですけどね」
「なんでさ」
「何のために劣等たちから仕事を奪ったとおもってるんですか」
「あー」
忘れてた。そんなこと言ってたような記憶が記憶の片隅にある。そういえば、これは蔑称、劣等さんたちがどうにかする予定だったとかなんとか。詳しくは覚えてないけど……葉月ちゃんは多分僕らが戦力になるか確かめたいのであろう。
「でも、流石に僕といずきが揃ってたら仕事にならないって気づいたんじゃない?」
「そうですか?」
「そうじゃないの?」
「どうでしょう?」
そういって葉月ちゃんは意味深にふふっ笑った。その笑いがどんな意味を持っているのか僕には見当がつかないけれど、というかあまりよい意味を持っているとは思えないけれど気にしないでおこう。
「ポピー先輩」葉月ちゃんは呟いた。「舞台の残骸がみえます」




