〆 月籠雛
其柯柚樹を取り逃がした後、僕と葉月ちゃんはいずきを放置して屋上の教室に集まっていた。いや、僕はすぐに帰ろうかと思っていたんだけど葉月ちゃんに無理矢理引き摺られる形でここに連れてこられて今にいたる、と。
「あーあーあ。ポピー先輩。もう少し自分の体を労ってくださいよ」
「んー」
「アルミ缶の破片とはいえ、爆散したものは鋭利な部分が多いんですから。しかも、上に飛ばしたんですよね? 馬鹿ですか? そういうものって下に落ちてきたとき鋭利な部分が下になって落ちてくるんですよ? 馬鹿ですか? いや、馬鹿ですね」
最後は肯定だった。
葉月ちゃんは包帯やらなんやらをどこかから取り出して僕の腕にぐるぐる巻いている。袖が半袖な分、腕に一番アルミが刺さっていたらしい。うーん、痛い。かな。………それにしても、よく頭に刺さらなかったものだ。頭に常時巻いてある包帯がうまく弾いてくれたのかもしれない。いや、そんなわけないけど。髪の毛で守られたといった方が信憑性がある話である。
「一ヶ所一ヶ所の怪我は大したことがないのですけど、ここまでの数になると絆創膏を貼ると逆に不自然なので包帯にしますがこの時期なので早めに新しいのにするなり絆創膏にするなりしてくださいね」
「んー」
「返事は、はいですよ」
「はい」
「間違えました。はいではありません。いいえです」
「いいえ」
「いいえは一回ですよ」
「いいえ」
「間違えました。いいえは三回です」
「いいえいいえいいえ」
いいえを三回言うと、はいと同じ意味になるなんて知らなかったなぁ。一つ良いことを覚えた。それにしても、いいえを連発すると、いえーいと言いたくなる衝動に駆られるのは僕だけだろうか? いや、僕だけのわけがない。
葉月ちゃんはぐるぐるを終えて、救急セットのようなものに全てしまってからそれを机に放置して立ち上がった。
「あ、夜月先輩は大丈夫ですか?」
「んーと、落ち込んでたよ」
「いえ、精神的な物ではなく身体的にです」
「どうだろう。見る限りは大丈夫そうだったけど」
いずきは、たぶん怪我をしていても僕には何も言わないであろう。一応、空き缶の真下からは離したつもりなんだけど爆発したからな……、微妙。寧ろ真下の方が安全だったのかな。いや、それはないか。
「落ち込んでた、とは?」
「ん?」
「なぜ、夜月先輩は落ち込んでたんですか?」
「其柯柚樹を止められなかったから、かな」
「私と話した作戦を夜月先輩に言わなかったんですね。ポピー先輩」
「うん」
僕達は、其柯柚樹を今日中に止めようと言う作戦は一切たてていなかった。というか、あいての能力がわからない限り攻撃やらなんやらを仕掛けるのは危なすぎる。いや、無理だ。という結論に僕らはたどり着いたのである。(僕が少々葉月ちゃんを説得した節があるが)だから、止めるならば明日、現行犯で捕まえてやろうという寸法である。その成功確率はかなり低いがまあ、僕には成功しても失敗してもそこまで言うほど関係がない。いや、関係はあるのだが死んでしまっては意味がないし、そもそも優良生徒ではない劣等だかの仕事の筈なので失敗してもそこまでの損害はない。筈である。
つまりあれである。
一言で言うならば、善処します! だ。
その、僕が今回の其柯柚樹についてあまり解決させる気がないのは葉月ちゃんに言っていない。行動で何となく悟られているかもしれないけれど。
「どうして今日までに解決させなくてもいい、と言わなかったんですか? 言ってしまった方が夜月先輩は楽に行動できたでしょうに」
「いずきが認めないと思ったんだよ」
「認めない?」
「俺が其柯柚樹と交渉しようとしたばかりに危険な明日まで期間を延ばしてしまうのは嫌だ、といいそうだから」
「でも今、落ち込んでますよね?」
「明日はもっと落ち込むかもしれない。でも、今日手を抜いてやったらいずきは明日、もっと落ち込む」
葉月ちゃんは訝しげな目で僕をみた。黒い髪が揺れる。
「……明日、失敗するような言い方ですね」
「さあ?」僕はとぼけてみせた。「死人は出ないように心がけるけど」
「貴方が一番最初に死にますよ」
葉月ちゃんはそういって僕に背中を向けて「帰ります、お疲れさまでした」といってドアをあけ教室から出ていった。その瞬間にクーラーがきいたこの部屋に外の熱気が流れ込む。
僕は暫くクーラーを堪能してから席から立ち上がり帰ることにした。クーラーの消し方なんて知らないからこのままでいいか。誰か教師とかが消してくれるであろう。ドアを開けて外に出るとやはり、暑い。このまま、ずっと外にいたら干からびてしまいそうである。干し雛になりたくないので(確実に食べられる)早急に校舎内に入ることにしよう。校舎内に入る扉を開けると、そこにはいずきがいた。
階段に座っている。もしかしてじゃないけど、もしかしてずっとここにいたのか? なら、葉月ちゃんともあっている筈だけど。まぁ、今は関係がない。
「いずき」
「あ?」
いずきは、首を上に向ける形でこちらを向いた。僕が女子ならスカートの中身が見えているに違いない。
「帰ろう」




