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学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
8月
30/49

〆 下弦夜月

 そうして(といっても、そうして、と述べるほど俺自体に何かあったわけではないが)俺は、雛に葉月ちゃんと話し合ったと言う作戦を話され放課後ある程度の生徒が帰ったであろう時間に其柯柚樹が所属している教室に向かった。

 そこには雛のいった通り、其柯柚樹は席に座っていた。それが彼女の席なのか他人の席なのかは俺にはわからない。しかし、まあ、自分の席の可能性が高いであろう。いや、そんなことはあまり関係がない。

 其柯柚樹は両手をあわせて握りしめまるで神に祈るようにしていた。彼女が教室の椅子に座っているのが不自然で、彼女がなぜ修道服を着ていないのかが不思議に思えるぐらいその姿勢が自然であった。ああ、そういえば確かそんなやつだったような気がする。何のために祈っているのかは知らないが、暇があれば祈っているのが其柯柚樹だった、と。その凛とした姿に思わず俺は見とれてしまったのは、秘密である。


「其柯」


 俺が、そう呼び掛けると其柯柚樹はゆっくりと己の手をほどいてから目を開いて俺の方を見た。


「久しぶり、下弦君」


 彼女はそういって椅子を隣の席から半ば無理矢理取りだし、ぽんぽんと二回叩いた。つまり、座れと言うことであろう。……たぶん、座らない方がいざというときに逃げやすいのだけども逆にここで座らなければ不自然だ。つまり、座るしかない。俺は、教室の入り口から入り、机を避けながら其柯柚樹の方へと歩いていって隣に座った。


「ねえ、下弦君」


「なんだよ」


「わたしの元へ貴方からの、Love letterが届いたのだけれども………これは貴方の物じゃないと、信じてるわ」


 そう言いながら、其柯柚樹は机の中から便箋じゃない何かを取り出して俺に見せた。


「……あー、と」


 …あいつら後で縊り殺す。

 手紙らしいものだが、文が色々な意味で素晴らしすぎる。端的に述べると『貴方のことがずっと前から好きだったの、私。だから、今日の放課後会いたいなぁ? なんて、キャッ』といった感じで。はい。俺がこんな文を書いたのだとしたら本気で人格を疑われる。………この字は雛か。俺をこんな扱いにした罪はとてつもないものになるぞ。最悪極刑の可能性もある。


「俺が書いたんじゃない」


「知ってる」


「ならいいけど――」


「誰が書いたの。何となく見当はついているのだけれども出来れば否定してほしいから訊くわ、誰が書いたの?」


 これは、どうするべきだ。変な間を与えてはならないことは重々わかっている。間を開けすぎるとその後にいった言葉の説得力は完全に消える。間の魔である。


「多分、友達」


「月籠雛」


「…………だったとしたら?」


「わたしはこの場から去るわ。下弦君には少なからず好意を抱いているけれども、貴方が何も知らないでうまく使われているだけならばこの場の会話は誰の特にはならないもの」


 其柯柚樹は目を閉じてから首を緩くふった。髪の毛が揺れる。そして、疲れた笑顔で俺を見てから立ち上がった。俺は、ほぼ反射的に其柯柚樹の腕を掴む。細くて驚いた。女性の腕ってこんなに細いのか。それとも、其柯柚樹の腕が人より細いだけなのか。わからない。


「明日ね」其柯柚樹は立ち上がったまま俺をみた。「わたしのクラスコスプレして舞台で踊るらしいわ。わたしも踊るの」


「……」


「わたし、最初は面倒くさいと思っていてやりたくなかった。でも、なんでだろう、クラスの人が凄く優しいの。本当に、そういうの、迷惑」


 彼女は憂いに満ちた目でそう言った。そんな目で迷惑とかいうなよ、迷惑じゃないみたいじゃないか。俺にはそれが、その迷惑な行為が嬉しいようにしか見えない。


「疲れた、もう凄く疲れたわ」


「それは……」


「下弦君、明日は家族とか大切な人はつれてこない方が良い」


「なんでだ」


「どうしてでしょうか? テストで零点しか取れないわたしにはわからないわ」


 彼女は緩く笑った。


「まだ、零点しか取ってないのか」


「そうよ」


「記号問題ぐらいは埋めたらいいのに」


「無理よ、わたしには()()()()


 其柯柚樹はそう、悲しげな瞳で言ってから俺が掴んでいる手を丁寧に離させて教室から出ようと出口へ向かった。そして、教室の扉を開けようと手をかけてから呟いた。


「わたしの能力は爆破」


「爆、破?」


「そう、下弦君の友達にも言っておくと良いわ」


 彼女はこちらをむいて一瞬だけ微笑んでから教室から出ていった。

 ……いや、駄目だ。追いかけなければ。彼女を今日中に止めなければならないのに逃げられてしまったら駄目だ。俺は、そう思って席から立ち上がり駆け足で彼女を追って教室から出た。廊下を見渡すと彼女はそう、遠くない位置を歩いていてまだ余裕で追い付くであろう。


「其柯!」


 俺がそう呼び掛けると彼女は普通にこちらを向いてくれた。

 ただし、先ほどの笑顔は消え冷たい殺意のような物だけがこちらに向いている。こんな一瞬で感情を変えるなんて………。彼女は深いため息をしてから一番近くにあった教室に入っていってすぐに出てきた。片手にはゴミ箱から持ってきたのであろう空き缶が握られている。


「……三秒」


「………………は?」


「三秒以内に逃げなさい」


 そう言ったと同時に彼女は俺に向かって空き缶を投げた。


「三」


 その瞬間、雛が俺の前に割り込んで―――


「二」


 俺の足を半ば無理矢理滑らせて転けさせた後に短く叫ぶ。空き缶は、天井に向けて高く飛ばされた。


「一」


 彼女が何かを呟いた瞬間、空き缶が爆発した。アルミが飛び散る。助けてもらったのに言うのも何だけれどもこれは、上に飛ばすのではなく其柯の方に打ち返した方が良かったのではないか? ……いや、雛は俺の事を気遣ったのか。其柯を傷つけまいと。


「其柯柚樹さん」雛は上から落ちてきている空き缶の破片を気にせずに彼女の方を見ていった。「明日は文化祭だよね。……何をするつもり?」


 その言葉をきいて其柯は悲しげな笑みを見せ、そのまま何も言わずに、俺達に背を向けて其柯は去っていった。俺は追いかけようとしたが、雛に止められた。

 ……明日は文化祭。

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