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学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
8月
26/49

〆 月籠雛

 この部屋の外側から扉が開く音が聞こえてこちらによってくる足音がいずきのものだと気づくのにさほど時間はかからなかった。いずきの足音を覚えているわけでもないのに、分かってしまったのには、きっと理由があると言い訳をしたいところだけれども、都合のいい考えが思い浮かばない。


「やっほー、いずき」


 僕はそう言っていずきに超至近距離で手を振る。その行動をみていずきは数歩下がりながら非常に嫌そうな顔をして僕をみて、そのまま、後ろにいる葉月ちゃんへと視線をずらした。

 そして、いずきは何かを訴えるかのような目で僕の事を睨んだ。


「……随分、長いトイレだな」


「あー、うん。途中で用事思い出しちゃって」


「………あー、そうですかー」


 いずきは非常に気がなさそうにそう呟いた後に長い溜め息をつき、僕の肩を押して部屋の中へと入っていた。そして、葉月ちゃんを一瞥してから真ん中の席に座った。

 僕からすればこの行動は驚きの行動である。

 絶対に僕の、足だか腕だかを掴んで教室に帰ろうとすると思っていたのに。予想が外れた。いや、これは僕にとっては都合がいい行動なのかもしれない。このまま無理矢理引きずられて帰ってしまっても、根本的解決には決してならないだろうし。

 僕は、いずきが開けっぱにしていった扉を閉めて、一番奥の席から椅子を引きずって持っていき、いずきの隣に座った。


「いずき」


「ん?」


 いずきは、僕の顔を見ないまま返事を返した。失礼なやつである。


「怒ってないの?」


「怒ってない、怒ってない。ぜーんぜん怒ってなんかいない。寧ろ、起こってすらいない」非常に説得力がない言葉を言ってからいずきは続けた。「……だって、学舎占争はどうしようもならないんだろ? じゃあ、仕方ねぇじゃねぇか。いつかはこうなっていただろ」


「まあね……」


 僕としては、財産的な理由で学舎占争に参加せざる得ないからな。いつかは葉月ちゃんの所に行かなくちゃいけなかった。それに、葉月ちゃんの中でいずきはどういうことになっているかも訊きたかったし。もっと葉月ちゃんと会うのは遅くても良かったんだけど、いずきの事を(おもんぱか)ると、どうしてもこのタイミングじゃなくちゃいけなかった。これ以上遅くなっていずきの存在が学校側にバレたりなんかしたら僕諸ともバッドエンドを迎えていたであろうことは馬鹿な僕でも分かる。

 それにしても、葉月ちゃんの「助けてください」という言葉は何だったのであろうか? あの言葉はその場の流れで言っただけの妄言だったのか? 馬鹿な僕には分からない。


「それにしても涼しいな」


 いずきは嫌み臭く言った。

 その言葉をきいて、葉月ちゃんは笑う。いつもの笑顔に比べて歪んでいない。葉月ちゃんの性格を知らなければ恋をしてしまいそうな素敵な笑顔である。


「そりゃそうでしょう。今日、校内でクーラーが作動してるのはここと、職員室だけですからね」


「いい身分だな、お前ら」


「僕も?」


「だろ」


「んー、そうなるのかな」


 クーラーのつけ方なんか言うまでもなく僕は知らないが、学舎占争に参加していてこの部屋を自由に使っていい権利を持っているということはつまり、そういうことなのであろう。僕はいい身分、だと。

 知ったこっちゃないけどね。


「夜月先輩、私にきくより雛先輩にきいた方があなたの場合、信じそうですが、言わせていただきます」


「ん」


「私と雛先輩は、夜月先輩を完全に巻き込む形で動きます」葉月ちゃんは笑った。歪んだ笑顔で。「関係者です。おめでとうございます、望み通りですね」


 いずきは、その言葉をきいて真意を確かめるためか僕の顔を見た。これはこれでいずきから見れば予想外の展開なのかもしれない。全く、今日は予想外の展開ばかり起きて困る。


「いずきは、引き返せないぐらいに学舎占争について知っちゃってる。だから――」


「巻き込むなら徹底的に、か」


「まあ、そういうことだね」


 それをきいて、いずきは少しだけ嬉しそうな顔をした。


「それは好都合だな」


「交通号?」


「う、を増やすなよ。なんだよ、交通号って。交通に番号なんかねぇよ」


「幸、都合か」


「どんな都合だよ、幸せすぎるわ」


「じゃあ、なんだっていうのさ!」


「だから、好都合だって……」


「本当に」葉月ちゃんが口を開いた。「仲がいいんですね、貴方達。なんだかムカつきます」


「理不尽じゃんか、それ」


 なぜ仲がいいだけでムカつかれなくちゃいけないんだ、本気で理不尽じゃん。寧ろ、リムジンだよ。いや、わけわかんないけどさ。訳ワカメだよ。ワカメだよ、ワカメ。あー、ワカメの味噌汁をリムジンで飲みたいなぁ。訳がわからないね。


「ポピー先輩と夜月先輩は学舎占争に関与すると、解釈しても良いんですね?」


「ポピー……?」


 いずきが不思議そうな顔をして僕の方を見てきた。やめてくれ、ポピーって呼ばれてるのは僕のせいじゃないんだよ。それを容認した記憶なんてないんだから。

 でもあえて無視するのが僕の流儀。


「一応、そういうことになるね」


「では、こちらに来ている情報を流すので明日から早急に動いてください。文化祭までに全てを終わらせていただけるとありがたいです」


「文化祭?」


「文化祭は葉月高校を広める上でとても大切且つ重要なイベントですが、逆に言えば優良生徒の狙い時でもあります」


「………なるほど」


 老若男女問わず、沢山人が来るということは確かに色々な人に葉月高校を知ってもらい、入学を希望する生徒が増える事に繋がるであろう、が、逆に言えば優良生徒にとっては事件を起こすチャンスである。文化祭で事件なんて起きたらニュースにもなるし、一般人を巻き込んでしまったともなれば入学希望の生徒は急に減るであろう。

 しかし、まあ、文化祭まで、二日しかないので文化祭までに何かを解決させるのは難しいかもしれないが。文化祭は明後日である。つまり、何かをやるにしても明日までに解決しなければならない。無茶ぶりも甚だしい。もう少し早くいってほしい。いや、今日まで何も言わなかった僕も悪いのだが。


「二年、其柯(そのえだ)柚樹(ゆずき)が校章を長らく所持を確認できていないのと、最近の不振な動きが目立つとの報告が入りました」


「其柯って………」


 いずきが何かをいいかけた。僕らと同じ同学年だから知り合いなのかもしれない。勿論、僕は知らない人物である。


「あら、知り合いですか? 夜月先輩」


「いや、何でもない」


「それは残念です」


 いずきは記憶を探るように黙りこんだ。ふむ、どうやら、聞いたことがある程度で親しい仲ではないようである。良かった。いずきが仲がいい人物と争えるとは思えないから、良かった。いずきの場合、寧ろ、争いが起きる以前に僕を止めようとするであろう。それは実に困る。


「その、えだ? どのえだ? ってききたくなる名前の人を調査して、危険と判断したら……」


「排除してください」


「わかった。でも、明日一日で出来るかどうかは微妙だよ、とだけ言っておくね」僕はそう言って立ち上がった。「いずき、教室に戻ろう」


「え? あ、うん」


 いずきは驚いたように顔をあげてから立ち上がった。僕は椅子を戻さずに扉へ向かって歩く。いずきがついてきているかは確認しない。

 さてはて、今月も忙しいことになりそうだな。

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