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学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
8月
25/49

〆 月立葉月


「どうぞ」


 と、私はそういって、雛先輩に携帯電話を投げ渡した。

 雛先輩はあわあわとしながら携帯電話を受け取って、異界の物を見るようにじっと見つめる。もしかして、携帯電話を使ったことがないのだろうか? いや、使ったことは無くても人が使っているのを見たことがあるであろうし、丸っきり知らないものではないはずである。


「電話、もしくはメールの仕方を知ってますか?」


「し」雛先輩は携帯電話をじっと見つめた。「……知ってる」


「知りませんよね」


「知ってるってば!」


「じゃあ、私に電話をかけてみてください」


 そう、私が言うと雛先輩の動きが止まった。もしかしたら、近代はガラパゴスケータイなんて言うものをあまり見ないので、私に投げ渡されたものが携帯電話だと理解できていないのかもしれない。いや、それはないと信じている。


「……で、電話……てれふぉん……て、れ、ふぉん……」


 ああ、これは絶対携帯電話を扱えないやつだ。文明開化していなさすぎる。


「しかし、まあ、私の電話番号登録されてないんで繋がる事はないんですけどね」


 そう私が言うと雛先輩は顔を輝かせた。


「やっぱり? 僕、そう思ってたんだ!」


「戯言を」


「ぐ……………」


 雛先輩は本気で悔しそうな顔をした。なんだかだんだん憐れに思えてきた。どれだけ不憫な生活をしてきたんだ、この人は。

 もしかして、固定電話も持っていないわけないだろうな。魔女の宅急便ですら電話を使っていると言うのに、電話も携帯電話もなしで、どうやって生きているのだろうか? もしかして、戦国時代からタイムスリップでもしてきたのであろうか。


「まあいいです。使い方は夜月先輩にでも尋ねてきてください」


「いずき? なんでまた」


「私が説明するのがめんどくさいからです」


「え、でもいずき、こんなぱかぱか開くやつじゃないから使い方知らないんじゃないかな………」


 この人、スマートフォンとガラパゴスケータイは全く別物だと思ってたのか。公然の知識じゃないのか? いや、公然の知識だからこそ訊けなかったのか。


「スマートフォンとガラパゴスケータイは基本的には同じなので使えないわけがありません」


「へー、そうなんだ」


「ポピー先輩、使い方がわかったら私のメールアドレスと電話番号教えてあげますから頑張ってくださいね」


「別に葉月ちゃんの電話番号いらないけどなぁ………」


「何気に失礼ですね」


 私はふうとため息をついた。

 さて、雛先輩は明らかに私の事を嫌っているのに、私は雛先輩のことがあまり嫌いではない、というか好いているのはどうしてであろう。「歌声をきいたら恋しちゃった☆ てへ☆」っていう訳でもなさそうだし、(というかそれだったら夜月先輩が危ない)しかも、恋愛感情ではない何かで好いている。つまり、友達として好きなのである。男女間の友情を別に信じていない私ではないが、こんな出会って数ヵ月の人間、しかもしばらくさけられてて出会ったら出会ったで嫌そうな顔をするような関係性でクラスメイトより好いているのはなぜであろう?

 たまに、いるあれだろうか。

 どんなことをしても嫌いにはなれない。なんだか憎めない。みたいなやつなのだろうか?


「葉月ちゃん」雛先輩は携帯電話をぱかぱかしながら私の名前をよんだ。もしかしたら、携帯電話の名前が葉月ちゃんなのかもしれない。「これって、僕がどこにいるかわかるやつついてる?」


 僕がどこにいるかわかるやつ? なんだそれは。そんな便利な昨日があるとは知らなかっ……。


「………GPSですか」


「GPSです」


 ついてる。

 ついてますけど、これは言うべきか言わぬべきか。いや、有耶無耶にしてしまおう。自分の居場所がバレたくなかったら自分でどうにかしろ方針で。

 私は別に雛先輩の二十四時間どこにいるかなんて興味ないし。そもそも、私は忙しい。そんな下らないことに時間を使っていられない。


「ポピー先輩はついてると思います?」


「ついてると思う」


「じゃあ、ついてるんじゃないですか?」


「なんだよその、答えになってない答えは」


 なんで離問系を離問系で返すんだよ、と雛先輩は言った。

 なんだ、離問系って。もとの形から離れすぎていて何が言いたいのかさっぱりわからない。あ、だから、離を使っているのか。……そんな馬鹿な。それに括弧の外でボケるのはやめてほしい。つっこむべきか否か悩むじゃないか。そして、私はツッコミを入れないという結論に落ち着くんだから傷つくのは雛先輩である。


「ところでポピー先輩」


「何? ガラパゴスケータイって言葉は知ってるよ」


「そんなことは関係ないのですけど……」私はため息をついた。「ポピー先輩はこれからどうするんですか」


「どうするって?」


「学舎占争、どれぐらい関わるつもりなんですか?」


「………」


 雛先輩は難しげな顔をして黙り込んでしまった。ふうむ、会話中に黙り込むとはなかなか失礼なやつである。月籠雛と失礼なやつはイコールでつながっているのかもしれない。

 雛先輩がここで、学舎占争に関わらないというのならば私は対策を打たねばならないであろう。有能な敵より無能な味方の方が困るのである。雛先輩なんていつ寝返るかわからないんだから、尚更。

 いっそ、こちら側に引き込んでも良いのだが。


「……無関係を貫くつもりは、ない」


「つまり、有関係であると」


「そう有関係。だけど、葉月ちゃん、君がこれ以上無関係な人を巻き込むつもりなら僕は君を止めるつもり」


 無関係な人、それはつまり私が先日故意に巻き込んだ人の事をさしているのであろう。では、その人にこれ以上関わるなと言うことだろうか? 雛先輩の親友である彼に。


「夜月先輩ですか」


 そう、私がきくと雛先輩は思ったよりも嫌な顔をしなかった。寧ろ、普通の顔よりも嬉しげな、なんと言えば良いのかわからない顔を雛先輩はした。


「いずきは、うん、もういいよ」


「……あら、冷たいんですね」


「そういう、()()じゃない。いずきはどうあれ関わっていただろうから……」


()い、と」


「まあ、一丸にそういっていいかわからないけれど、変に巻き込まれるよりは良いかなって」


「丸くなったんですね」


「三角になったんだよ」


「訳がわかりません」


「じゃあ、四角になったんだ」


「何がじゃあ、なんですか。訳がわかりません」


「じゃあ、円錐」


「円だけでいいです」


 つまり、夜月先輩はもう、関係者として見ても良いのであろうか? それは、意外な回答を貰った。いずきにはもう関わらないでくれ、と言われると思っていたから。(なんと言われようと、使える駒は使うつもりだったが)しかしまあ、これで私は大分動きやすくなる。

 雛先輩が私の事を好いていないのは確かであろうけれど夜月先輩はどうであろうか。あの人、根がいいからな………、雛先輩に葉月ちゃんっていい人だよ、って言われたら普通に夜月先輩は信じて仲良くなれそうである。雛先輩は夜月先輩に学舎占争のこくを伝えてもらうとして、そうすれば夜月先輩に協力を仰ぐのは驚くほど簡単になるであろう。


「葉月ちゃん」


 雛先輩は思い出したように、私の方を向いてそう言った。


「なんでしょう、ポピー先輩」


「いずきの事、先生に言ったりしてる?」


「………葉月高校のですか?」


「? うん」


「葉月高校の先生には言ってません」


「ならいいんだけど。いずきを巻き込んだこと知られたら僕も君も無事じゃあ、いられないだろうからね……」


 確かに、公の場ではあまり公表されていない学舎占争の事だから無関係の人を無闇に巻き込んだりしたら情報が漏れる可能性が広がってしまい、あまりよくないことであろう。しかし、私の場合は違う。私は言われたことを坦々とやっているだけであって、ルールに反したことをしているが裁かれることはない。すっかり記憶から抜けていたがそういえば、そうであった。雛先輩はそういうことを知らないし、私はいうつもりはない、と。

 突然、雛先輩は少しだけ動いて扉の奥の方に目を向けた。扉には何もついていないし、扉の外の方に誰かいるのであろうか? それとも、先日ぶっ壊した扉がなおっていることに気付き驚いているのであろうか? いや、そんなわけないであろう、遅すぎる。


「ポピー先―――」


 私が質問をしようとしたときには雛先輩は松葉杖を持って立ち上がり、扉の方へと歩いていっていっていた。そして、ドアノブに手をかけた瞬間、雛先輩の意思に反して扉が開いた。

 暑い風が流れ込む。

 私は扉を開けた人物を見て、言った。


「あら、夜月先輩。お久しぶりです」


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