〆 月籠雛
「やあ、奇遇だね」
僕は目の前にいる人に向かってそう言った。
別に、トイレにいくためにわざわざ違う階まで行ってわざわざゆっくり歩いてなんかいないし、少しもきょろきょろなんかしていないし目の前にいる人をわざわざ探したりなんかしていない。めんどくさがりな僕がそんなことする筈ない。ので、自分でも少しだけ驚いている。
自分は何をやっているんだろう。と。
「あら、嫌われたものだと思っていましたが」
僕の目の前にいる人、月立葉月はそういって薄く笑みを浮かべた。
「そりゃ、いずきの事はよろしくないと思っているけど、一応仕事はしなくちゃいけないからね」
「暫く、影すら見せなかった人が何を言ってるんですか。片腹が痛いです」
「腹筋が割れるといいね」
「いやです」
「女の子は皆、そんなことをいうのかなぁ?」
「さぁ? 知りません」
久しぶりに月立葉月と話す。
あれ以来、月立葉月を見かけても故意に避けていたから出会うことはまずなかった。何度も同じような事を言っているかもしれないが、僕は生理的に(整理しなくても。字が違う)月立葉月をあまり好まない。というか、母といずきを良いように利用しようとかいうムカつく考えを持っている人とは仲良くなれない運命にある。
僕にとって、感情がうまく読み取れない人、もしくは奇怪な行動をとる人は十分恐怖に値するんだから。因みに葉月ちゃんは両方当てはまっている。
つまり、ある意味、僕にとって鬼門。
「あ、そうです。雛先輩」
閃いたように言った、葉月ちゃんは僕の方によってきた。周りからの視線が痛いことは僕だけの秘密である。葉月ちゃんはこの視線が気にならないのだろうか? ならないか。
「なに?」
「携帯電話、用意したんですよ」
「けーたい?」
「あら、ケータイを知らないんですか? 携帯電話とは小型で持ち運びが出来る電話のことです」
「いや、知ってるけど……」
この時代、スマホ、もしくはケータイの存在を知らない人はそうそういないであろう。社会の歯車になる上で、スマホやケータイはある程度は必須である。
まあ、僕は金銭的な意味で一度もケータイを所持したことはないんだけど。社会の歯車になるつもりはない、身体中の骨が裏返っている反骨精神の塊の僕には、わざわざ高い金を払って買う必要はないと判断した。
「これから、連絡手段がないと困るでしょうから経費として購入しておいたのですが、来てくださいと伝えたのに来ないので戦きました」
「? 呼ばれてないよ?」
「あら、夜月先輩に頼んでおいたのですが」
「あー………」
いずきは、変な気を使って僕にそれを伝えたりしないであろう。
危険なことは避けるべし。みたいな考えを高校で得た、いずきは妙なことをしないようにしているであろうし。……ってあれ。一人で勝手に食い違っている? 僕が参加してしている学舎占争って妙なことじゃないか? うーん。なんだろうな。
まあ、いずきは優しい。と言っておけば間違いではないであろう。
優しいから僕なんかに構ってくれてるんだろうなーとか(自虐的)優しいから僕が苦手としている危険人物に近寄らせないようにしている。とか。優しいという言葉は、何にでも使えちゃう。優しいという言葉は、完全無欠の隙がないとは、言えないけれど良い言葉である。例を出すならそうだな、優しいから人を殺す。生きているのが辛そうだったから。とか? いや、これは極端だけど。
例え話が下手すぎて笑える。
うーん、じゃあ、なにかいい例えあるかなぁ。
「少し、話しませんか?」
「今、話してるよ」
「いや、そういうことではなくて……」
葉月ちゃんは困り果てた顔でため息をついた。僕は心に深い傷を残した。冗談で言ったのに。
「別にいいけど、葉月ちゃんはクラスの方に行かなくてもいいの?」
「群れるのは嫌いですから」
「……まあ、同感」
「あら、ひよこの癖に群れないんですか」
「雛だよ、ひよこじゃない」
「こんなことも知らないんですか、雛先輩。雛という漢字はひよことも読むんですよ」
「知ってるよ!」
「あら、そうですか」
ぷんすかしちゃうなぁ。
頭が悪いことで名を轟かせている僕でもそれぐらいは知ってる。自分の名前の事ぐらい理解してる。
「じゃあ、勿論、雛罌粟という花が片仮名表記をするとどんな文字になるのかも知ってるんですよね? ヒントはケシ科の越年草です」
「…………」
日本語でお願いします。
「あれ? 雛先輩。雛先輩は自分の名前が入っている花の名前も知らないんですね。雛罌粟ですよ」葉月ちゃんは僕をバカにしたように笑った。「では、雛菊ぐらいは知っていますよね? ヒントは二つ出しちゃいます。キク科の多年草で、延命菊とも呼ばれています」
僕は、戸惑った末に曖昧な笑みを作ることにした。
あれだよ、あれ。その場を誤魔化すための笑みというかなんというか。僕は確かに雛という名前で、雛をひよこと読むぐらいは知っているけれど、そんな花の名前なんか知らない。そして、なんかひ、な、ぎ、くという単語自体は聞いたことがあってそれがなにかさっぱり思い出せないからむかつく。
「え、もしかして知らないんですか?」
「知らないよっ!」
「雛菊はデイジーですよ」
「へー、しらなかったー。わー、あたまが、よくなったよ。ありがとう、はづきちゃん」
「それはよかったですね」
こいつ、僕の完全棒読みをスルーしやがった。オール平仮名の一文をなにも感じずに返事を返したというのか。
強者だ。
強者共が夢の後。
え? 違う? うん、まあ、知ってた。まず、強者じゃなくて兵って表記するもんね。多分。よく知らないけど。知らない理由? だって僕だもん。
「話がそれましたね、ポピー先輩」
「すごい可愛らしいね……」
「雛って名前も同じぐらい可愛らしいんで同じですよ、ポピー先輩」
「定着しそうで怖い………」
「少し話しませんか?」
「だから、今話してるじゃ……………いや、なんでもない」
前に深く傷ついた事を忘れて同じ過ちを犯すところだった。ふう、二回傷つかなくて良かった。二度あることは三度あるっていうけれど、一度あることは二度ないからね。いや、支離滅裂だけど。
それじゃあ、どう頑張っても三度目は来ないであろう。二度あることは三度あるっていう言葉も三度目の正直って言葉も意味をなさなくなってしまう。
「携帯電話を渡すついでに、屋上に行きましょうか」
「なんで?」
「携帯電話、屋上の部屋に放置してあるんですよ」
「へー」
「時間大丈夫ですか?」
「んー」僕は少し悩むしぐさをしてから答えた。「多分、大丈夫」
「なら、行きましょう」
そういって、遅めのペースで歩いていく葉月ちゃんの後を追って僕は松葉杖を前に進めた。




