〆 下弦夜月
そして、俺と雛と粗蕋は昼の休憩時間を利用して、(俺が誘導して休み時間を長くしたなんて言うまでもない)屋上の扉の前の階段に移動した。そこは、夏なのにも関わらずひんやりしていて、暑い中作業をしていた俺としては心地よい気温で少しだけ疲れがとれたような不思議な感覚に囚われたのだがきっと、暑さの性で感覚が少しばかりおかしくなっているのであろう。
雛を下ろしてから適当な場所に座る。
因みに、俺といるとき、ここ最近の雛はおんぶされまくっているが、実は俺と雛が一緒にいる時間はそんなに長くなくて一日の半分は歩いている。脚力が急激に下がったりはしない。それに、金がなかったため名がついた実績はないが雛はそれなりに動ける人間だったし、筋肉は元々あったのでこれぐらいの運動量だったら別に日常生活で生きていく上で困ったりなどしないと思われる。
閑話休題。
薄暗い性で軽く影になっていて粗蕋の顔がぼやけて見える。どんな表情をしているのかわからない。
「単刀直入に言うと」粗蕋はいつも通りの声で言った。「雛ちゃん、副委員長の事どうするの?」
「どうするの? って?」
雛がそういったのをきいて、粗蕋は苦笑いをした。ように、感じる。顔は見えていないけれど苦笑いをしたのがわかるぐらい、雰囲気が変化した。
「このままじゃ―――」
「わかってる」
「そう」
そんな、よくわからない会話をした後に雛はなぜか「むにゅーん」と言って一本の松葉杖を抱えながら小さく体育座りのような事をして、動かなくなってしまった。死んだのかもしれない。
「なあ、粗蕋」俺は粗蕋に向かって声を発した。「粗蕋って学舎占争……の関係者なのか?」
「僕は関係者じゃないよ」
「じゃあ、なんで」
「ちょっと、事情があって、さ」粗蕋は、あははと笑った。「まぁ、最初のところは雛ちゃんとたぶん一緒だよ」
「一緒?」
体育座りもどきをしていた雛は粗蕋の言葉に反応をしたのか首をあげ、粗蕋の顔を見つめる仕草をした。
雛と一緒とはどういうことだろうか。まさか、雛と同じ運命を辿っているわけではないであろうし、まして、学舎占争に同じような絡み方をしているわけではなかろう。粗蕋が優良生徒とやらならばこんなに自由にしているわけがないし、粗蕋がこんなに自由にしているのだとすれば、あまりにも雛がいたたまれない。普段、比較的温厚な雛でもそんな事実をきかされたらキレるであろう。キレないにしても暫く不貞腐れるに違いない。
では、なんだろうか?
学校に存在しているが基本は働かないと言う、侵入者を見極める人達であろうか? その人達の事は優良生徒でも名前を知らないらしいから(満月情報。気をつけろと言われた)その可能性は十分ありうる。
「入学する前の受験シーズンに僕にも、雛ちゃんと同じように学舎占争のお誘いが来たのさ」
「「………!」」
なるほど、それならば、学舎占争の事をある程度まで知ることは出来るであろう。いや、しかし、待て、その誘いだけで何をしたらそんなに詳しくなれるのであろうか? 満月並みのハッキング能力且つ、解読能力を持ち合わせた人間はそうそういないであろうし、独自のルートだとは考えにくい。
「ただし、僕は断った」
「…………そ」雛はいつもより緊迫した声を出した。「そんな事が許されるわけないじゃないか。学舎占争の優良生徒についてのお誘いが来る人間はほぼ百パーセント断る理由がない人ばかりで、断ろうとしてものらりくらりとかわされて半強制的参加させられる、ギャラは入るし、大抵の人は諦めがつくって」
「よく、調べてるね。雛ちゃん」
「参加者だもん、それぐらいの噂はきくさ」
「の、わりに断定的だったけど。まあ、いいや。雛ちゃんはこう言うわけだ、断ることなんて不可能だと」
「うん」
雛が目を伏せたのを見て俺はため息をついた。
確かに、学舎占争自体に関わって優良生徒をやっていたとしても、死ぬ危険性はギャラを増やそうとしない限り少ないであろう。無論、雛はギャラを増やそうとした組だが。学校に通って、校章を持っていないことがばれない限り、お金は入るし、卒業資格も得ることが出来る。わりが良すぎる少し危険なバイト気分で簡単に出来る。つまり、金がないならば断る理由がない。つまり、断る人なんていない。いたとしても、学校がうまくやる。誘いに失敗したとしても、学校に危険ではない関係者として置いて、学舎占争についての情報が漏れることを防ぐのであろう。
ふうん、良くできているな。
が、粗蕋は断ることができたと言う。なぜ、どうやって。
「流石の僕でも十二個の高校すべてから誘いが来ちゃったら断るしかないよね」
「は、へ?」
「だから、僕はすべて断った後にこう言ったんだよ。『睦月高校以外の高校ならばどこでもいいから入れろ』ってね。そして、僕と言う無駄なものを背負っているのが葉月高校っていうわけなんだ」粗蕋は軽く笑った。「僕に関しては学舎占争に関わっている全高校が触れることが出来ない。つまり、自由。素敵だろう?」
「…………………………」
押し黙ってしまった雛を横目で見ながら、俺は口を開いた。
「十二校って、どういうことだ? 学舎占争参加校は十一個の筈だろ?」
「おっと、口が滑ったね」
「滑ってくれて全然いいぜ、俺は情報を得ることが出来るんだから」
「そういわれると、何も言いたくなくなっちゃうけど、まぁいいや。学舎占争に関わっている学校は十一個なわけがない、とだけ言っておく。優しい、僕からのヒントさ」
「睦月、高校」
この丘、すべての高校の上に佇む高校。審判的な役をしているときいていたが、怪しくなってきたな。そりゃ、審判の仕事もしているだろうけれど、さ。
「月立葉月ちゃんは、これについてよぉーーーく知ってると思うけど」
「月立葉月……」
月立葉月。
俺が今、出来ることならば関わりたくない人第二位の人である。因みにダントツ一位はいつでも俺の姉。関わりたくない。あの人外と話すぐらいなら命を捨ててもいい。いや、冗談。週に何回か会話を交わしている。俺がこの間姉に数学を教えてほしいんだがと言ったら姉は実にネイティブな喋り方で「Drown.」と言った。ああ、訳がわからなすぎて恐ろしい。裏にどんな意味があるのだろうか………。
話がそれたが、戻そう。
閑話休題ってやつだ。
月立葉月は、学舎占争においてどの位置に配置されているのであろうか? それ以前に、俺は今、どういう扱いになっているのだろう。部外者に知られたら学校側が優しく清らか丁寧に潰すことになっている、けれども、俺はまだ潰されていない。優しくされた記憶もない。
まだ、バレていないのか?
部外者に情報が漏れていることが。
実際、俺が学舎占争について知っていると言うことを知っているのは月立葉月と粗蕋、そして雛。つけたすとすれば満月だけである。雛と満月が学校側に伝えている可能性は皆無だろうし、粗蕋も伝えているとは考えにくい。では、月立葉月はどうであろうか。もし月立葉月が俺の事を何も通達していないとすれば、学校側は俺の存在を何も知らないことになるのではないだろうか。
「月立葉月なぁ……」
「何か、お困りのことでも?」
「月立葉月の能力が厄介だろ」
「会話をしなければいいんじゃない? 手紙とかメールとか。ツールはいくらでもあるんだからさ。………ま、もしくはその能力が効かない人が話せばいいと思うけど」
僕とか雛ちゃんとかね。粗蕋はそう言った。
粗蕋も効かないのか。じゃあ、俺のかわりに色々訊いてきてくれない? とかいっても、え嫌だよ。と一蹴される運命は見なくても見えるので言わないとして。では、効かない理由はなんであろう。雛は効かない理由は似たような能力を持っているからで、粗蕋は超能力の類いは一つも持っていないと言っているのに能力は効かないと言う。もしくは聞かない、か。
いや、待て。
粗蕋は本当に超能力を持っていないのか? ならば、なぜ十二校から学舎占争に入らないかという、誘いが来たのであろう? それ以上に有用な、否、優良な物を持っているのであろうか? いや、学舎占争の優良生徒は皆、超能力を持っているって……。
「取り合えず、僕は雛ちゃんに委員長をどうするか訊きたかっただけだからもう、話すことはないけれど。思ったよりその質問が早く終わったと言うか取り合われなかったというか。まあ、いいけどさ」
粗蕋はそういってもうしゃべることはない、という風に黙ってしまった。いや、どういろというのだ。
「あ、ごめん」雛が口を開いた。「あまりに凹凸で悪いんだけど」
「唐突な。なんで、でこぼこが悪いんだよ」
しまった、また、ツッコミを入れてしまったではないか。きっと前世が芸人だったに違いない。無理がある? じゃあ、ギャグ漫画家だったに違いない。さらに無理がある? そうか、もういいよ。
「あまりに唐突で悪いんだけど、トイレに行きたいです」
「あー、じゃあ、連れてくか」
「あ、いや、大丈夫。一人でスキップしながら行くから」
「どうやってだよ」
「じゃあ、でんぐり返ししながらいく」
雛はそう言いながら立ち上がって松葉杖を装備した。雛は防御力が一上がった! それはない。上がったとしても一程度じゃ、なんにもならない。どうもならない。
雛は「んじゃ、教室に切りがいいところまでいったら帰っていいからね」といって、ひょっこひょっこと階段を降りて歩いていった。でんぐり返しもスキップもしてねぇじゃねぇか。
「んー」粗蕋は雛が完全に見えなくなってから声を発した。「あのさ」
「ん?」
「どうすることにしてるのか、僕にはわかりかねるけれど、もし、関わることにするならば雛ちゃんを守ってあげてね」
「んー?」
「喧嘩しても何してもいいから、友達っていう役目を忘れないで」
「友達っていう、役目?」
「さて」粗蕋は立ち上がって階段を下りながら言った。「雛ちゃんもどっか行っちゃったことだし、戻ろうか」
「ああ……」
俺は、そう返事をして粗蕋の後を追うようにしながら階段を下った。




