〆 下弦夜月
7月終了です!
そして、次の日。
所謂、後日談にあたるもの。
朝、俺は雛の体調やらなんやらが心配だったので、雛の一軒家の前にいた。家の前にいて、なぜ家に入らないかというと、さっきからピンポン連打をしているのに、誰も出てこないから入りようがなくて、雛の家の前で挙動不審ごっこを勤しんでいるわけである。
家はあっていつも通りにゴミ屋敷ちっくで電気メーターも動いていると言うのに誰も出てこない。電気メーターが動いていると言うことは夜逃げではないだろうけれど、心配である。ここには、昨日の雛を送り届けた時まで、雛の母親がきちんといた筈なのだが。神隠しにでもあったか。
千五百六十回目となるピンポンで、二階から大きな破壊音が鳴り響いた。まさか、千五百六十回ピンポンをならされると爆発するように出来ているのかと一瞬疑ったが、階段を走って下るような音がしてそれは違うと俺は判断を下して、階段を走っていると言うことは下に降りてきたのは雛ではない人だと推理し、ついでに、この家には雛と母親しか住んでいない筈なので降りてきたのは雛の母親だと推理した。
そして、突然、雛の家の玄関の扉が開き、 中から人が出てきた。
「あー!」若いと言うより、幼いツインテールで長さは腰ぐらいまである雛の母親は俺を指差して叫んだ。「夜月君、おっはよー!」
「おはようございます」
なんだか、雛の母親と話していると同級生と話しているような錯覚に襲われる。大きい瞳に俺には眩しすぎる笑顔。ついでにいえば、セーラー服が似合いそうな体つきをしている。
「ごっめんねー! ちょっと寝てたら朝になってたぁ! みたいな感じで、出るの遅くなっちゃった!」
「いえ、朝早くからすみません」
「わぁ! 夜月君が礼儀正しくなったって本当だったんだ! きっも!」雛の母親はうぇぇと吐くような素振りを見せた。ちょっと失礼である。「ま、いいや、面白いし! んで、雛?」
大きな瞳をきゅるんとさせて首を傾げる雛の母親。同年代だったらきっと恋に落ちていたであろうことは間違いない。なぜ、この人はこんなにも若さを保っているのだろうか。悪魔と契約した魔女か何かなのかもしれない。
「まあ、雛です」
「ご苦労なこっただねー! でも、雛寝てるよ? 起こさなきゃいけない感じの状況なら嫌々起こしてくるけども!」
「学校です」
「なぬ! 若いね! あたしにもそんな時代があった!」
「日本国民誰でもある筈の時代です」
雛の母親はずがががーん、と言って、手を勢いよく回しながら後ろに数歩下がった。凄まじいほどのオーバーリアクションである。雛もオーバーリアクションな部分があるけれど、ここまで動かない。というか、雛ぐらいがオーバーリアクションで、雛の母親はオーバーリアクションを越えているのかもしれない。
「それじゃ、起こしてきてあげるよ! 夜月君、ついてきたいならついてきな! ただし、ついてこれるからまた、別の話だぜ!」
「……そう言われたらついていきたくなるじゃねぇか」
「さっすが! 夜月君! 俺らに出来ないことを平気でやってのける! そこに痺れる、憧れるぅ!」
何、引用してるんだ。
そうして、雛の母親は「ついてきな!」と言って、家の中に入っていってしまった。俺は、ため息をついてから、玄関の方に歩いていき、雛の家の前にかばんを置いて(何も入ってないからな。昨日、教科書類を持って帰ったやつは勇者だろ。)扉を開けた。すると、なぜか、目の前には本の山ができていた。なんだ、新手のトラップか? 前に入ったときはこんなものなかったぞ。
本の向こう側から「こっちこっち!」と呼ぶ声が聞こえてきた。つまり、雛の母親はこれをのぼって奥に入っていったと言うわけだ。身軽な人である。俺は、靴を脱いで、おじゃまします。といってから、崩れそうな本の上に勇気を出してジャンプして乗り、そして、反対側へと降りた。そこで、雛の母親は、えへへー、と笑いながら待っていてくれたようで、目の前にある階段付近に座っていた。
「次は、滑り台と化した階段を昇ろうげーむ!」
「なんにも楽しくねぇ!」
「そんなこと言わずに!」
滑り台と化した階段の原材料。主に、階段。そして、本と新聞。なるほど、本でなだらかにしてある階段を更に、新聞紙と言うもので滑りやすくしてあるんだな。前回、俺が来たときは何故かパイプクリーナーとパイプで埋め尽くされていたけれど、今回は紙で統一されているらしい。統一感があって何よりです。
雛の母親はジャンプして手摺の上に乗り、その上を這うようにして進んでいった。卑怯だ。卑怯な大人だ。俺は、迷った末に、足元に敷き詰められている新聞を足でどかしながら地道に進んでいくことにした。……残念だったな、俺がもう少し若ければ、新聞だろうが本だろうが滑り台だろうが気にせずに全力で走ってのぼっていったのだが。
そんな地道な俺を見て、上から雛の母親は「つまんねー」と声を飛ばしてきたが、俺は、面白さなんて求めていない。のぼれればいいんだ。
二階にどうにかついて、時間がやべぇなとか思いつつ、二つの扉を眺めてどっちが雛の部屋だったか悩む。結局、忘れてしまったらしく、思い出せなかったので雛の母親に訊こうと思って振り向いたが、もう、そこには雛の母親はいなかった。いついなくなったんだか、知らないが、風のような人である。
なんか、この状態にデジャブを感じてるんだが、前はどうしたんだっけか。適当に扉を開けた記憶がある。今回も同じ方式で、適当に開けてみることにしよう。雛の部屋ではない扉を開けたとして見ちゃいけないものをみたとしても、俺には責任がなく責任があるとすれば俺を放置していった雛の母親にある、と。前置きはこれぐらいにして、気分で選んだ右側の扉のドアノブを掴んだ。少し、緊張しながらもドアノブをひねり、扉を開けると、中には真っ白な空間が広がっていた。
ああ、そういえば、雛の部屋は病的なまでに何もなかったな。
俺は、中に入り、後ろ手で扉を閉めた。なんだか、ドアが二つあった癖に滅茶苦茶広いな、とか思って周りを見渡してみると、驚いたことに扉がもうひとつあった。故に、さっきの廊下(?)で雛の部屋がどっちか迷うことも必要なかったというわけだ。どっち開けても雛の部屋なんだから。馬鹿みたいである。というか、馬鹿である。
「ん?」
それにしても、雛が見当たらない。無に還ったか。それはそれは良いことである。どうせなら、星に還れば良かったのに。
茶番は置いといて、部屋をよくよく観察してみると、隅の方に黒い髪と白いタオルケットが見えた。なんで、こんなだだっ広い部屋でわざわざ端で寝てるのかは疑問だが、まぁ、いい。個人の趣向だろう。俺は、隅に固まっている物の方に歩いていって、白いタオルケットを足で踏んでみた。ぐりぐりと踏み潰しても起きないので仕方なく、俺は、しゃがみ、すやすやと寝ていやがる雛の頭をつかみ髪をぐしゃぐしゃと掻き回すと「んんー」と、動いた。どうやら、死んではいなかったようである。
「雛ー、起きろー、遅刻するぞー、つーか、もう、走らねぇと遅刻だぞー」
「んー」
「んー、じゃねぇよ、起きねぇと殴り飛ばすぞ、雛ちゃん」
「んー」と、雛は返事をしてから目を薄く開けた。「ん?」
白雪姫のお目覚めである。白雪姫こと雛は薄く開けた目でピントを俺にあわせたらしく、寝た姿勢のまま笑顔になって首を傾げた。絶対、寝ぼけてる。
「いずき?」
「夜月」
「いずき?」
「夜月!」
雛はにへらーと、笑い、のっそりと起き上がって、俺に抱きついてきた。
「いずきー、好きー」
やべぇ。
雛が壊れた。
七月 〆切




