〆 月立葉月
急に静かになった、扉の向こうを不審に思いながらも下弦夜月に命令をしようと口を開きかけたその瞬間。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
下弦夜月が叫び始めた。
「えっちょ………」
なるほど、考えてはある。自分から大音量で叫び続ければ私の声は届かない。故に、私の教理雑音は無効化される。しかしまあ、肺活量とかそういう問題であんまり良い手とは言えないが、暫くは近郊状態が続くだろう。これで、私から鍵を奪って月籠雛を解放できればそれはもう、私の敗北だが、その声量を保ちながら動くなんて夢のまた夢のまた夢。それに、私に近づくとなると私の声も届きなりやすくなると言うことで、私に近づいたときは更に声量をあげなくてはいけない。もしくは、この声を聞き付けて誰かが駆けつけてくれるとでも思っているのだろうか。こんな屋上で叫んでも声が四散して、ただでさえどこから聞こえてきたのか分かりにくくなっていると言うのに、解放されているはずのない屋上から叫び声が聞こえてくるなんて考えるやつはなかなかいないであろう。それに、変わり者の誰かが来たとしても、そいつも操ればすむ話で、逆にお荷物になるだけだ。
そうだな、この学校で私が操れないのは月籠雛と粗蕋抄夜ぐらいのはずだから、この状況でいくら奇跡が起こっても月籠雛がなにもしないで終わることはまず、ないであろう。
私は薄く笑みを作って、ゆっくりと下弦夜月の方に歩いて行くことにした。すると、下弦夜月は叫び声をあげたまま、数歩下がる。
「間抜け面」
私はそう、呟いて、ふふ、と笑った。こうやって、余裕の姿勢を見せることで、人間は焦る。そして、筋肉が収縮してあまりよくない状態の体になる。だから、私は焦ってはいけない。例え、下弦夜月が逃げたとしても、それはそれだ。月籠雛の能力をきちんと知れなかったことは残念だが、下弦夜月の器はそこまでで、故に物語に干渉する権利なんか持ち合わせていなかったと言うわけで。
まあ、私は下弦夜月が月籠雛を放置して逃げるわけがないと推測しているが。
下弦夜月は戸惑った顔をしてから、後ろに引くのをやめて、前に踏み出してきた。私もゆっくり前に進んでいるため、だんだん距離が近くなっていく。そして、手を伸ばせば届く距離になる。この距離ならば、私の命令が嫌でも届くだろう。そろそろかと、思っていたとき、下弦夜月は不意に叫ぶのをやめて、大きく息を吸って、私の背後に向かって走り出すと同時に声をあげた。
「………へぇ」
私の背後にある、扉を目の前にして下弦夜月は、扉を飛び蹴りした。そして、一度の蹴りで扉が壊れるわけもなく、下弦夜月は後ろに飛んでいく。転がるように着地した末に、今度は叫ぶのを止めて扉の方に走っていき、同じ一点をただひたすら蹴り続ける。まさか、扉を壊そうとしているのか。論理的には出来るかもしれないが、果たして、この状況下でできるかどうか。叫ぶのをやめている今、私から命令がいつ飛んでくるかわからない、この状況下で。
すると、中から声が聞こえてきた。
「………いずき?」
扉を蹴る音より遥かに劣っているあまりにも不鮮明な月籠雛の声。
「夜月だって、言ってんだろーが!」
「あはは、ごめんごめん」
「扉、開けるから、ちょっと待って――――」
「大丈夫」いつもより、声のトーンが高いような気がした。「自分で、開ける。開けれる。いずき、危ないから離れててね」
そう、聞いた瞬間、下弦夜月は数歩下がってその場にへたりこんだ。体力的に限界なのであろう、まず、叫びながら走るなんていうことがあり得ない。
そして、私の周囲から音が、風の音が、人の声が、鳥の鳴き声が、蝉の音が一瞬止まった。気がした。
突如、響く、歌。
聞いたことがないメロディー。
聴いたことがない旋律。
利いたことがない音程。
訊いたことがない歌詞。
圧倒的な声量。
扉を挟んでいる筈なのに鮮明に届くアルトの音程。
「――――歌!」
月籠雛の固定能力、否、超能力は歌!
歌に反響したように扉がガタガタと震え始め、小さい部品が落ち始める。周波数で硝子を割るのと同じようなような事をしているのであろう。そして、ドアを支える一番大切な部品が落ちた瞬間、扉が宙に向かってぶっ飛んだ。
「はは――ははははは」
笑うしかない。この状況下で、笑う以外の何をしたら良いのだろうか。
扉が開いたことにより、中に溜まっていたのであろう冷たい風が一気に押し寄せる。扉だったものは、私の背後に大きな音をたてながら落ちた。そして、扉の奥には地面に座ったままの月籠雛がいる。座ったままで痺れるような声量を出せるなんて、地に足をきちんとつけていたときは一体どれ程だったのだろうか。月籠雛の方を見ると、歌を歌って久しぶりに体力を消費したのか肩で息をしている。
「下弦夜月!」私は叫んだ。「今すぐに飛び降りろ! 飛び降りるんだ!」
その命令を聞いて、下弦夜月は「まじかよ」みたいな顔をして、立ち上がった。体を引き摺るようにして、縁の方に向かって歩く。どうやら、体力が限界だとしても私が無理矢理動かすことは可能のようだ。これは、良い収穫。
そして、動き出した下弦夜月を見た、月籠雛は立ち上がることはなく、全力で転がり始めた。…………まあ、走るよりは速いであろうが。なんていうか、シュールである。そして、下弦夜月の方に近づいていって下弦夜月の足を掴んだが、当然、引きずられていくだけで何の意味にもなってない。
「うぅ……」
さて、どうしようか、迷っているみたいである。しかし、時間がない。早く行動に移さなければ下弦夜月は月籠雛もろとも一緒に落ちていく。あそこまでの能力をもっていながらも飛び降りた月籠雛は無傷じゃなかったんだ。下弦夜月と一緒に落ちたらひとたまりもないだろう。
そろそろ、〆時か?
このまま、二人で心中されても良いことはないし、このあたりでやめておいた方が良いのかもしれない。
「葉月ちゃん」
月籠雛は下弦夜月の足を掴んだまま上手く、下弦夜月の正面に行き、下弦夜月が前に歩こうとするのをうまく使って立ち上がっていた。
「なんでしょう?」
「そろそろ、終わりにしようよ」
「どうしてですか?」
「………僕には、葉月ちゃんほどの声で圧制が出来ない。それに、一気に二人から命令なんかされたらいずきの脳がきっと持たない。危険なことはしたくないんだ」
そういいながらも、月籠雛はずるずると下弦夜月に押されていく。あと、下弦夜月が数歩歩くだけで月籠雛は宙に投げ出されるだろう。
「それでも、続けるって言うなら僕はこの場で君を殺す」




