〆 月籠雛
「雛?」
そう、声をかけられて、僕は驚きの声と共に、その耳に馴染んだ声がした方に振り返った。振り向くと真後ろの席に見慣れた顔の人がバッグを置くと同時に座りはじめていた。
「いずき?」
「夜月だって、いってんだろうが」
「あー、はいはい。いずきね。ごめんごめん」
「軽く流された……。そして、まだ間違ってる……」
「煩いなぁ、黙れよ」
「今日の雛さんは口が悪いようで」
そんなこと言われたって……。二日連続のめっちゃ甘くて毒と化してるものは流石に、昼から約、二時間過ぎてると言えど胸焼けがする。つまり、気分が悪くてイラついているのさ。
「いずきだって、ずっと様子が変じゃんか」
サバうんたらかんたらとかいう、サバイバルでロリータと戯れる言葉を急に言い出したり。それに加えて、悩むような顔をよくしていた。何について悩んでいたのかは、まあ、考え付かないこともないけれど、決定的な証拠が出るまで何も手を下さないって決めたばっかりだから、何もしないけど。いや、話ぐらいは聞いておきたいものなんだけど……いずきが話してくれるかどうかなんてわからないし……。
「なあ、雛」
「何?」
「少しだけ、真面目な話をしたいんだけど」
「昨日の放課後もなんか真面目な話をしたよね」
「それの延長」
そう聞いて、僕は周りを見渡した。今のところクラスメイトは一人もいない。どうやら、クラスの人達は忙しい皆さんばかりのようだ。昨日の放課後の僕の歓迎会とやらには思ったより、人が集まっており、色々話を聞いたんだけど、バイトをしていたり、部活をしていたり、家庭の手伝いをしていたり、十人十色皆さん、色々忙しいようで。クラスで一番暇してるのはいずきぐらいなんじゃないかって思うぐらいだった。
そういえば、放課後の僕の歓迎会とやらは、なぜか、クラスの誰かさんの家でやり、日が落ちるまでドンチャン騒ぎで驚いたものだ。僕のためであろう自己紹介にはアットホームなクラスが滲み出ていて疎外感を感じたのを覚えている。まあ、全体的に見て粗蕋抄夜の独裁政治による歓迎会は大成功に終えた、のかな? 粗蕋抄夜はクラスの皆が騒いでいるのを見てノスタルジック且つ、愁いに満ちた薄い笑顔をだったのだが、何を思い出していたのだろうか? 僕には関係ないことだろうけれど。
さて、いずきが話したいこととはなんだろうか? まさか、学舎占争のことについて、直接、ばばーんばばばばーんと訊いてくる訳じゃないだろうし、また、変な用語について話し合うのだろうか? そんな話をして、僕から情報が得られると思ってるならいずきも甘いものだぜ。
「何? いずきごときが僕と会話ができるなんて感謝してほしいね、ほら、用件を言ってみたらどうだい?」
「なんでそんなに上からなんだよ………」
「いつでも、斜め上から見下ろす雛ちゃんだからね」
「身長は俺の方が上だがな」
「うぐう………」
「チビヒヨコ」いずきは、はははと笑った。面白いほど棒読みに。「あのさ」
そう言ってから、いずきはうぅ……と唸ってから前倒しに倒れ、おでこをうったらしく机の上で頭をダンシングさせてから、力尽きたように動かなくなる。
「いずーきー」
「………」
「返事がない。ただの屍のようだ」
「俺の名前は、夜月だ……」
屍……間違えた、いずきは唸りながら起き上がり僕の目をじっと見つめた末に僕から目を反らして頭を掻いた後に、悩むような顔を、また、した。そんな、悩ましげな顔をされても僕にはどうしようも出来ない。まず、なんの話をしようとしているのかすら分からないし、概要どころか、要点どころか、寧ろ、点すら分かっていない。まるで、一次元である。いや、わかっていないのならば、一次元どころか零次元に違いない。
なんだか、かっこよくなりました。
そんな、冗談はさておき、早く、内容を話してもらわないと葉月ちゃんのところへ行けない。
只でさえ、昨日は、ばっくれたと言うのに今日も無断で屋上の教室に行かなかったら僕の命が無くなるであろう。葉月ちゃんといずき、どっちが大事かと訊かれれば、まぁ、いずきの方が大事だけど、学舎占争といずきのどっちの方が大事かと訊かれれば金と答える雛は、いずきがいくら大惨事になっていても、死活問題である財産を手に入れられる学舎占争を優先するであろうと僕は考えるまでもなく考える。
僕が、「急げ」を百倍優しくした言葉を意味する声をあげようと息を吸った瞬間、いずきは意を決したような顔をして背筋を伸ばした。
「月立葉月の事なんだ――」
「……っ………げほっごほっ……おぇ」
吸った息を吐き出したい衝動と、あり得ない言葉をきいたことによって僕は盛大に噎せた。変な噎せ方をしたのか血の味と酸の味がして吐き気に襲われる。僕は涙目で唸ってから前倒しに倒れ、屍のように動かなくなった。さっき迄のいずきと立場逆転である。いずきはそんな僕を見て、苦笑いをしている。いや、苦笑いなんかしてないで、僕を助けてくれてもいいんじゃないのか? 今の僕なら血で火炎放射をして、それでトマトケチャップを作ってそのトマトケチャップで杏仁豆腐を作れる自信があるぞ。いや、訳が分からないけれど。
「つ、月、立、はづ、きさんとやらが、どうかしたのかい? いずき君」
「情報を求めている」いずきはため息をついて、目を伏せた。「『罪は無知。罪状は知識がなかった事。と、言えば、分かるよな? 雛』って言えって言われた」
「満月……ちゃん」
満月ちゃん、いずきの妹。ということはつまり、いずきは満月ちゃんに僕の事について質問したんだと推測できる。ということは、学舎占争の事も、僕が何のために飛び降りたのかも、葉月ちゃんとの関係も知っているだろう。
あぁ、もう。
これだから、いずきは嫌いなんだ。
「いずき、葉月ちゃんと何があった」
「この前、会って「明日の放課後、屋上に来てください」っていわれた」
「チューされた?」
「されてねぇよ」
「うーん」
月立葉月は、明日の放課後に来いと言った。それは、どうしてだろうか? いずきが、学舎占争について調べてしまっていたから処理をしようとしたか? それにしては執行猶予が長い。こんな感じに、僕に助けを求めることも普通にできてしまう。まぁ、僕に助けを求めても何も出来ないだろうけれど………。月立葉月が錯乱してるなら、打開案はいくらでも組めるが、平常心の月立葉月は、特に何かをしたことがあるわけではない僕では、手に余る。
「何で呼び出されたか、わかる?」
「試す。とか言ってた。巻き込む、とも」
「ふうん………」
つまりは、殺すつもりは今のところなさそう、か? 学舎占争の最上級機関の筈である睦月高校に月立葉月が伝えるわけではなさそうだし………、月立葉月的にはルール違反を犯しているから目立つ行動は避けたいはず。
「月立葉月の能力でも何でも、教えて欲しいんだ。満月もなんだか情報を知っているみたいなんだが、教えてくれなくて」
「……………」
………能力。
超能力ってやつ、か。
そんなもん、あってもなくてもなくてもあっても同じ様なものなのに。重要視されるんだな。僕が、本質的に月立葉月が怖いと思ってるのはメンタルなのに、能力なんて努力で埋められるのに。
「雛?」
「教理雑音」
「ドグマノイズ?」
「って本人は名付けていたよ。厨二病プラスチックだよね」
「プラスいらねぇよ」
「マイナスチック?」
「マイナスもいらねぇよ!」
「厨二病ちっくな、名前だよね。えーと、能力? 能力っていうのかな…こういうの。は、主に人を操るもの」
「………」
それをきいて、いずきは悩ましげな顔をした。ふうむ、葉月ちゃんはなんだか能力に頼っている感じがあったから、いずきに会ったときも当たり前のように使っていたのかもしれない。そうなると、いずきが何を命令されたのか。
「まあ……教理雑音なんて言っているけど実際は人体乗っとりに近いと思う」
「乗っとり?」
「僕は経験をしたことがないから、詳しくは言えないけれど、思考を止めて、やむを言わさず従わせる。思考を止めさせる類いのやつだと思うから―――」
「そうか、なるほど、だから」
いずきは納得したように頷いて、一人でぶつぶつと呟きながら考え始めた。どうやら、これがいずきの本気で考えるときの癖のようで、本気で考えれば考えるほど周りに情報が筒抜けになる。中学の時は面白いから放置しておいたのだけれども高校生にもなって、そんなこと続けていたらこの先人生で損しかしないだろうから、止めた方が友人として正解の行動なんだろうけれど、ここまで、本気で思考をしている人間を邪魔するほど僕も野暮ではない。だからといっていずきが思考をするのを止めてから話そうにも、僕は馬鹿なので話をするのを忘れてしまう。故に、いつまでもいずきの癖は直らないのであろう。僕以外のいい友達を見つけられるように祈っておく。
「なあ、雛」
「短かったね」
「は?」
「いや、別に」
思考する時間が短かったと言おうと思ったけれど止めておいた。しつこいようだが、僕はそんなに野暮ではない。多分。
「こう言うと、魔法みたいだけど」いずきは照れくさそうに笑った。なぜ、ここで照れたのかは僕にはわからない。「その、能力の発動条件とかあったりするのか?」
「発情上限?」
「すべてにおいて間違えてる。発情に上限とか多分ねぇよ。発動条件だっつーの」
「二回、そのワードを繰り返す」
「…………そっか」
いずきは、そういって頬杖をついたきり、動かなくなってしまった。
思い当たる節があるなら僕に言ってほしいんだけど、話してくれたりするのかな。満月ちゃんを出してここまで僕に質問をしてきているならば、とことん巻き込んで欲しいものだけど。僕に巻き込まれたであろういずきが、今度は僕を巻き込んでいるというのも変な話だけどね?
「ねぇ、いずき」僕は、動かなくなったいずきに声をかけた。動かなくなったって言ったらまるでいずきが死体のようだけど気にしないでおこう。「何かあったなら全部話してほしいんだけど」
「………」
「というか、よくよく考えたら、葉月ちゃんに何かを命令されているかもしれない、いずきの言葉は基本的には信用できないんだけどね………」
「そんな事言われてない」
「無理、信用できない」
「………それは」
「と、言いたいところなんだけど、いずきなら別に煮られても焼かれても騙されても別にいいんだよね。さすがに殺されたら恨むけど。……ま、とりあえず、葉月ちゃんに今日色々聞いてみて、出来ることなら干渉をさせないようにしてみる。ただし、いずき」
「今日…」
「これに懲りて、これから危険なことはなるべくしない方がいずきのためになる。それに、今回聞いた、僕に関する情報は忘れてくれ。お願いだから」
「――は」いずきは小さく呟いた。「雛は、それでも構わないのか? 今から、月立葉月を二人で倒したっていいんだぜ?」
「笑わせないでよ、片腹が大暴走して痛いよ。あくまで、巻き込まれて行ったのは僕なんだ。今更、無くなったら困る。お金が入らない」
「…………」
「人生は金さ、すべてがすべて金でできている。優しい優しい世の中が教えてくれたこと」
僕は、脇に放置してあった松葉杖を手にとって、スクールバックを手に取り、椅子を引いて立ち上がった。そして、杖をつきながら歩いていき、閉まっている教室のドアに手をかけて呟いた。
「僕が、学舎占争から手を引くことは絶対に、ない」
後ろから椅子を引く音がして、上履きで歩く音が聞こえてきた。きっと、いずきが立ち上がり、歩いてきているのだろう。
行かなくちゃ。
いずきはきっと優しい言葉をかけてくる。お人好しだから。甘い誘惑に騙されないように、僕は、葉月ちゃんの所に行かなくちゃいけない。逃げなくちゃいけない。いずきから、逃げなくちゃいけない。
「雛」
「………」
「ずっと、無理してないか? なんにもできない俺でよければ、頼ってくれてもいいんだ――」
「煩い。無理なんかしてないもん。いずきの馬鹿、妄言なんか吐いて、寝言は起きてから言ってよ」
僕は、扉を開けて、廊下に出ていった。
後ろから、驚いたことにいずきはついてきていない。




