〆 月籠雛
新キャラ登場です!
僕は待ち合わせ場所を頭の中で繰り返してからため息をついた。なんだか高校から待ち合わせ場所に行くには、階段やら坂道からを抜けていかなければいけなさそうで、僕一人では行けそうにもない。だから、いずきにおんぶをしてもらっているのが今の現状なんだけど、これはこれで周りの人からの視線が怖いというか、なんというか。僕といずきの関係性を疑っているような目がびしばしと刺さる。
「なぁ、雛」
僕を背負っているいずきが歩きながら話しかけてきた。
「なんだよ、いちゃもんつけるなら他所でやってくれ」
「何を他所でやるんだよ。おんぶをか?」
「そうだよ」
「そんな、迷惑を俺にかけているんじゃないか? とか、心配しなくてもいいんだぜ?」
「………」
いや、いずきに対しての遠慮とかじゃなくて、普通に純粋に周りからの目が怖いんだってば。確かに、僕はいずきの首にまわしている手で、松葉杖を持っていたりする(二人分の鞄も持ってる)からちゃんと見れば怪我している少年を運んでいる人に見えるかもしれないが、パッとみて目を反らしている周りの目を見る限り、僕らを見た人達が松葉杖を認識している可能性は低いんじゃないかと思う。それにしても、おんぶの一つや二つ見た所で直ぐ様に目をそらすわけがわからない。
あ、いや、違うな。
皆が、目を背ける理由は僕だ。
頭に大きな包帯を巻いていて、足が片方ない学生といえばこの辺じゃ「霜月高校飛び降り事件」の当事者しかいないだろうから。顔や名前が出ていなくても、姿風貌はネットで流れているらしいし、この丘に住んでいる人間ならば僕をみて察してもおかしくない。それに、学舎占争の裏ルール的な物として一度大きな事をした優良生徒がもう一度大きな事をしてパワーバランスを崩さないように、他の優良生徒には完全に顔を晒されている筈だし。しかも、この辺で一番近い高校は霜月高校。
何故か、クラスの人たちとの待ち合わせ場所が海神駅という、丘を降りたところにある駅の近くで、今は丘をいずきに背負われて降りている。というわけで。
いずきがなんとなく、霜月高校を避けているような道を使っているのはなんとなくわかるけれど、避けているといえど近所は近所。噂はこの辺まで余裕で伝わっているだろう。
「そーいや、粗蕋は、駅の方に住んでるんだよな」
「抄夜ちゃん?」
「そうそう、毎日この距離を歩いてるらしいぜ」
「へー………苦労が甚だしいね」
そう聞くと、ますます、何故、粗蕋抄夜が葉月高校に来たのかが気になる。朝、いずきと話し合ってもいないのに(付き合いが長いからかいずきの目をみて何故か話し合っていないことを察した。動揺がみえたというかなんていうか)話し合った事にして歓迎会という名目で僕を呼び出したりして、何を考えているのかが全くわからない。葉月ちゃんは、「関係ない」としか言わないし。あれだけ学舎占争に首を突っ込んでいたら関係ないわけがないだろうに。
葉月ちゃんといえば、昼休みに葉月ちゃんに、放課後出掛けることを伝えようと探したけれど見つからなかったな。結局見つからなくて、葉月ちゃんに何も言わないでこんなことをしているけれど、葉月ちゃん、怒ってなかったりしないかな……。
昨日、葉月ちゃんに縋るようにお願いされた「葉月高校を裏切ってください」というお願いは丁重にお断りさせてもらった。元から、葉月ちゃんによい印象を持っていないというのがまず、一つ目の理由で、もう一つの理由は、自己の安全のためである。こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれないけれど、葉月ちゃんの甘い誘いに乗って葉月高校を裏切ったとしても僕にはなんの利益にはならないし、見つかったときのリスクが高すぎる。それに、葉月ちゃんの口ぶりをよくよく後から考えてみるとどうやら葉月ちゃんは葉月高校の優良生徒では無さそうだし、葉月高校の優良生徒である僕が協力する筋合いもない。寧ろ、葉月高校に葉月ちゃんの事を報告していないことに感謝をしてほしい気分である。
しかし、噂でしかなかった校章を持って他校に侵入している優良生徒がいるなんて驚きだ。確か、睦月高校によってルールで裁かれる筈だから葉月ちゃんが何らかのミスを犯して僕の目の前から消える日はそう、遠くはない筈。
冷たい言い方かも知れないけれど、出来れば僕の邪魔になる脅威はいなくなってほしい。
いずきですら、粗蕋抄夜とかいう生徒のせいで学舎占争という、単語は知ってしまっていて何か僕がミスをすればいずきに何もかも悟られてしまって、僕の邪魔なもの、つまり、脅威になり得るだろうし。そう考えるとやはり、粗蕋抄夜は本当に邪魔である。何を考えて学舎占争に首を突っ込んでいるのか知らないけれど、興味本意なら勿論。興味本意でなくても、やめてほしい。と、いうか、やめた方がいい。学舎占争に直接関わって幸せになった人間なんて一人たりとも知らないから。
それを知っても尚、学舎占争に関わっている人間は僕みたいな人間か馬鹿か人生に退屈しているやつぐらいしかいない。粗蕋はその中のどれかだというのだろうか? 人生に退屈している? 人生が退屈で仕方ないというシミュレーテッドリアリティでもあるまいし、そんな軽い理由で学舎占争に参加している訳ではなかろう。じゃあ、なんだろうか? やはり、何か重要な事情でも抱えているのだろうか。だとすれば、誰にどのようにして命令をされているのだろうか? 葉月高校の優良生徒だと思えないし、他校の優良生徒でもないだろう。僕は一応、人を見たら校章を気にする癖があるのだが、粗蕋抄夜は校章をきちんとつけていた。ならば、葉月ちゃんと同じ立ち位置なのだろうか……? そんな、同じ場所に同じような種類の人間を送り込む人間がいるのだろうか? それに、葉月ちゃんの「関係ない」という言葉とも矛盾する。
ああ、ダメだ。
考えが混沌と化している。
やはり、馬鹿な僕に考えるということは似合っていないというか肌に合わないようだ。今度、いずきの妹である満月ちゃんにでも軽く質問してみようかな。あの子は金さえ払えば秘密は厳守してくれるから利害関係がいい感じにいく。………ってあれ。
いずきの妹である、満月ちゃんが学舎占争について調べていない可能性は……低いんじゃないのか? そして、僕が学舎占争に関わっていると知って満月ちゃんに協力を仰がない可能性はもっと低いんじゃないのか? それは、まずくないか? 昨日一日で、いずきが動き始めたとしよう。と、なれば、夜に満月ちゃんにいずきが質問をする。それで、満月ちゃんが答えたとすれば。いずきは、学舎占争の概要はもう知っているだろう。
朝から考え込むような顔をしていたいずき。怪しい。
もし、最悪の可能性としていずきが全てを知っていたとすると仮定するならば。僕はどうするべきなのだろうか。いずきの安全を第一に考えるのだとすれば、突き放すのが一番であろう。でも、そんなことしてもいずきがひかないのは僕が一番わかっている。それに、いずきを突き放したくないと思っている自分もここにいる。だから、友達とか作らなければ良かったんだ。友達とかいざというときには枷にしかならないんだから。ならば、とことん巻き込むというのも一つの手だろう。いずきが危険なことになったら僕が助ける、それはそれでずいぶんと重い枷になるだろうけれど、僕がいずきを突き放せないなら仕方ないんじゃないのか? ……まぁ、これをすると、いずきが死ぬなりしたときのショックが半端ないだろうけれど。
ならば、これはもう、引き返すにも引き返せなくなってしまったときの最終手段にしておこう。それに、まだ、いずきが学舎占争について調べている決定的な証拠はないわけだし。いずきが僕の目に余るような行動を取りはじめるまで放置をしておこう。
「粗蕋ってさ」
「ん? 浅蜊?」
「べを忘れるなよ、粗蕋だよ」
「ああ、山葵か」
「納得したところ悪いけど遠くなってるぜ、粗蕋抄夜だっつーの」
「抄夜ちゃんがどうしたのさ」
いずきは僕を軽く上にあげて、背負い直した。僕は驚いて声をあげたが、いずきは何も言わずそのまま、続きを話した。
「なんで、徒歩で通っているんだろうな?」
「なんでって?」
「いや、確か交通費半分くらいだけど支給される筈なんだよ。葉月高校って」
「へー」
「なのに、学費免除とはいえ―――」
「免除なの?」
「特待生って噂だから」
「特特生?」
「字が似てるからって間違えるなよ。特待生だって」
「へーぇ」
むしろ僕は、特待生が学費免除って事を知らなかった。僕は僕で学費免除だけれども、粗蕋抄夜みたいに交通費がかかるわけでもないし。そういわれると、丘の下にあるという海神高校でも学費免除制度があるはずだし、不自然ちゃ不自然か。粗蕋抄夜がどれぐらい頭いいのか何て知らないけれど、僕やいずきよりは頭がいいだろう。
「よくよく考えたら特待生が一番多いクラスにも所属してないし、不思議だよな」
「ね」
「変わり者?」
「いずきも変わり者だけどね」
「んだと」
いずきは僕の脚から手を離した。無論、僕は重力に従って落ちそうになる。両腕を駆使してどうにか落ちないように努力をしたが、力が足りずに努力も虚しく下に落ちた。
どすんという音が響く。
「…………痛い」
「えーと、ごめん?」
いずきはさほど、謝る気は無いように軽く笑いながら僕に手をさしのべてきた。僕は、何となくその手を弾く。
「土下座」
「やだよ」
「我が儘言わないんだよ!」
「これは我が儘なのか!?」
「なんだか、騒がしいな……」
「俺が騒がしいんだよ!」
「じゃあ、黙ってよ」
「そして、騒がしいのはお前のせいだ!」
いやいや、待ちたまえよ、いずき少年。まずのまずのまず、君が僕をわざとらしく落としたのがいけないんだよ? それでぴーちくぱーちくぷーちく騒がれても迷惑というか、ね?
僕はため息混じりに、松葉杖を使って立ち上がった。地面に放置してあった荷物は、いずきが拾って片手にすべて持った。僕が松葉杖をつきながら歩くと、いずきも歩き始める。
「僕、歩くから階段とかあったら、助けてね」
「両手をつかんで「はーい、よちよち歩きできまちゅかぁ?」って言いながら歩かせてやるよ」
「いずきが、外でそれをやる覚悟があるならやってもいいよ?」
「すみませんでした」
「いや、本気でそれやるからね? いやぁー、楽しみー!」
「すみませんでした!」
「楽しみだなぁ!」
「許してください!」
「ピザまん奢ってね?」
「勿論です!」
「よし」
ピザまんをこの時期に買ってもらえるなんてとっても嬉しいな。どこで買ってくるのか知らないけど、まぁ、その辺は「勿論です!」と叫んだいずきにすべて任せておこう。七月に中華まんが売っている所を探すのが大変だろうな。応援してるよ、いずき。
ピザまんはいつの時期に食べても美味しいからね。チーズがとろとろしてて素晴らしい食べ物だと思うよ。そう思うでしょ? もふもふしてるしさ。お金がなくて食べられることはなかなかないんだけどね。
「つーか、ピザまんとかこの時期に売ってねぇだろうが!」
「え、いずきなのにそれが露見するとは………」
「俺が馬鹿みたいな定義をするのはやめてくれ」
「馬鹿だなぁ、いずき、霜つ、葉月高校には馬鹿しかいないんだって」
「ここは一応、中の下だけどな」
「僕は葉月高校で一番頭が悪い自信があるもん」
「その自信はなくした方がいいぜ?」
「嫌だ!」
「全否定!」
そういえば、葉月高校って中の下なんだなぁ。霜月高校が下の中辺りだったから(なんだよ、下の中って)なんだか、すごく場違いなほど頭がいい学校に来ちゃったような変な感じがする。
僕は、葉月高校があってないのかもしれないね。
そりゃたしかに、同中の人が結構いたりするし、いずきと話ができて楽しいんだけどさ。でも、悲しいかな、学校にいる限りは学舎占争の事が頭によぎってしまう。僕は、望んで学舎占争に入っていった人間だからそんなことぐちぐち言ってられるような立場じゃないんだけどさ。
僕がふと横を見るとまた、いずきは難しげな顔をしていた。何かを悩んでいる顔。朝に考え込むような姿勢をしていたときにしていた顔である。俗に言うしけた顔というやつだろうか? 腐ったピザまんみたいな顔。
「いず―――」
「なあ」
僕といずきはほぼ同時に言葉を発した。僕の方が少しだけ早かったけど、いずきの声が大きいのか僕の声が小さいのか僕の声はいずきの声によってかき消されてしまった。
「雛は、生きていてどう思う?」
「どうって、どうも思わないよ。僕はいつだって何も考えていないのさ。馬鹿だからね」
「ふざけないで、考えると?」
いつもより、声が低めな、いずきは僕を上から見下ろしてきた。おかしいな、いずきにこんなに見下ろされるほど身長差なんてあったっけ? …………あ、いや。松葉杖のせい、否、僕の片足がないせいか。
両足がある状態でいずきと久しぶりに並んでみたかったなぁ……。
……生きていてどう思うか? の答えがまさにこれだろう。今、生きているこの時に、両足がある状態でいずきと並びたかった。と、考えたのだから。生きていて人間が一番考えることは、後悔ではないだろうか? 人生なんて、コンティニューが出来ないゲームみたいな物なんだから。
「……サバイバル・ロッタリー」いずきは僕が考え込んでいるのを見かねたのか口を開いた。「………って知ってるか?」
「サバ?」
「サバイバル・ロッタリー。切るところおかしいっつーの。それじゃ、魚じゃねぇか」
「さばいばる、ろったりぃ?」
何だろうか、それは。サバイバルでロリータの子供と遊ぶ変態のことを示唆する言葉だろうか? そんな、変態の中の分類を分けるような言葉があるとは。
「知らない?」
「存じ上げないよ」
「えーと」いずきは腕を組んで悩むような顔をした。「哲学者のジョン・ハリスの「人を殺して、それより多くの人を助けるのは良いことだろうか」っていう定義なんだけど……」
「人を殺す?」
「例えば、犯罪者でも何でも一人の人間を殺してその臓器を、臓器を必要としている人間に与えてみるとしよう」
「うん」
「一人死ぬけれど、それ以上にたくさんの人間が助かる。それは良いことなのだろうか? 悪いことなのだろうか? って事」
「悪趣味な考えだね」
つまり、絶対に治らない病気が流行ったとして、その病気にかかった人を隔離し、放置して見殺しにする。しかし、それをしたことによって病気はあまり流行ることはなく多くの命が救われる。
それは………どうなのだろうか? 確かに、良いとは言えない行為だろう。だが、それを政府側だってしていた時代だってある。多くの命を助けるために犠牲者をつくるというのは、悪なのだろうか?
「サバイバル・ロッタリーは臓器くじと言ったりもする。確か、直訳するとそんな感じになったような」
「臓器くじはなんか、聞いたことあるよ、僕」
「知識が偏ってるな」
「いずきに言われたくないよぉー」
「で、どう思う?」
いずきはいつにもまして、真面目な顔で質問をして来た。中学時代のいずきだったら考えられないような委員長顔している。副委員長だけど。僕は、僕がいない間にいずきが変わってしまったのだと痛感した。
確かに、中学の時から真面目さが滲み出ていることがあったけれど………あの時のいずきは悪ぶってて真面目な話をすると照れたような顔をしていたんだ。僕はいつもそれを指差しながら笑っていた。
「いずきはどうなの?」
「は?」
「いずきはどう思ったの?」
いずきは少しだけ悩むような顔をしながら手を頭の上でくんだ。歩くたびに、いずきの頭の後ろで僕といずきの荷物が揺れる。そして、憂いに満ちた顔をして目を伏せた。
「俺は、それはいけないことだと思った。それは決して正義ではないと思った」
「正義」
正しい義。
学舎占争とはかけ離れた言葉だ。僕は人を散々騙して、騙して、騙して騙して騙して。僕に苛めをしていた人達は今頃、人を自殺に追い込んだ罪人として世間に叩かれているだろう。そして僕は、保護される。まるで、悪いことをしたほうが人生の勝ち組になれるみたいだ。
世の中が腐っているのか、僕が腐っているのか。
でも、しかし、正義が悪に勝てる方法など、全ての土地に監視カメラをつけて二十四時間見張っている、つまり、雁字搦めにするぐらいしかないだろう。それは、正義だとは言えない。行きすぎた正義は悪にしかならない。
僕は、これから人を騙し続けなければいけないのだろうか。
学舎占争に踏み込んだときから、僕はいつでも、一人で。
「―――っ」
…………馬鹿みたいだ。
滑稽すぎて、腹を抱えて笑いたい気分である。そんなこと、今更考えたって手遅れでしかないのに。馬鹿みたい。だから、だから、だから、僕、僕は、忘れようと――――
「雛?」
「………何?」
「何、泣きそうな顔をしてるんだよ。世界の終わりか何かの顔をしてるぞ?」
「泣いてないもん!」
「いや、泣いてるなんて誰もいってねぇよ?」
「泣いてない!」
「雛は泣いてないけど、それは、泣いてないだけだよな」
「?」
いずきは、よくわからない言葉を吐いて、口笛を吹きながら僕よりはやく歩いて行ってしまった。松葉杖である僕を気遣わないなんて人の道を外れている、非情な人外である。僕でもそんなことしないに違いない。いや、戯言だけど。
たまにちらちらこちらをみて、僕がおいてかれていないか気にしているのはいずきらしいと思う。
けど、遠い。
なんだか、いずきが遠い。
住んでいる場所が違うみたいだ。
気持ち悪い。
「いずき」
「なんだよ」
いずきは振り向き歩くのをやめて僕が隣に来るまで待った。僕が追い付いたら、いずきは僕のペースに合わせて歩き出す。
「先、行っていいよ」
「はぁ?」
「お腹好いたから、先に駅の方に行ってピザまんかピザまんかピザまんを買っておいて。待ち合わせ場所はクラスの集合場所ってことで」
「でも」
いずきは周りを見渡すような仕草をした。
もしかしたら、霜月高校の人と僕が会わないように気を使ってくれているのかもしれない。そんなこと、してくれてなくても良いのに。もし、僕と関わった人が来たとしても僕は演技をするだけなんだから。
「この辺は、師走高校のテリトリーだから心配しなくていいよ。全く、人が医院だから」
「俺を病院みたいにいうな。せめて、良いんだから、と言ってくれ」
「だからなんで、口頭で漢字がわかるんだよ。気持ち悪いな」
「雛は根本的な発音が違うからだよ」
気づけよ。と、いずきは最後に吐き捨てるように言った。いずきは「気づけよ」という言葉を捨てたので二度と使えません。なんちゃって。
「………早く行ってよ」
「雛?」
「早くいかないと、僕のお腹がすくでしょ!」
「傍若無人」
「ぼ、ぼうじゃくぶぶブルドーザー?」
「わっーたよ」
いずきは、頭の後ろに持っていたバックを肩のところにうつした。そして、僕に歩くペースを合わせていたのを止めて少しだけはや歩きになる。
「ただし」いずきは振り返って人差し指をつき出した。「逃げるなよ。お前のバッグを持ってるのは俺なんだからな。返して欲しかったら集合場所に来ることだ」
「迷わなかったら行くよ」
「ヤバイ感じに甘いパン買ってやろうか?」
「もう、こりごりでござる」
「……ピザまんがなかったら、シュークリームで勘弁してくれよ」
「シュークリーム!」
僕が嬉しそうに叫んだのを聞いて、いずきは意味深に頷いてから僕に手を降って先に行った。そういえば、シュークリームのシューはキャベツって意味なんだよ。だから、きっとシュークリームを漢字で書くとしたら甘藍乳脂になるんじゃないかな。
甘藍乳脂。
なんてね。
いずきの背中が見えなくなった頃に僕は一瞬だけ悩んで、待ち合わせ場所に行くことにした。ここからだと、普通に歩いて、十五分掛かるか掛からないかぐらいだと思うから僕の極めた(別に、極めてないけど)スーパーミラクル松葉杖歩行能力があれば二十分位の筈。待ち合わせ時間には少しだけ遅れてしまうかもしれないけれどどうせ、粗蕋抄夜が企てた程度の物じゃ、集まる人もたかが知れてるし、待たせてもそこまでの罪になることはないだろう。何かの間違いでそれなりに沢山の人がいたとしても、僕はあくまで怪我人であることを忘れないでほしい。優先席に座れちゃう権利を有している。
そんな、戯言はどうでもいいとして、僕はとりあえず学舎占争の任務を確認しよう。
えーと、確か、葉月ちゃんに聞いたところでは葉月高校にとって邪魔になるものの排除と情報収集。情報収集は葉月ちゃんが何らかのルートを漁って、やってきてくれるとして。排除とは、何をすればよいのだろうか? というか、丘一帯に通っている生徒は全て葉月高校にとっての邪魔なものであろう。だからといって、この丘にいる生徒を全て抹消したら元も子もないというかやっていることが訳わからない。生徒を集めるためにやっているようなものなのに、人を減らしてどうする。と、言う話である。ということは、即ち、葉月高校に邪魔なものとは他校の優良生徒のことなのであろう。無論、葉月高校にも、他校から優良生徒が侵入して情報を漁るか、醜聞を見つけようとしている筈である。それを、排除するために、葉月高校に限らず十一の高校では、他校に侵入する優良生徒ではない者が学校にはいる筈だが。………あ。それが、もしかして、粗蕋抄夜だったり、するのだろうか? 調べてみる価値はありそうだが、それはそれで葉月ちゃんの言っていたことと矛盾するからな。『関係ない』とは、一体、どういうことなのだろうか。…………いやいや、いやまず、葉月ちゃんの言うことを信じる前提が間違えているのか。そうなると、僕が本気で信じるべきモノが分からなくなるが。お母さんといずき? 満月ちゃんも信用はしていないが、信用は出来る。
こうなると、いっそ、誰も信用しない方がいいのかもしれない。孤独な人間はこの世で最も強い。と劇作家のイプセンも言っていることだし。ね?
まぁ、まぁまぁまあ、他校の優良生徒の抹殺は(我ながら、危ない言葉だな)葉月高校にいる優良生徒排除係りの人がやってくれるとして、それで、情報収集も葉月ちゃんの役割だとすると、本格的に僕は別に何もしなくて良いのかもしれない。それは………ラッキー? 働いていないのに金だけ貰うのはなんか、気味が悪いというかなんというか。僕らしくもない台詞かもしれないけれど、なんだか悪い気がする。じゃあ、何かした方が良いのだろうか? 例えば、その辺を歩いている優良生徒に無駄に恩を売っておく。とか。意味がある行為とは言えないような気がするけど。……じゃあ、何をすれば良いのだろう。何もしないことが何かをしていることになるのかも知れないが。そう考えると、葉月高校はよい言い方をすると、遠慮をしているのかもしれない。脚がぶっ飛んだ僕に気を使ってくれているのかもしれない。まー、邪魔だから放置している。という可能性も大いにあるけれど。寧ろ、そっちの可能性の方が高いけれど。
ん、そろそろ、スピードを上げていかないと(スーパーミラクル松葉杖歩行能力で、ね?)いずきに怒られてしまいそうだ。
昔のいずきは怒ってもそんなに怖くなかったけれど、今のいずきは分からないからな。もしかしたら、殺されるかもしれない。それで、死ねるなら本望だけど(嘘)それでいずきの怒りが晴れるなら言い残すことなんて何にもないけれど(嘘)お母さんのことが少しだけ気がかりかなぁ。(本当)てか、まず、いずき程度に僕が殺されるわけないしー。(本人に言えない)
そして、スピードを少しだけあげようとした時、後ろから不自然な音がした。なんというか、重力に逆らいきれなかったものの断末魔が聞こえてきたというか。え? つまり? ほら、あれ、人が転んだ音だよ。
効果音でいうと『ずってーん!』ってやつ。
ほう、こんな特殊な登場の仕方をする人間がこの世界にはまだ生き残っていたのか。とか、思いながら僕は首だけ後ろに向けると、予想通り、後ろに人が倒れていた。予想外だったのが、男子だったこと。男が多すぎて呆れてる人が画面の向こうに。ごめんなさい、訳わからない事、言った。
「あの」僕は、仕方ないのでいつまでも起き上がらない、屍のような人に声をかけた。「大丈夫………?」
屍さんはガバッと急に上半身をあげて、僕の顔を薄目でじっと見つめてきた。まるで、頭の中の記憶を漁っているみたいだ。
「あ、あぁあああああ!」
僕の顔を見つめた末に記憶のどこかで繋がったらしい屍さんは手を使わないで立ち上がって、両手を大きく回しながら十歩ほど後ろに下がった。
なんだか、話しかけちゃいけない感じの危ない人なような気がするのは僕だけだろうか。俗にいう、キチガイってやつな気がするんだけど、気のせいだよね。木のせいかな。いや、木の精だよね。ああ、そっかー、木の精なのか。どこからどうみても知らない制服だもんな。いや、学舎占争の関係上、制服で判別ぐらいは出来るけれど。えーと、多分、師走高校。狙ったんだか狙ってないんだか知らないけれど夏服がとてもヤンキーの学校みたいな色をしている。この言い方は少々失礼だけども、まぁ、恩も何にもない僕から見たら格下の学校に気を使うこともないだろう。
師走高校は、青のチェックが入ったズボンで、葉月高校は、真っ黒。霜月高校は、暗い灰色に訳わからん模様が入っている。因みに、葉月高校は冬服は真っ黒な為、喪服みたいだとよく言われる。らしい。
「月籠、ひ、ひひ雛!」
「雛だよ」
屍の少年は気が動転したように首を左右に振って何かを探した後に、ため息をついた。そして、大きく息を吸って、吸った。
「庚にぃちゃん!」
と、大きな声で叫んだかと思うと、遠くの方から返事が聞こえてきた。同じトーンの屍さんと同一人物のような声。そして、少し待つと、道の角から屍さんと同じ顔をした庚さんとやらが出てきて、重力に逆らいきれなかったものの断末魔を響かせた後に起き上がって、屍さんの方に駆け寄っていった。
ふぅん、双子か。
しかも、一卵性。
「辛にぃちゃん」
「庚にぃちゃん、見つかっちった」
「あぁ、もう、馬鹿だな。辛にぃちゃんは」
「あぁ、もう、馬鹿だな。庚にぃちゃんがボクを置いて、先にいくのが悪いのさ」
「いやいや、辛にぃちゃん。ボクに置いていかれる辛にぃちゃんが悪いのさ」
「庚にぃちゃんは全くどんな、紆余曲折な人生を送ってきたんだか知らないけれど、興味ないけど、知るつもりもないのさ」
「辛にぃちゃんは全くどんな、紆余曲折な人生を送ってきたんだか知らないけれど、興味ないけど、知るつもりもないのさ」
「ボクたちは全くずれてるなぁ」
「ボクたちは全く外れてるなぁ」
「「くふふ、くふふふふ」」
二人は、不気味なほどに仲良さげに向き合い笑いあった。名前はどうやら、辛と庚というらしい。なぜか、二人とも「にぃちゃん」と呼びあっているのでどっちが兄かはわからないが。まぁ、双子だったらどっちが先に生まれてきたかだけで兄弟姉妹が決まるわけだから、別に本人たちが良いと思っているならば、どっちが上かなんてわからなくたって良いのだろう。
「庚にぃちゃん」
「辛にぃちゃん、なに?」
「あれが、月籠雛だよ」
「そんなこと誰でも知ってるよ」
「誰でも知ってるね」
「ボクも知らないけどね」
「ボクは知らないけどね」
「「くふふふ」」
庚とか言う少年と辛とか言う少年は僕の方を向いて、寸分も狂わず、同時にお辞儀した。僕は、こりゃ失礼過ぎるな。と思って、首だけ向けていたのを止めて、全身を兄弟の方に向けた。
「「はじめまして、雛ちゃん」」
「雛だよ」
僕がそう、訂正すると、二人は顔を見合わせて、くふふ、と笑った。なんだか、世界が二人で閉じているみたいである。
「おや、間違えてたみたいだよ。庚にぃちゃん」
「おや、失敬しちゃったようだ。辛にぃちゃん」
「「ごめんよ、雛ちゃん」」
僕は、一回ため息をついて名前の訂正は諦めることにした。別に、自分の名前に拘りを持っている訳じゃないし、第一、雛って字はヒヨコとも読む。だから、資料として僕を何らかの方法で知ったのだとすれば、ヒヨコと、読む人間もたまにいるであろう。
僕は、戸惑った末に自己紹介をすることにした。
「…僕は、月籠雛。葉月高校二年生」
そう、僕が言うと、二人は揃って首を傾げた。
「「あれ?」」
「辛にぃちゃん、雛ちゃんは霜月高校じゃなかったっけ?」
「庚にぃちゃんは、馬鹿だなぁ。雛ちゃんは勝者なんだよ」
「どこからどう見ても」
「負け組なのにね」
「「くふ、くふふふ」」
二人の会話に、今度は僕が首を傾げる。勝者? なんだろうか、それは。僕が何かに勝ったなんていう話は人生で一度も聞いたことがない。それで、負け組とか言われても、僕はどう反応すればいいのか。あえて、キレてみるか? いや、それじゃ、ただの痛々しい人になってしまう。只でさえ、痛々しい人が目の前に二人いるのに、僕まで痛々しくなったらカオスの楽園になる。
「「火仰庚と火仰辛がボクたちの名前だよ。学校は、今のところ、師走高校。ボクたちは―――」」二人は目を会わせてまた、くふふ、と笑った。「「学舎占争の優良生徒さ」」
「っ!」
学舎占争! 優良生徒! ……いや、待て。これって言っていいのか? 校章は僕の見る限りついていないから、二人の言い分を信じる限り師走高校に侵入している生徒。ということなのだろう。
「「因みに、三年生。一年もたたない内に卒業するのさ」」
「だけどね」
「しかしね」
「「ボクたちは学舎占争をおえて、卒業する。師走高校を跡形もなくぶち壊して、ね」」
「なんで」僕はシニカルに笑った。「僕にそれをいうんだよ。優良生徒同士は敵だろう?」
その言葉をきいて、また、二人は顔を会わせてくふふ、と笑った。二人の目はこちらを向いている。…なんだろう、この目は。僕を哀れんでいるような、可哀想だと思っているような。同情の目。
「庚にぃちゃん、気づいていないみたいだね」
「辛にぃちゃん、この人、馬鹿みたいだね」
「一年もかけて、ニュースを起こしたのはご立派」
「すごいすごい」
「でも、そんな程度じゃ学校は潰れないんだ」
「無意味」
「無味乾燥」
「「君とは違って、ボクたちは、徹底的に学校を駆逐する。くふふふふ。予言してあげるよ。三ヶ月後には、師走高校の校舎が無くなって校長が死んでる。ってね」」
それは、やりすぎじゃないのか? 僕は、入学する前から葉月高校のお偉いさんと連絡を取り合っていたけれど、そんな、校舎をぶっ壊せ。とか言われた記憶はない。それに、校長を殺すなんて、立派な犯罪だし、学舎占争のルールからかなりそれている。殺人は禁じられている筈だ。
それを知っていながらも、殺人を犯すつもりなら、それはただの馬鹿だ。
まず、優良生徒は金のために集まった下賤なやつらが殆どなんだから、学校を本気で無くそうとかぶっ壊そうとか思っている人間はほぼいない筈である。言われたことだけをやって、金を頂ければどうでもいいと思っている人間ばかりの筈で。僕が飛び降りて、脚を失ったことは他の優良生徒からすれば、多分、やりすぎの域に入る。本気の学舎占争のプレイヤーなんて、いないに等しいだろう。いや、目の前にいるが。
「辛にぃちゃん」
「庚にぃちゃん」
「人殺しはしないもんね」
「不慮の事故で死ぬのさ」
「「くふふ、くふふふふ」」
「ボクの能力と」
「ボクの能力があれば」
「余裕綽々だもんね」
「余裕だもんね」
「「くふ、くふふ」」
二人は向き合って笑いあった後に僕の方によってきた。松葉杖をついている僕より少しばかり背が低い。年上だと思えないほど、幼く、あどけない顔。薄ら笑みを二人とも浮かべている。
「「雛ちゃん」」
そろそろ、ヒヨコ呼ばわりされるのは馴れてきてしまった。その内、僕がピヨピヨ言い始めるかもしれない。それは、深刻な問題である。寧ろ、死活問題である。というか、人間として終わりを告げたに違いない。
「……何」
「「実は、お金貸してほしいんだ」」
「最初からその予定だったし」
「お金を落としたのが全ての間違いだったね」
「庚にぃちゃんも悪いんだよ」
「辛にぃちゃんが悪いんだよ」
二人はしばらく、言いあった後に、頭を下げた。最初に僕の前に二人揃ったときの様子を思い出す。よく、お辞儀をするが、家が厳しいのだろうか?
僕は、少しだけ考えるような姿勢をとって、考えることにした。つまり、考えることにした。
僕には無論、貸すお金なんかない。一円たりともない。というか、お金がないから学舎占争に参加しているようなものなのに、お金なんか余っている筈もない。僕が霜月高校に侵入している優良生徒としての使命を終えたときに、金はずいぶん貰ったが、湯水でもないのにお金は知らぬ内に消えていく。まだ、残っているが卒業した後の事を考えると大事に使いたい所だし、帰ってくるかも分からないような金はあまり貸したくない。しかし、まぁ、学舎占争のやつらに恩を売っておいて損はない。と、さっき考えたばかりだし、値段によれば、考えないこともない……?
「いくら、貸せばいいの?」
「「百五十円」」
「よし、貸そう」
僕は、ポケットから財布を出そうとして、無いことに気がつく。
あ、いずきに持ってかれたバッグの中に入ってるんじゃないか? マジックテープの財布が、いずきに持っていかれてしまった。お、おぉう。想定外の事件が起きた。百五十円だったら、貸してやろうと思えたのに、貸すべき金すら持ち合わせていない。
「悪いけど、財布が友人のところにあって、貸すべきお金が手元にないんだ」
「「あー、残念」」
「ごめんね」
「「いーよ、くふふ」」
二人は、笑って、もう一度僕にお辞儀をした。……たぶんこれは別れのお辞儀だ。
「「んじゃ、おさらばするよ。ただのいい人の雛ちゃん」」
そういって、また二人は、顔を見合わせて、くふふふふ。と笑いあった。そして、くるくる回った後に僕の事をちらりとみてから二人で会話を始めた。
「雛ちゃんに免じて葉月高校の生徒を襲うのは止めようかな」
「ボクらと、葉月高校は、勝手に不可侵条約を結ぶことにしようかな」
「「雛ちゃんに免じてね」」
そういって、二人は同時に「「さよなら、またね」」といって、僕の横を通り過ぎていった。どうやら、あの二人には嫌われていないらしい。不可侵条約を勝手にだが結んでくれた事は、僕としては助かるし、有難い。よくわからない、敵はあまり作っておきたくないし、葉月高校が攻撃しない限りあの二人が僕の人生に首を突っ込んでかないのは、良いことである。
二人の足音がしなくなってきた頃に、僕は振り向いて急ぎぎみに待ち合わせ場所に向かうことにした。
振り向いて、待ち合わせ場所へと杖をつきながら、歩こうとすると遠くから見覚えのある人影がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。どうやら、心配でもしてやってきたらしい。全く、心配性も良いところである。僕は、松葉杖をうまく持って、遠くから見える人影に手を降る。
「いーずきぃー!」
「夜月だって、言ってるだろうが!」
いずきは怒りながら僕の方に近づいてきて、僕の腕を掴んだ挙げ句に松葉杖を取り上げて、僕を半ば無理矢理背負った。そして、前へと歩き出す。
「なんで、こんなに進んでないんだよ……。お前、亀か? 寧ろ兎か?」
「雛だよ」
「鳥だな。阿呆鳥」
「アホーアホーアーホー!」
「煩いから、耳元で鳴くな。あー、もう、なんでどうして、こんなに歩いてないんだよ。寝てたのか?」
「んー? いや、ちょっと」
僕は何て言うべきか悩んだ末に、短くこう、答えることにした。
「お友達と話してて、さ」




