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学舎占争  作者: 伏見 ねきつ
7月
10/49

〆 下弦夜月

 次の日。

 快晴。夏日。

 この暑苦しい気温でまだ七月なのが驚きである。これからどんどん暑くなっていくと思ったら萎えるというか、やっていけると思えなくなってしまう。寒いのは服をどんどん着ていけばどうにかなるが、夏は脱ぐにしても限度がある。出来れば全裸でいたい気分だが、そんなことしたら警察に通報されてしまう。

 まだ、七月だからかクーラーも何故か入ってないし(昨日は入ってたのにな)教室はただ窓が開いているだけで風もこない。教室にいる生徒は皆、死にそうな顔をしてだらけている中、雛だけはずっと何かを考えるような、気難しそうな顔をしながら教室の隅で背筋を伸ばして直立不動の姿勢だった。


「雛」


 俺は雛の方に近づいて話しかけた。朝学活が始まるまで、まだしばらく時間はある。


「あ、いずき」


 雛は驚いたような顔をしながら、少々間違えた発音で俺の名前を唱えた。


「夜月だっつーの」


「うんうん、ごめんね。いずき」


「直ってねぇし」


「直さねぇし」


「直せよ」


「直せねぇし」


「直せねぇのかよ」


「直せるし」


「直せよ」


「直向きだかさ!」


「直向きなら直向きに直せよ」


 俺が、そう言うと雛はぷいっと違う方向を見てしまった。まぁいい。いずき、とか言う発音は中学時代にもう馴れた。今更、とやかく言ってもなおらないだろう。


「そうだ、雛」


「何? 僕は貴方と話したくないんですけど」


「明日から一緒に学校行こうぜ」


「あー」雛は少しだけ悩むような顔をした。「うーん、まぁいいか。いいよ」

「中学の時と同じ待ち合わせ場所でいいか?」


「おーけー。待ち合わせ場所覚えてなかったらごめんね?」


「七時三十分な」


「おーけー。時計が読めなくて時間に遅れたらごめんね?」


 待ち合わせは成功した。

 昨日、満月と「これからの雛と学舎占争について」の題で話し合った結果、俺は出来るだけ雛の近くにいるが学舎占争について知っていることを悟られないようにし、極度に危険なことにならない限りは手を出さない。ということになった。雛が学舎占争についてアプローチしてきたら、隠さずに一応すべて話して良ければ協力という名のただの人間である俺が生き抜くための方法を伝授してもらう。

 もう一つは、雛と同じ優良生徒である月立葉月の監視。動きがあれば即刻、満月に伝える。俺には、よくわからないが月立葉月という女は普通ならやれないことを短期間でやってのけた危険要素だそうだ。今のところ、不審な動きは無いようだが注意しておいて損はしない、とのこと。

 とはいっても、俺は月立葉月の容姿をよく覚えてないので(写真は見せてもらったのだが、ピンボケが凄かった。)監視をするにしても出来ないだろう。


「いずき?」雛は屈み込むようにしながら俺の顔を覗いてきた。ふと、目が合うと雛は緩い笑顔になる。「いつもと違う顔してるけどどうしたの?」


「え? いや、別に」


 いつもと違う顔? 何だろうか、考え込むような顔をしていたのかもしれない。さっきまで憂いに満ちた顔をしていた雛に気を使われるなんて俺は人間として終わったな。


「別にってなんだよー、親友(おやとも)だろ?」


「なんだよ、親友(おやとも)って。別に仲良くなるつもりは無かったのに親の関係で仲良くなっちゃった。みたいなルビだぜ」


「その通りじゃん」


「いや、雛は俺の親の顔とか知らねぇだろうが」


「覚えるつもりがないからね」


「会ったことがまずねぇよ。なんだよ。その、人に興味ありませんアピールは」

「一番怖いのは好き嫌いより無関心ってね」


 雛は、はははー、と緩い笑顔を見せた。相変わらず、目の中は暗いが。その暗い瞳の奥で何を考えているのだろう。俺にはわからない。

 わかりたいと願っているが。


「雛」


「何? お腹好いたの?」


「なんで、俺を腹ペコキャラにしたてあげようとしてるんだよ。そんな痛いキャラ嫌だ。じゃなくて、雛こそいつもと違う顔してるけどどうしたんだ?」


「うぇ?」


 雛は驚いたような顔をしながら両手を上にあげて「驚いたー!」という感じのポーズをした。オーバーリアクションである。俺はその、上に上がっている手をつかんで下におろして、松葉杖をしっかり握らせてからから続きを言った。


「さっきまで、なんか、いつもの雛じゃなかったぞ? 昨日、放課後とかに何かあったのか?」


「え、えーえーえーと」雛は無意味に松葉杖を立て掛けてから一回回った。片足で回るとか、器用というか怖いもの知らずである。「何があったのかな?」


「俺にきくな」


 そんな、小首を傾げながら尋ねられても俺としては反応に困る。

 いや、しかし。雛は嘘をつくのが本当に下手くそだな。二十四時間くっついている脚について質問をしたら「さぁ?」って答えるし。そういや、脚の事についてきちんときいていないな。まぁ、ある程度見当はついているっちゃついているが。


「いずき」


 雛は神妙な声を出して神妙な顔をした。いつもアホ面な雛にしては珍しい顔である。そして、こういう顔をして物事を言うとき、大抵が下らないことであることも俺は知っている。中学の時に同じような顔をしながら雛が発した言葉は「女子のスパッツってパンツとほぼ同等じゃない? あれがパンツだって言われたら疑わないもん」だった。


「……なんだよ」


「これはいずきだから言うのであって、口外は絶対にしないで欲しいんだ。少々面倒なことになりそうだからね」


「……?」


 声を潜めながら言うということは、本当に大切な事なのだろうか? 本当に神妙な顔をするべきときだから雛は神妙な顔をしながら話しているのだろうか? ならば、俺もそれなりにきちんときかなくてはならないのだけれど。学舎占争のことだとすればなおさらである。


「実は」雛は松葉杖を器用に使って顔を近くによせてきた。「昨日、女の子に呼び出された挙げ句に、軽く軟禁されて首筋と掌にキスされたんだよ!」


 俺はため息をついた。

 やはり、神妙な顔をしながら話すべきことではない話をする遊びのようである。そんな遊びの何が楽しいのか俺には全く、わからないが雛には楽しいのだろう。というか、女の子にキスをされる夢とか思春期の男子そのままじゃないか。

 そういえば、フランツ・グリルバルツァーの接吻なるものに、掌のキスは、懇願という意味だとかいうのがあったな。首はなんだっけ? ……ま、いいか。雛の妄想だし。


「……へー。夢を見てるなら覚めた方がいいぞ?」


「夢見旅行中ではないのは確かだよ」


「じゃあ、旅行をしない夢なんだよ」


「そんなバショウ科の多年草!」


「わけわかんねぇよ」


「バショウ科の多年草はバナナだよーんだ」


「バショウ科のうんたらがバナナだとは限らねぇだろうが」


「そんなバナナ!」


 雛はとても驚いたように目を大きく見開いて言った。それを見かねた俺は、俺は軽く雛の頭を叩いた。雛は「あうー」とか言いながら涙目で見上げてきたが、俺としてはそんな強く叩いた覚えもないし、叩かないと馬鹿の雛は物事が理解できないだろうから仕方なくやったことなので、そんな謝りたくなるような、哀愁漂わせる顔をされても俺は反応のしようがない。寧ろ、そんな顔をされたら、雛の場合殴りたくなる。

 長い付き合い故の感情だと思っておこう。きっと俺は付き合いが長くなれば長くなるほど人を殴りたくなる不思議な性癖の持ち主に決まっている。……いや、それは嫌だ。ただのサディストである。

 それにしても、雛の身長は男子の平均ぐらいで俺より少し低いだけだったのだが、松葉杖のせいでいつも以上に身長が低くなっている。なんとなく、中学一年の時の身長差があまりなかった頃を思い出す。高校二年生になって、あの頃は楽だった。と、今になってしみじみと感じる。あのときは阿呆なことしかやっていなかったからな。ノスタルジーに浸るのもたまには悪くない。今度、雛と中学の時の思い出話に花を咲かせてみるのも悪くないであろう。

 そのためには、今を幸せにしておかないと。過去に囚われてしまう。それは、あまりよくない。望まない。


「ん」


 雛は俺の後ろに視線を向けて、声を出した。その声につられて振り向くと後ろには粗蕋が疲れきった顔で突っ立っていた。どうやら、粗蕋が家から学校までの道を徒歩で行っている等と言う噂は真実らしい。俺や雛みたいに十二個の高校が建ち並んでいるこの丘に住んでいる奴等は、徒歩で通っている奴が多いのだが、粗蕋は丘の下に住んでいるためどんなに頑張って歩いても一時間三十分はかかる。確かに葉月高校は他の高校よりバスの乗りあわせが難しかったりするが、流石に一日三時間も歩いて学校に来ようとする奴はなかなかいないだろう。もしかしたら、こんな面倒くさい通学をしているということは、粗蕋も何か事情があって葉月高校に入学を決めたのかも知れない。

 確か、粗蕋程の成績があればもっと上の高校にも余裕で入学できるだろうから。


「おはよう、副委員長と………えーと」


「月籠雛。敬意を込めて雛野郎って呼んでくれてもいいんだよ?」


 何をどうやったら雛野郎が敬意を込めた言葉になるのか俺にはさっぱりわからないが、まぁ、うん。また、雛はふざけているのだろう。初対面の人に向かって訳わからないことは言うなと雛に言った方が良いのかもしれないな。


「んじゃ、雛野郎君、おはよう」


 粗蕋はそれがさも、当たり前のように平然とした顔で言った。どこにも違和感を感じないほど普通に雛野郎という台詞が頭に入ってきたので、雛の名前が雛野郎なのではないかと一瞬疑ってしまった。


「………粗蕋は、普通にそう呼んじゃうんだな」


「そうだよ、僕はそう呼ぶんだ」


「あっそうですか」


 もう、好きにしろって感じである。どうやら、粗蕋と雛は、俺と違う次元に生きているようだ。なるほど、会話が通じない筈である。


「仕切り直して」粗蕋は薄く笑った。粗蕋にしては珍しすぎる顔である。いままで見たことがない顔だ。「初めまして、雛ちゃん」


「どーも、抄夜ちゃん」


「うん」


 ん……? 雛って粗蕋の名前知ってたんだっけ。情報としては写真なり何なりをみて知っていたかもしれないけれど、写真と実物は質量が違ったりするのに見ただけで名前をスラスラと言えるとは。俺もクラスの人も「粗蕋」と呼んでいるから雛が誰かが呼んでた名前を真似した訳じゃなさそうだし………適応能力?


「それでなんだけど、雛ちゃん」粗蕋は俺の肩を掴んだ。「昨日、委員長と話し合って決めた、雛ちゃん歓迎パーティをどっかでしようと思うんだけど。どう?」


「歓迎バーディー?」


 バーディーとはゴルフ用語であるがあえて突っ込みを入れないでおこう。

 それにしても、昨日、粗蕋と歓迎パーティなるものを計画した記憶はない。粗蕋が学舎占争等知らない善良なただの生徒だったならば、雛を馴染ませるために俺の名前を出した。と理解が出来ないこともないのだが、粗蕋は学舎占争を俺より知り尽くしている人間であり、ただの善良な生徒ではないだろう。俺の単独の机上の空論では粗蕋は主催者側の睦月高校の人間ではないかという考えが有力ではないかと思っている。

 そう考えると、粗蕋がいいだした訳わからないものはきっぱりと否定した方が雛のためになるのではないか? ……雛にわざわざ危うい虚言を吐いてまで呼び出す理由は何なのだろうか。


「副委員長も勿論来るし」


「は?」


「来るよね? 副委員長」


「まあ……」


「クラスの人も出来るだけ誘うからさ。今日の放課後、暇じゃないかな?」


 俺も行くのか? それで、粗蕋は何をしようというのだろうか? ……もしかしたら、粗蕋は俺が学舎占争の事なんて説明した分しか理解していないとでも思っているのだろうか?

 それなら、都合がいいのかもしれない。粗蕋が俺と雛の味方なのか敵なのか見極められるかもしれないし、俺が何も知らないと粗蕋が勘違いをしていて何か襤褸を粗蕋が出してくれるかも知れない。そうしたら情報も得ることができる可能性もある。


「えぇっと……ご好意は大変有り難いのですが、今回は遠―――――――」


「雛、行こうぜ」


「うん、そうだね………って、え!? 行くの!? え、何? もしかして、いずきさん奢ってくれるの?」


「あー、まぁ。ある程度までなら」


「えー、へー、ぇー」


 雛は悩むような顔をしてしばらく唸ったあとに顔を急にばっとあげて明るげな顔で明るげな声を出した。


「じゃあ、行こうかなー!」


 まぁ。

 俺としては、雛が楽しそうで何よりである。

 これを気に、クラスの人たちともそれなりに仲良くなって馴染んでほしいと願ったりしているが、それが叶う可能性は低いであろう事は考えるまでもない。



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