カレーライスは辛いに限る。
前作の感想を頂いて、嬉しかったので書いてしまいました。よろしければ前作と合わせて召し上がりください。
「あ゛~~っっ!」
誰もいない自室で、あたしは一人叫んだ。
先々週のことを思い出したのである。
先々週。悠斗と並んでソフトクリームを食べた日。
あの後も、土曜日には一緒にソフトクリームを食べている。
だけどそれだけ。
ただソフトクリームを食べるだけ。
ただそれだけのことになんであたしがこんなに悩んでるかというと、
何だかその時は、悠斗の雰囲気がいつもと違うのである。
別に好きだとか、付き合おうとか言われたわけではない。
だけど何か違うのだ。色気というかなんというか…
そういうものが悠斗からダダ漏れなのである。
林 悠斗。
絶賛混乱中のあたし、広瀬 美咲の幼馴染だ。
「だ~~っっ!なんだってのよ!
こちとら恋愛偏差値が低いのよ!
偏差値も低いけどね!!」
…言っててむなしくなったから、泣いてもいいかなぁ。
悠斗はイケメンだ。
頭もいい。友達だって多い。
言葉は乱暴だが優しい。
そして何より…モテる。
そんな悠斗があたしに色気?のようなものを振りまく意味がわからない。
だけど「美咲だけ」とかそんな感じのこと言われた気がするし…
あれ!?ホントに言ったっけ?白昼夢ってやつ!?
と堂々巡りなのである。
かといって、「好き」とかもないのに
「あたしたち付き合ってるの」とか聞くのはイタい。
想像しただけでイタすぎる。
「------っ!!!」
思わず想像しちゃって、声なき声で悲鳴をあげてしまう。
…馬鹿だ。だめだ、落ち着こうあたし。
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落ち着きを取り戻すべく、自室を出てリビングへ向かうと
母親がでかける支度をしていた。
「あれ?どっかいくの?もう夕方だよ?」
「ちょうどいいところに!美咲、あんたカレーぐらいは作れるわよね?」
ヘイ、マミー。あたしの質問に全く答えてないよ。
「カレーくらいなら作れるけど…」
「よかった!なんかお祖母ちゃんが転んじゃったみたいで、
ちょっとお見舞いにいってくるから、
カレー作って悠斗くんと食べといて!」
「へ!?お祖母ちゃん大丈夫なの?…って悠斗と!?」
「お祖母ちゃんはたぶん大丈夫!最終電車では帰るから!
じゃ、よろしくね~!!」
そういって母親はあっという間に去って行った。
しばし呆然としてしまったが、はっと我に返る。
(え…この混乱状態の中で悠斗と二人なの…?)
ジーザス!!と、なんちゃってキリスト教ぶってみても、
当然状況はかわらない。
とりあえず冷蔵庫をチェックしてみると、
カレーの材料がそろっているようだし、まずはカレーを作ろう。
「よし!腹が減っては戦はできぬ、だ!」
「誰と誰が戦うんだよ」
「うっひゃぁ!!??」
冷蔵庫を閉め、気合をいれると
いつのまにかすぐそばに悠斗が立っていた。
「あれ、おばさんは?」
「おおおおおおおばぁちゃんが転んじゃって、お見舞いに行くのですよ!
今夜はカレーを食べるのですよ!!」
さっきまで頭を悩ませていた存在がいきなり現れて、
思わず挙動不審になってしまった。
「いきなりくるな、いきなり!
チャイムはどうしたチャイムは!!!」
「あ?何をいまさら。そんなもんこの家くるのに鳴らしたことねーし。
そうか~今日カレーか。美咲が作んの?」
『作んの?』の中に「作れるのか?」のニュアンスをくみ取ったあたしは
「カレーくらい作れるし!」と無意味に胸を張ってみた。
「へ~じゃあ楽しみにしてる」
楽しみにしてるってなんだ。
その意味深な笑いはなんだ。
ぶわっと広がった色気はなんだ。
そしてなんで近づいてくるんだ。
え、え、え?まじでナゼコチラニクルノ??
「美咲、ジャマ。コーラ取りたい」
「~~~っ悠斗のがジャマだし!カレー作るんだからあっち行ってよ!」
もうやだ!自意識過剰すぎるあたし!!
消えたい!泣きたい!!今すぐ亀になって丸まりたい!!!
軽いパニックなあたしとは対象的に、悠斗はどこまでも余裕で
「はいはい、ケガすんなよ」
とあたしの頭をぽんぽんとしてリビングに去っていった。
…くそぅ、誰か恋愛偏差値の上げ方を教えてくれ。
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気をとりなおしてカレー作りにかかる。
そうだ、腹が減っては戦はできぬ、だ。
今度は胸の内だけでつぶやく。
うちのカレーはいたってシンプル。
にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、それに牛肉。
材料切って、炒めて、煮込む。
煮込み始めたら、ルーの準備して…って
「あれ?」
ルーの箱がやけに軽い。
中を覗くと半分でぽきっと折られていた。
「どうした?」
あたしの声に気付いたのか悠斗が顔を出す。
「んー、ルーが足りないっぽい」
とルーの箱を見せた途端、悠斗の顔がひきつり
「げ。美咲んちって甘口なの。」
「え。悠斗んち違うの」
と顔を見合わせた。
「いや、カレーは辛いもんだろ。そんなギャグもあるくらいだし」
ちっ言わなかったか。
「だけどうちはいつも甘口だよ。
うちでカレー食べるの初めてだっけ」
「たぶんな。オレ、甘いカレーなんて認めねーから。
足りないんだろ、買ってきてやるよ。」
「え、あ、うん。でも…あんま辛くしないでね?」
戸惑いながらも美咲がお願いすると
「だめ。譲れない。どうせその甘口と混ぜるなら超辛口買ってくる」
と言って飛び出していった。
カレーであんなにムキになるなんて。
いつも大人風を吹かせていた悠斗が、
カレーの味一つにムキになってるのを見て、可愛いと思ってしまった。
(ふふっこの前の逆みたい。)
ソフトクリームの時は美咲が譲れないこだわりを見せた。
カレーライスには悠斗が譲れないこだわりがあるようだ。
悠斗もあたしと変わらないんだ。
そう思うと、今まで悠斗に対して構えていた妙な力がぬけたような気がした。
お鍋でことこと煮込まれてるじゃがいものように
悠斗への緊張がほろほろとほどけていって、
代わりにじっくり美咲に染み込んできた気持ち。
悠斗のこと、好きだなぁ。
たぶんやっぱりソフトクリームと一緒に、あたしの気持ちも食べられたんだ。
なんだかその思考に妙に納得してしまい、
そうか、そうだったんだと鍋をぐるぐるかき混ぜていると、
「買ってきた!辛口!」
と息切れしながら悠斗がキッチンへ飛び込んできた。
「おかえり」
その4文字にくすぐったくなりながら、たった今自覚した恋心が確信に変わる。
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カレーができると二人そろって食べる。
悠斗は大盛りだが、美咲は辛さの様子見に気持ち少なめだ。
「ん、んまい!」
「ほんと!?さすが、あたしが作っただけあるわ~」
「オレが買ってきたルーだしな!」
なんて軽口を叩く。
そこで悠斗がふと思い付いたように
「初めての共同作業ってやつだな」
と意地悪気に笑った。
いつもならその意味深さにパニックになる美咲だが、
恋心を自覚したばかりのせいか、いくらか冷静に
「ソフトクリーム食べたじゃん」と返す。
悠斗はさらに笑みを深めたかと思うと
「確かに。『あーん』もしたしな。お前、オレ以外にあれやるなよ?」
急に真面目になってそんなことを言う。
「?なんでよ?」
「あれはカレシ特権だから」
「~~~っ!悠斗はまだカレシじゃないでしょ!」
「『まだ』、な。」
そこでふっと笑って
「やっぱテンパってる美咲、可愛いな」
なんて言った後、色気全開でニヤリと笑うから、
今度こそ本当に美咲は真っ赤になってしまった。
夕食が終わるとすぐ帰るのがなんとなく両家のルールだ。
今日のカレーは甘口派な美咲にはやっぱり辛すぎて、
中々食べ終われなかったけど、悠斗がそれを急かすことはなかった。




