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09:会話

 やがて“女”に連れられて着いたのは、長老様の家でした。屋根のてっぺんに十字架の付いた大きな邸宅は、まだ誰も人が戻っていないと見え、明かりは何も無く真っ暗です。

 男は目だけ後ろを見ようとしたら、そのまま中に入れと……再び刃物を傷口に当てます。痛みがしみて、刃先を離そうと首を下げ、肩をすくめました。しかし門をくぐり、入り口の戸に手を掛けても、扉は開いていません。どうしようもないと男は両手を左右にあげてポーズすると、

「横の窓へ行け」

 女が低い暗い声でそう言いました。

 窓は一面大きな硝子窓で、その前に男が立つと、女が突然後ろから背中を蹴りました!

 突き飛ばされ、混乱してとにかく顔を守るために腕を前で組み、勢いはそのまま、窓硝子に激突し、ガシャガシャンと大きな音を立てて窓ガラスは粉々に割れ、長老様の愛用する絨毯の上に転がり倒れ込みました。

「皆は畑のずっと遠くを探しているわ。ここには誰もいない」

 後ろから、汚れた足のまま家の中に入る女の静かな足音が……恐ろしくて、男は体を起こし、向きを変え相手を睨みつけ、しりもちを付いた格好でズルズルと後ずさりしました。

「痛……」、両腕は硝子で切れて血まみれで、ベットリと絡み付いていて、下がる時に何度も床を滑りました。

 女は腰に手を当てて、落ち着いた格好で仁王立ち、こちらを冷たく見下ろしています。

「立ち上がりなさい」

「どうするつもりだ、長老様の家なんかに来て」

「さっさと立て」

「クッ……」、血が沢山出てきて、少しクラクラとします。両足を踏ん張って立ち上がりました。

「長老の金蔵へ案内しなさい」、刃を首筋に当てて女は威嚇します。「金蔵に宝玉がしまわれているのでしょう、お前は合鍵を持っているのでしょう」

「まさかそのために!」、男は、女の告白に息を呑みました。

 男の目の色が、弱弱しい恐れから、急激に、鋭い怒りの光を帯び始めました。腕の痛むことも構わず、段々と拳に力がこもってきます。

 しかし……「……あなたは何も知らないからね」、そう女は寂しげにポツリと呟きました。

「な、何が!」、男は少し気後れがして、しかし疑い眼で油断無いよう、言葉は強く気勢を吐きました。

「いない子供は、どうしていると思うの?」

「そ、そうだ、誘拐されたってのが嘘なら、あの子はどこに居るんだ。家にはいないぞ」

「あの子は、もう、『死んだ』わ」

「死ッ、ン……!」

 あまりに驚きの告白……思わず身を乗り出して、血で滑って横に倒れ転がりました。

「フン、あなたはいつも家にいないんだから知らなくて当然ね」、愕然とする男に向かって嘲笑の笑みを浮かべています。

「どういう、ことなんだ?」

「この村によそ者が来たというのは本当よ」

「賊が……」

「いいえ、魔法使いよ」

「…………」

「魔法使いがあたしにこう言ったの……『お前の村一番の宝物を譲れば、秘術で必ず子供を治してやろう』。それであたしは、長老の宝玉を盗んでやった。フフ、あの阿呆、頭はイカれてるけど、人の命令にはしっかり従うわ」

「林檎腹の奴か、やはり奴が盗んでいたのか」

「アンタは知らないだろうけど、アイツはあたしに惚れてたみたいだからね。フフ、いつも色んな雑用に使ってたのよ」

「それで、子供は、治ったのか?」

「……魔法使いは現れなかった。約束の大樹の下で子供と待ったけど、誰も現れず朝を迎えてしまった」

「ちょっと待てよ、それが今日じゃないのか?」

「もう何日もずっと前の話よ。それから毎回、満月が中天に昇る日には必ず大樹に行ったけど、全く現れる気配が無い。騙されたと思ったわ」

 女……妻から次々発せられる真実に、ただ唖然として、頷き伺うことしか出来ません。

「何故僕に、そのことを知らせなかったんだ。そうすれば何か……」

「村を守ろうとしている男に話せというの? 前の林檎腹のことを覚えてて? きっとあなたはあたしを長老に知らせていたでしょう。そうしたらあたしは確実に長老に鞭打たれるわ」

「しかし……」

「あなたが誰よりも信用ならないことは、あたしが一番よく知っている。ずっと昔に村で食の中毒が蔓延した時のことを覚えてるの? あなたは村の一大事だとか言って、あたしたちの子供のことをちっとも気にかけなかったじゃない」

「それは……仕方が無いだろう……あの時は本当に村全体がとても危険だったんだ」

「とにかく、あなたを頼るなんて思いつくことすらないわ。そうしてあの魔法使いが現れないまま、……あの子は『死んだ』。もうどこにも、『いない』の」

「…………」、男の……夫の生気がみるみる青ざめ、力なく絨毯にグッタリと体を横たえています。

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