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56:もてなし

 白い建物は、一階建ての、横幅の広い病院でした。壁面に規則正しく、目のような窓が幾つも並んでいて、それらが冷たくエウムを見つめているように思えました。窓に明かりは無く、シン……と静かな様子です。一刻も早く二人を中に入れたいと思ったエウムは、目の前のスロープを上がって、玄関のガラスの扉を叩きました。

「すみませんッ 誰かいませんかッ? すみませんッ」

 暫く叩いていると、突然……ガチャリと、鍵の開けられる音がしました。慌てて一歩下がって、そして扉が開かれていきました。

「……どなた?」

 とても背の高い女性が、上から見下ろして訊ねました。

「私は、エウムといいます。あの……ジーニズさんの紹介で……こちらに……来たんですが……」

「……どうぞ」

 更に大きく開かれて、奥を手で指しました。

「あの……それで……」

「詳しいことは奥で、寒いですから」

 女性は反対側の扉も大きく開いて観音開きにし、車椅子を入れ易くしてくれました。くぐりながらエウムは訊ねました。

「あなたがレティスさんですか?」

「ええ」

 入ると、少し広めの部屋でした。柔らかそうなソファーが置かれ、小さなテーブルが置かれていました。左手には扉はありませんがまた別の部屋があり、そこには何かオモチャのような物が床においてありました。レティスは部屋の奥を指差しました。

「奥に来て、ちょっと狭いけど車椅子も入れると思うから、入れて」

 奥の部屋は、台所でした。レティスは中央の木のテーブルと椅子を指し、エウムは勧められるままその椅子を引いて座りました。車椅子のウジカは机に沿っては置けなかったので、入り口の側にとめました。レティスが壁のスイッチを押して、パッと眩しい明かりが点きました。蛍光灯の目に染みる光を受けて、レティスの顔がようやくはっきり見えました。目や眉毛、口元も、とても細い繊細な顔立ちの女性でした。白い看護服を着ていましたが、それらはあちこちに黄色やら赤い染みを作っていました。一見とても汚れた服を着ているのですが、レティスの全身から感じられる、とても落ち着き払った、清楚な雰囲気から、あまり汚らしい印象を感じませんでした。ただ、最初の幾つかの会話の感じからして、彼女に対し、少し冷たい印象も抱きました。


 レティスは、エウムが椅子に座るのを見届けると、彼女は台所の調理する所に立ちました。そして水を出したり、コンロに火を点けたり、しゃがみ込んで下の棚を開いたり……やがてテーブルには、器に入った焼き菓子やら、コーヒーやらが置かれました。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 温かそうなコーヒーに、思わず生唾を、大きな音を立てて飲み込んでしまいました。両手で包み込むように持つと、その温かさに手が心地良く痺れました。

「赤ちゃんのミルクは今作ってるから、もう少し待って。そっちの車椅子の子も……」

 レティスは焼き菓子を二三枚取って、ウジカの元へ向いました。

「……眠ってるなら後で栄養剤を」

 レティスは菓子をテーブルに置き直して、ウジカの容態を見るように手を当てたりしました。そして、背中の金花を触ったりしました。エウムは少し落ち着かない様子で、指を絡ませながらその様子を見ていました。

「この病院にいれば絶対に安全だから」

 レティスは振り向きました。

「少し、お話しましょう」

 レティスも席について、コーヒーを一口飲むと、落ち着かない様子のエウムの目をジッと見つめました。

「そう怖がられても困るわ。この病院は山奥にある、世間とは隔離された所なの。患者のプライバシーは外部には漏れないわ。だから、金花のあの子がここにいても、誰にも迫害されないし、あたしは全力で保護するわ。この病院を訪ねるくらいだから、大体事情は分かってるわ」

「…………」

「お話しましょう。あたしの話し方が気に入らなくても、我慢して。こういう話し方があたしなの。冷たいって言われるけど、どうしようもないわ。ジーニズさんにもよく指摘されてたわ」

「……あの、実は、」

 エウムは事情を、掻い摘んで説明していきました。

「分かったわ。さっきも言ったけど、この病院に入院した子は、どんな事情でも必ず保護するから。入院を許可してあげる。

 とりあえず、今夜はこれで終わりにして、もう寝ましょう。あたしも明日の仕事が忙しいから、夜更かし出来ないの」

「ごめんなさい、遅くに来まして……」

「バスが夜に到着するから、仕方ないでしょう。さあ、あなたはとりあえず、仮眠室で寝てもらうわ。そっちの横の扉の部屋がそうだから。ウジカと赤ちゃんは、あたしが部屋に連れて行くわ。おやすみ」

 赤ん坊とウジカを連れて行こうとするレティスを見て、エウムはふと不安な気持ちを抱きました。列車の件を思い出し、ジッと二人を見つめました。

「心配なら、一緒に来なさい」

 レティスは、そう声を掛けました。


 また玄関の所の広い部屋に出て左手の方に歩いていきました。細い廊下を、床を軋ませて進みました。するとレティスが立ち止まりました。

「どうしたの」

 暗くてよく見えませんが、レティスの前に誰かが立っているようです。背の低いその子は……声からして小さな男の子のようでした……ボソボソと呟きました。

「……オモチャ」

「夜は部屋にいなさいといったでしょう。他の皆は寝ているんだから」

「…………」

「じゃあオモチャを持っていって、自分の部屋で遊びなさい。あたしは少し忙しいから、先に行ってオモチャを選んでなさい」

「……ウン」

 そしてレティスは廊下の横の一室の扉を開け、部屋の電気を点けました。パッと光が外にも漏れ出て、その少年の顔を照らしました。エウムはハッと驚き、思わず口元に手を当てました。その少年の頭……一見したところは普通なのですが、どこか違和感があるのです。少年がレティスの言うことに従って、パタパタとエウムの横を駆け抜けていった時……少年の背中を見送った時に、その違和感の正体が分かりました。少年の頭の後ろにも、もう一つの顔があったのです。丁度、顔型の仮面を裏合わせにしたような感じで、少年の前と後ろに顔があったのです。

 レティスは部屋の中に入って行きました。

「さ、ここを二人の部屋にするわ。ウジカをベッドにのせるから手伝って」

 エウムは廊下に突っ立って、少年の方を見ていました。

「エウム、手伝って」

 促され部屋に入って、二人で車椅子からウジカを引っ張って、ゆっくりと寝かしました。部屋は、左端に二段ベッドがあって、二階にウジカを、一階に赤ん坊を寝かしました。レティスは横の窓のカーテンを開けました。

「日中、日当たりはいいから大丈夫でしょう」

 振り返り、目を細めて、廊下の方をずっと見つめている、エウムの肩に手をのせました。

「時間が遅いし、もう寝なさい。あたしはさっきの子の世話をしなければならないから。さっき教えた仮眠室、部屋の棚に毛布が何枚か置いてあるから、寒かったらそれを重ねて寝なさい」

 レティスはエウムの背中を押してあげました。体が傾きゆらりと揺れて、二三歩たたらを踏みました。レティスはエウムの横を早足で通り抜けて、オモチャの部屋へと向かいました。エウムは廊下に出て、彼らの方へ静かに近付いていきました。すぐに仮眠室へと行く気にならず、途中で立ち止まって、二人がいる辺りの闇を見つめました。しばらくすると、その遠くの陰の中から、ボソボソと小さな話し声が聞こえてきました。

「この猫のお人形で遊ぼうか」

「ん〜ん……」

「この猫の人形、皆嫌いみたいね……やっぱりこのギロギロした目が怖いのかしら」

「コレ……コレ……」

「車のオモチャね、あなたはコレが本当に好きね。じゃあこれを持っていきましょうか。静かに走らせなさい」

 二人の影が立ち上がり、ソロソロとこちらへ近付いてきました。

「もう寝なさい」

 脇を通り際、レティスはそう言って、そして二人は廊下の奥の部屋へと入っていきました。

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