44:出立
「ところで、お話にあった、保安所の療養所の子は、どうなったんですか?」
エウムがふと気になっていたことを、ジーニズに訊ねました。
「ああ、生きている……はずだよ。というのは実は、久しくあの街に行ってない。あの後、ナタールに話をした後、私はさらなる金花の研究のために、再び旅を始めた。ナタールに『この子を救ってみせる』と約束をしてね。ナタールは、私を信頼してくれた。『次に会う時までには、必ずゾーク氏と面会出来るように、こちらとしても手を打っておく』と約束してくれた。彼との“約束”も、守らなければいけない」
「あの……それで……私を、その国へ、その子に会わせて頂けませんか?」
エウムは両手をお腹の前辺りで重ねて、祈るような格好でジーニズを見上げました。
「私は幼過ぎて、何も知りませんでした。金花とは一体何なのか。そして、世界とは何なのか。私に、教えて下さい」
「ああ、そうか。教えて下さいなんて大げさだよ……私だって、何も分からない。だからこそ、旅をしてきた。
それに……ウン、そうだね。またあの街に行く頃合いかもしれない。本当は、出来たら、君の生まれ故郷に行きたいと思っているんだ」
「え?」
「私からもお願いしたい。君に、力を貸して欲しい。やはり、金花の起こり……輝くあの村に、私は行くべきだと思うんだ。そして、真実を知って……金花というものが存在する本当の意味を知って、そしてより良い方向へと物事が動いていくように、私たちは働き掛けなければならない」
そして、ジーニズは手を差し出しました。
「信頼の証だよ」
エウムも、お互いニコリと微笑み合い、優しく、力強く、握手を交わしました。
「まずは、少年のいる街へ行こう。実は、彼らを治療する……そのヒントを手に入れたんだ。それで、少年を回復させる。そして、金色の村へ。今度は、恐れない、逃げない。真っ直ぐに、真実を全て見よう」
「ハイ」
ジーニズはスクッと立ち上がり、服の裾をはためかせて動き出しました。
「さあ、そうと決まれば、早速準備をしよう。無駄に時間を過ごしている余裕は無いね」
「あの、ジーニズさん」
エウムが慌てた様子で呼び止めました。
「ン?」
「先ほどの話で……金花から出た白い煙の成分を調べていた時に……ゾークめ……と。あれは、一体どういう……意味なんでしょうか」
振り向いたジーニズの表情がそのまま止まり、彼は半歩後ろに下がりました。丁度、彼の顔の上に、横のタンスの影が重なり合いました。
「ゾークさんが逮捕されたのは、金花の研究に関してでしたが、やはり……。あ、あと“夢の植物”というのは一体……」
「ゾークはね、昔から……学校に入学する前からしていた“研究”があったんだ。ホラ……彼は真の天才だったからね、自宅の研究室で、若い頃から独りで研究をしていて……」
ジーニズはまた、半歩前に出て、影から顔を出しました。無表情な、平面な顔付きです。
「その研究資料を、一度見せてもらったことがあるんだが……まあうろ覚えでね……数値などほとんど正確に覚えていないんだけど……ね……その……金花の資料を見せてもらって……あまりに値が似ていたから……ちょっと、ちょっとビックリしたんだよ」
ジーニズは右手で頭の後ろを掻きつつ、ユラリと、右手を挟むように、タンスにもたれかかりました。
「ゾークは、夢幻の旅人だった。よく言っていた、『時の流れにより、肉体は朽ちても、魂は風となり、いつまでも、どこまでも世界を旅している。彼らは皆、それぞれが一つであり、そこには個は無く、意識は溶け込み、混じり合っている』と、ね。彼は、自身の研究の力によって、魂を肉体から離脱させ、風の中に存在するという魂たちと交信する……というようなことを、よく言っていた。私は、それは彼の口癖だと思って、いつも軽く聞き流していた……。まるで、その彼の研究資料の値と似ていたから、ふと言葉が漏れたんだよ」
ジーニズはいたって真面目な表情で、エウムにそう言いました。対する聞いていたエウムも、真面目で真剣な表情で、言葉を返しました。
「あたしは、村の儀式を受けた時に、夢のような世界で、母と会いました。母は、私が小さい頃に死んでしまったので……また会えたのがとても嬉しかったです」
「私も、夢か現か、死んだ母親に会ったことがあるんだ。私に『やるべきことがある』と言って励ましてくれて……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……まあ、そのことはともかく……」
ジーニズは窓の外の、吹く風に舞う砂を眺めました。
「……あの街に行けば、分かることだね。ゾークのこと、少年のこと、金花のこと、全部……」
「……ハイ」
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([第三節]了、次回より[第四節]へ)