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43:種を生み出す

 ジーニズは、静かに黙りました。そして、エウムの方をジッと見つめました。その目は本当に真摯な……何かを訴えるような、かすかな悲しみと、それとは反する希望の光とが交じり合った、複雑な色を持っていました。

 エウムは、訊ねました。

「少年は……何ですか?」

「少年は、」

 ジーニズは昏々眠る、ウジカの髪を撫でました。

「この子……」

 優しく、優しく、背中の金花を撫でました。

「なあ、エウム、この子は、何歳だと思う?」

「エ?」

 思わぬ質問で、目をまん丸開けて、ウジカを眺めました。

「あたしより少し下くらい……十何歳くらいでしょうか」

「この子はね、もう何百年も生きているんだよ。昏々と眠り続けて、意識の無いまま」

「意識って……どういうことですか。だって、私が色々話しかけると、ちゃんと返事をしてくれます。それはしっかりした言葉になっていないですが……応えてくれます。それに、何百年も生きているって……」

「この子はね……生きている子にこういう言い方をするのは申し訳無いが許してくれ……一種の、金花の栽培のための媒介なんだよ。何故、あの金花の村で、この子が殺されたりもせず生かされていたと思う? あの長老の、規律の厳しい世界で、どうして彼は病ということで酷く疎まれていたが、それでも最終的な手段を取らなかったと思う?」

「…………」

 ウジカが混乱して眉をひそめ、落ち着かなく体を揺らしている姿を見て、ジーニズは、話を続けることに辛さを感じていました。しかし、このことはどうしても彼女に伝えなければなりません。話を続けなければ、事は先に進まないのです。

「ウジカははるか昔の数百年前に、ある方術を掛けられて、特殊な体へと変えられているんだ。かつてのあの金花の村というのは、あの花は単に観賞のためのものとして栽培され、各国に売られていた。それが、ある代の村の長老が、金花を変質させる術を発見した。それによって、種や実に幻覚作用を持たせるようになった。

 それは、血と、熱と、光だ。エウムは気付いていたかい?

 ウジカの背中には、縦横に刃物で無数の傷が付けられている。丁度、格子状のように規則正しく刻まれた傷だよ。いや、見えないだろう。その傷の上は、金花が植えられているんだからね。彼は、背中を切り刻まれた。その時、噴き出た血は集められた。

 そして、彼の背中に、金花の種を植えた。普通に野に咲いている金花だ。あの村の男たちは、他の国の男たちと同様、元々は背中に花など生えてやしなかった。その方術のために、ウジカの背中に種を植えたのが起こりだったんだ。種は無気味にも、彼の背中に根を生やし、可憐な花を咲かした。

 そして、先ほど集めた血液を、太陽の光にさらす。難しいことは出来るだけ省くが、血液は通常、熱を加えると凝固するのだが、太陽光に含まれる紫外線が、ある一定量以上を超えて血液に浴びせると、特殊な化学反応を起し、再び液状化する。血の色は赤色から、真っ白に変化する。丁度、乳のような真っ白い液体に。そしてそれを、ウジカに飲ませたんだ。

 すると、ウジカの背中に植えた金花から生成されたエキスと、その真っ白い血とが混じり合い、反応、そしてウジカは大量の汗を掻き出す。汗といっても、それは霧のような目に見えない細かい水滴で、それが空気中に放散され、野に咲く金花の胚珠ハイシュに付き、金花の種が、幻覚作用を持つ種を作るようになる。胚珠は、成長して種子になる部分だからね。変種が出来るわけだ。

 薄々気付いているかもしれないが、君の村の男たち……金花を背に持った男たちは、皆、ウジカの子孫なんだ。ウジカを神の子と崇め、忠誠を誓った女に、ウジカの子をはらませた。彼の子供たちは皆、背に初めから金花を生やして誕生した」

 エウムが、強い鋭い視線でジーニズを見ました。

「ウジカは、村の皆に疎まれていたんです」

「エウム、国や村の歴史というのはね、長い年月が経つにつれて、そこに住む人々の記憶や伝承が次第に薄れていって、自国のことであっても分からなくなっていく謎というのが出来てしまうんだよ。あの村の人間でも、金花のこと……どうして発祥したかということを真実を知っている人が、一人一人、亡くなってしまったんだよ。唯一、最後までそのことを知っていたのが、現長老の父上様、つまり先代の長老様だったんだよ。しかし、エウムも知るように、先代の長老様は、村外への行商の折に、同村の女によって“食い殺され”てしまったから、まだ幼くして今の長老が任に就いた。先代は誰にもその事実を知らせずに亡くなってしまったから、もうあの村にそのことを知る人は誰もいなくなってしまった。ウジカのことはただ、『邪魔な存在』としか思われずに、疎まれるようになった」

 ジーニズは、眠るウジカの顔を見下ろしました。

「おそらくは今、君の故郷の村では、相当な混乱が起きているに違いない」

「どういうことですか?」

「このウジカは、金花の媒介なんだ。彼の発する“汗”が、金花に付着し、胚珠を変質させる。……つまり、ウジカがいなければ、育つ金花は、ただの美しい花。

 私が金花のことを調べに、故郷に帰った時には、既に金花の流入がおかしくなっていたという。君がウジカを連れて村を脱出したから、金花がただの花となり、売り物としての価値が無くなった。幻覚を持つ金花の産出が、あの村の大切な生命線であって、それが無くなれば、今頃てんやわんやの大騒動だろう」


 ジーニズは口をつぐみ、暫く沈黙が訪れました。

「あたし……村に戻りたい」

 エウムが、寂しそうにポツリと呟きました。

「お父さん、どうしてるかな。それに、長老様……」

 ジーニズはバツが悪そうに、自身の髪を掻きました。

「すまないね……エウム、君の、故郷の悪口を言ってしまった」

「……ジーニズさんは、あたしたちの村を憎んでいるんですか?」

 悲痛な、今にも崩れそうな切ない顔で、エウムは真っ直ぐ、そう訊ねました。

「……色々話が飛ぶが、私の幼少の頃の病を治してくれた、お医者様、彼女が必死になって治そうとしていたのは、ウジカなんだ。彼女の手帳に書かれていること……そこには金花のこと……輝ける花のこと、そして少年の病状の様子や、あらゆる治療法の研究が克明に記されていた。どういうきっかけで彼女がウジカのことを知ったかは分からないけど、彼女が望んだこと……ウジカの目を覚まさせ、そして金花をこの世から消すことを望んでいた。私は、彼女の意志を受け継ぎたい。それは……彼女を死に至らしめた病を、私が治せなかった罪滅ぼしの意味もある。もし私が彼女を治せていたら……彼女はその後も研究し続け、いずれはウジカを治してしまっていたかもしれない。私は、彼女の遺志を継がねばならないんだ」

「ウジカは、」

 エウムはベッドに近付き、彼の髪を撫でてあげました。

「ウジカは、村で、ずっと独りぼっちでした。あたしも、独りでいることが多くて、この子の辛さが分かる気がするんです。だって、この子は、自分の力で喋ったり、動いたり出来ない。それは、私よりずっと辛いだろうって……。だから、」

 エウムは、ジーニズの方に、切実な、真剣な顔を向けました。

「ジーニズさん、ウジカ、治りますか? 元気に、自由に、動けるようになりますか?」

 ジーニズは、内心、戸惑ってしまいました。勿論、はっきりと「治せる」と言いたい……けど、そう断言することに抵抗を感じました。かつて、必ず治すと心に誓って、死なせてしまったお医者様……あの記憶を思い出してしまったのです。が、しかし、それでも、

「ああ、治すよ。彼はまた、夢から覚めて、真っ直ぐな目で、エウムを見つめ返す。そのために私は、お医者様の手帳を……遺志を受け継ぎ、そして長く旅をして世界を見てきたんだ。こうして、私と君たち二人と出会えたことは、けっして奇遇でも偶然じゃない」

 そして、二人は眠るウジカを見つめました。エウムは希望を、ジーニズは勇気を、それぞれの手の中に握って。

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