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41:検査

 発作が終わり、汗や涎などの体液まみれになった少年を綺麗にしてあげようと、ナタールに頼んでタオルを持ってきてもらった。顔から丁寧に拭いながら、彼の体の検査を始めていった。

 全身を拘束していたおかげか、ぶつけたりなどの大きな傷などは無かったが、皮膚の荒れようが凄まじかった。体中に出来物や炎症が表れていた。ほとんど全身が真っ赤にただれ、デコボコになっていた。幾つか手持ちの軟膏があったが、原因がはっきりしないので、とりあえず塗るのは止めておいた。

 それから彼の血液を採取し、療養所の医療器具を借りて、一通りの精密検査を行った。血を抜き取った時には驚いた、薄く白っぽくなっていたのだ。すぐに成分の異常を疑って、血液検査を行った。

 そして分かったのが、まず白い色は、色素成分の異常。それ以上に驚いたのは、血液中の数パーセントに、常識的にありえない、まるで見たことの無い謎の成分が含まれていたことだ。私はナタールに頼んだ。

『金花のサンプルは無いでしょうか。その成分を調べてみたい』

『一応ですね……ありますよ、既に調べられています』

『あるんですか、資料が』

『ただ、これは我々の機関で調べたもので、ゾーク教授のものとは違いますよ。成分分析をしましたが、幾つもこれまでに見たことの無い謎の成分が見つかっているんです。これに関しては研究が滞っている状態です。ゾーク教授を除くと、氏ほどの卓越した薬学知識に優れた研究者がいないのです。でも、あなたなら、何か分かるのでしょうかね。……研究室に、行きましょうか』


 そしてとりあえず少年の部屋を後にして、先ほどの廊下正面の部屋へ案内してくれた。入り口を入ってすぐ右手に曲がると、すぐ正面と左手に部屋の扉があった。正面の扉には“関係者以外立入禁止”の札が掛かっており、私たちは左手の扉へと入っていった。その扉の中に確かに入るまで、背後にいた見張りの男が、鋭い眼でこちらを見ているのが、背中越しながらはっきり伝わった。

 部屋は非常に狭く、ど真ん中に置かれた大きな研究用の机が、部屋の大半の空間を占めていた。ナタールはその机と壁とのわずかの隙間を、横向きに歩いて奥へと向った。そして壁に格子縞に並んだ引き出しの一つを、横から手を伸ばしてソッと開けて、シャーレを一つ取り出して、机の上に置いた。彼はそのまま慎重に、真っ直ぐ下に腰をおろしていって、机の下から椅子を引き出して座った。ギリギリ座る程度の隙間はあるらしい。

『どうぞジーニズさんも、机の下に椅子が入り込んでいますので、上手く出して座って下さい。狭くて申し訳無いです』

『では、失礼して』

 私も真似をして横向きに隙間を通って、彼の横の角の辺りまで行って、椅子を出して座った。見張りの男は、さすがにその立派な厳つい体は部屋に入らないので、入り口の前でこちらを睨んで立っていた。

 改めて机に置かれたシャーレを眺めた。中には金色の粉が少量入っていた。種を砕いたものだろう。

『えっと、それで……これが……』

 ナタールは体を後ろに向けて反らして、また引き出しの一つを開けて、角を黒いヒモで束ねた厚い資料を取り出した。

『これが、この金花を調べた時の資料です。見て下さい、全く未知の成分だらけなので、名称を仮にA、B、C、Dと付けてあります』

 資料を受け取って、パラパラとめくって見た。成分Aが十パーセント、成分Bが二十五パーセント、成分Cが四十パーセント、成分Dが十パーセント、……そして十五パーセントの油脂分。

『ナタールさん、アルコールを用意して頂けませんか。そう、麦芽で作られたビールがいい』

『あ……はい、オイ、持ってきてくれ。大丈夫だ』

 見張りの男が少し迷う気配を見せながら、しかしすぐ駆け足でビールを取りに行った。勿論私自身は何も変なことをするつもりは最初から無いが、それ以上に目の前の資料に目が釘付けとなってしまった。並べられた数値……それは私にとって何て……何て魅惑的な値を示していることだろう。

 やがて、缶のビールを、すぐにその辺の販売機で買ってきてくれて、机に置かれた。私はもう一つ、新たにシャーレを借りた。それは専用の蓋で閉めると、中を完全に密閉出来る、完全気密性の特殊なシャーレだった。そこに粉を一摘み、取って置いた。

 そして、中へ静かにビールを注いでいった。途端に濃密な甘い香りを漂わせて、混ざり合った中から白い煙が上がってきた。

『蓋を!』

 私は素早く、横に準備しておいた蓋を取って被せた。透明のシャーレの中で、絶えず煙が湧いてきて、中は真っ白になって何も見えなくなった。

『だ、大丈夫ですか?』

『ええ、この煙は予想通りです。それより、この煙の検査をさせて下さい。機材を貸して頂けませんか』

『それは出来ない!』

 真っ先に返事をしたのは、見張りの男だった。

『機材のある部屋は完全な機密箇所だ』

『いや』

 その荒げた声を制したのは、ナタールだった。

『今いるこの部屋でしたら、構いませんよ。この部屋に機材を持ち込みましょう』

『ありがとうございます』

 そして指図されて、渋々ながら見張りの男が、立ち入り禁止の部屋から機材を運んできた。

 さて久しぶりに学生の頃に戻った気分だった。一緒に借りた、白衣にマスクに手袋を身につけて、シャーレを手に取った。そっと、機械中央の、透明のケースの中に置いて、ケースの蓋を閉じた。ケースの両脇に開けられた丸い穴と、抗薬品仕様になっている手袋の腕の輪の部分とが、ソックリ沿って繋げられていて、ケースの内側の壁にくっ付くようにして手袋が入っている。中に手を差し込めば、ケースの蓋を開けずに、中の物に触れられる仕組みとなっている、検査用の特殊なケースだ。私は手を突っ込んで、ソッと中のシャーレの蓋を開けて、煙をケース内に開放した。そして、装置のスイッチを押すと、ケース下に開いている穴から煙が吸い取られ、機械内の管を通って、試験用の缶の中へと送られていく。この缶の中で実際の成分分析が行われていく……。


 三時間後、外はすっかり暗くなっていたようだった。私は調べた結果をまとめて書いた資料を掴んで、ジッと見つめていた。

『クッ……』

 ため息じゃない、しかし何とも苦々しい空気が、かすかな笑い声と混じって、変な声を上げた。

『ハハハッ……なるほど、なるほど、これは、驚きだ。……ゾークめ』

『ジーニズさん、どうしたんですか。教えて下さい!』

 私は段々と頭痛を感じ始めていた。その痛みを抑えるように……資料で頭を隠すように、腕を上から覆った。

『恐ろしい、恐ろしい、私は何て愚かで、幼かったのだろう。これは神よりの私への天罰なのか。何という偶然だ』

『ジーニズさん!』

 私は手を退けて勢い良く顔を上げて、ナタールを見た。ナタールは驚きたじろいだが、すぐ背中は壁があるわけで、動くに動けない。私はソッと彼の顔に、自分の顔をくっ付くほどに近づけた。

『ナタールさん、これは間違い無く、夢の植物です。ほぼ限り無く完全に近い、しかしその代償も残しているが、しかしこれこそ……これこそ……アァまるで幻を見ているような気持ちだが、しかしこれは幻ではない!』

 そして、無音。凍ったような部屋の空気。そして、それ以上に冷たく鋭い目つきのナタールの顔。

『ジーニズさん』

 厳しい目つきで、私を見下ろすように……彼は立ち上がって言った。

『自ら仰っていることが、分かっていますか。あなたは、あの少年をボロボロにしたこの花のことを、肯定するおつもりなのでしょうか』

『肯定……そうじゃありません、すみません、熱くなり過ぎました』

 私は両手を重ねて指を絡め、それを見つめながら落ち着いて語った。

『すみません、ナタールさん。説明します、ちゃんと説明します』

 ナタールは唇を硬くしめて、腕を組んで、真っ直ぐ私を睨み付けた。

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