04:ウジカの不思議な力――事件発生
食事も終って、エウムは片づけを済ませると、しばらくウジカと「遊び」ました。やはりウジカの体の体操の意味もあったのですが、それ以上のウジカは凄い才能を持っていたのです。
「いい? ここに十枚の紙があるよ。この中に丸を書いた紙が一つだけあります。さあそれはどれだ?」
エウムは持ってきた紙に、一つだけ何か目印を書いて、それを裏に伏せたままウジカに見せるのです。ウジカはその紙のことは何も全く知りません。
「…………、……」
ウジカはヌウッと手を伸ばして、紙の上を右へ左へ動かして……ある紙の上で止まって手をのせました。
「それ?」エウムは少し目を見開いてウジカにたずねました。ウジカはコクリとうなずきました。
「正解、凄い凄い」
エウムはウジカの手を退けて、その紙を裏返すと、ちゃんと丸が書いてありました。
「ウジカは紙が透けて見えるの?」
それはウジカのとても不思議な力でした。
今日はもう時間も遅いためまだ簡単なことでしたが、ずっと前に、エウムが食事の片づけをしている時、ウジカは突然、地面に指を立ててなにやら絵を描き始めたようなのです。それまでそんな姿は見たことがなかったので、何を描いているのかと興味津々覗き込んでみました。震える手で書くのではっきりは分かりませんが、大きく立派な三角形の上の角に、これまた大きく太い十字架がつけられて、その三角形の囲まれた中には丸模様が。もう一つ、水の雫が落ちてくるような涙の形が、その十字架三角の真上から降りかかるように垂れている……そんな絵でした。
はたしてそれが何を描いたのか全く分からなかったけれど、エウムはただウジカがそんな絵を自分から積極的に描いたことが嬉しくて、「凄い凄い!」と、とても興奮して拍手しました。エウムはその地面を削って掘り出し、絵ごと土くれを、木箱に入れてしまっておきました。それはきっとウジカにとって、とても大切な宝物になると思い、木箱はウジカの部屋の隅に大切に置いておきました。
さて数日後、長老様の家である事件が起きたのです。長老様の家に村の宝として保管してあった、ある丸い宝玉が消えてなくなったのです。怒り狂った長老様は、村の者どもを村の中央の広場にいっせいに集め、次々に尋問をはじめました。
「貴様が盗んだのか!」、あるお腹が林檎のようにまるまる太った男のところで、長老様は止まって、厳しく声を掛けました。
その声に恐れをなしたのか、林檎腹は何か気まずそうに眉根をひそめて、ブルブルと指先を震わせ縮こまるばかりです。その男は村一番の怠け者で有名で、時に人の家に忍び込んで食べ物を食い漁ったことが何度かあったのです。
「貴様……宝玉をどこにやった!」、林檎腹の煮え切らない態度に完全に怒った長老様は、男の頭を踏みつけて地面に押し付けると、男の背中に生えている金の花の茎を掴んで、引っ張りました。根がしっかり体に食い込んでいますので、背中の皮が伸びて、ギリギリ……と背中がきしんで音が聞こえるほど強く引っ張られています。
「ア、ガ、ガ、ァ、ウゥ……!」
林檎腹の声にならないほどの悲痛な叫びが漏れるように聞こえます。花の根は体の骨に絡みつくように生えていて、絶対に抜けることはありません。また茎の中にも骨のようなものが入り込んでいて同化しているのです。
何度も、何度も、引いて、引いて! 拷問を続けましたが、一向にらちがあきません。すると、それを見ていた長老の側近はたまりかねて、「もうそのぐらいで……この男は少々頭が弱いのです。花の痛みは神経に響く痛み。どうかお放しになって、詳しく話を聞きましょう」と言いました。
長老様の足元からは……ハァハァハァ……地面に顔をつけるように伏せていて、男のくぐもった息が寂しく聞こえました。
「宝玉を盗んだとなれば、簡単に許される罪ではないぞ」
「お前はそこまで落ちてしまったのか」
「さっさと白状しろ」
「こいつは働かず、親には今でも迷惑をかけているんだぞ」
「こんな奴、追放してしまえ」
「そうだ、働かない奴など死罪と同じだ」
「死罪にしろ、死罪にしろ!」
周りからそんな声が、囁きから叫びへと声がどんどん強く大きくなって、地面の男に降り注がれました。死罪というのは、この村の定めで「背の花を全て強引に抜き取る」というもので、根に骨が引っ張られ、肉が裂け、体がバラバラになるのです。
林檎腹を取り囲むように村人が幾重に輪を作っていて、その場を遠くから眺めていたエウムは、ふと目を外にそらすと、遠くの方からオズオズとした物腰でその場を見ていた男の両親を見つけました。両親の近くにいた人が、ふと振り向いて彼らを見ると、両親はスッと顔を横に向けてしまいました。気まずく思ったのかと思えばそういう様子でもなく、唐突にどこぞ歩き出して、その足で輪の方に入っていき、長老様のところへ近寄りました。
「長老様、こいつはいつまでも家で寝てばかりのまるで怠け者、まるで働くことをいたしません。どうかこいつを成敗してやってくださいませ」
「何を言うか、それを育てたのはお前たちだぞ。お前たちが何とかすることだろう」
「私らの言葉などまるで耳を貸しません。長老様の仰られることならば、いくらこいつでも意味ぐらいは分かるでしょう。どうか長老様の手で……」
長老様は両親の言うことにも少し呆れたようで、やや困ったように渋い顔を作りましたが、ややあって気を取り直して、あらためて林檎腹の方を向きました。
「顔を上げろ」
静かな落ち着いた長老様の声に、男は恐る恐る上を向きました。
「盗んだのなら、ただちにここに出せ。さすれば命は助けてやる。ただし、村を追放だ」
すると林檎腹は何か目じりに悲しみのような細いしわを作って、オロオロと顔を横に振りました。
「盗んでいないというのか、では何故先ほどはあれほど動揺した? 後ろ暗いことがなければ怖がる意味はなかろう」
しかし林檎腹は、相変わらず首をブルブル震えるように横に振るだけで、一向に要領を得ません。すると、ある一人の長老様に仕える仕官が、「長老様、こやつの服をはぎましょう。もしや体のどこかに隠しているのかもしれません」と言いました。
フム……と頷き、長老様は数人の仕官に指図をして、林檎腹の手足を押さえて、全て素っ裸にはいでしまいました。しかし、服の隠しは勿論、体にあるあらゆる隠し場所や、薬を飲ませて嘔吐さえさせましたが、しかし宝玉は出てきませんでした。
結局、その場では答えは出ないまま、長老様の提案で、「長老様と仕官で、村人全員の家を取り調べる」ということになりました。林檎腹の家は勿論、エウムの家も、ウジカの家は……特別にエウム一人で調べられました。しかしどこの家にも見つからなかったのです。
「長老様、もしや盗賊が入り込んだのでは……」仕官の一人がそう呟きました。
「かもしれぬな。この村は周りは金の花で埋め尽くされているが平原だ。監視の者によほどのことがない限り何か見落とすとは考えられぬが……」、長老様は見張りの者を前に並べて、睨みつけました。
「交代で昼も夜も見張っておりましたが、怪しいものは何もありませんでした。風がやや強く吹いていて、花がいつもよりはうるさくざわめいていましたが」
「そのざわめきで、人の足音を聞き逃したのではないか?」
「そう言われてしまうと……」
……結局、見張りの証言があいまいなので、盗賊が入り込んだということに決まってしまったようでした。
「愚か者め! 貴様らには後で相応の罰を与える!」
最後に長老様は激昂し、一人の見張りの頭を杖で叩いて、邸宅の方へと戻りました。そしてその事件はひとまず終止しました。