38:ゾーク逮捕の様相
『これはこれは、初めまして』
中で豪奢な肘掛け椅子に座り、待っていたラビスティ教授という男……髪を剃っているようで頭は丸坊主、顔は潰れているのではないかというほどの深いシワが幾重も重なっていた。かなり歳を召された人だと思った。しかし、その見た目に反して、声は非常に艶があり、まるで若者のような綺麗な声をしていた。その差があまりに大きくて、しばらく違和感を消せなかった。
『初めまして、私はジーニズ・ホーチという者です。逮捕されたという、ユ・ゾーク教授のことについて、是非お話をお聴かせ頂ければと思い、ご無礼ながら御大学を訪ねた次第です』
『ええ、彼から聞きましたよ。それじゃあ……』
ラビスティ教授は、目を、後ろに控えていた彼に送った。
『失礼します』
彼は一礼して、部屋を出て行った。
『では、ジーニズさん、詳しくお話お聞きしましょうか』
『早速ですが、単刀直入にお話します。私は、とある研究に関して、ユ・ゾーク教授の知恵を借りたく、この国へと参りました。しかし肝心の氏が、現在は逮捕されて連絡が取れない。仕方なく、とりあえずゾーク氏が勤めていたこの大学へと参り、何らか手段は講じれないかと思いまして、唐突ながらお訪ねした次第です』
『なるほど、その研究は、薬学の知識が重要なのかね?』
『ラビスティ教授は、金花……という物をご存知でしょうか』
『ええ、よく知っていますよ。ゾークが熱心に研究していましたからね』
『やはり! 私は、その金花というものが一体どんな物なのかを知りたくて、ここへ来たのです。何らか、研究資料などを見せて頂くことは出来ないでしょうか?』
『ゾークの作った資料は、全て没収されてしまったよ、逮捕された時にね』
『…………』
『彼は、自身の体を実験体にして、様々なことを調べ上げた。栽培、効力、その他色々なことを。彼が狂ったのは……金花のせいだ』
『実は……』
私は、彼に近付き、目を大きく開けた。白い眼を見せた。
『それは……』
『私も、このような状態でして……』
『飲んでいるのか?』
『いえ、私の場合、強制的に飲まされたもので、それからは金花を飲みたくとも、手元に金花が無い所にいたんですよ。相当もがき苦しみましたが、苦闘の末、次第に体から抜けていきました。ただ、目はおかしくなってしまいましたが』
『なるほど、その手の甲の傷はそういうことか』
『ええ』
私は袖をめくって腕を見せた。そこには大きな傷跡が縦横に走っていた。
『よく生きていたもんですな。狂い死んでもおかしくないというのに』
『もしかしたら、母に会えたことが、何か私に力を貸してくれたのかもしれません』
『母親?』
『ええ、……七色に分裂した太陽の光の影に、母の姿を見ました。あんな温かな心地良さは、しばらく忘れていました』
『それが、金の花の力だとしてもかな?』
私は動きが止まって、真顔になってラビスティ教授を見た。
『そう……ですね。あれが、本当に幻なのか。……でも、あの時の私の心の底より感じた慶びは、幻のようには思えません』
『……それをはっきりと調べるため、だったな。そういえば、彼も……ゾークも体中に傷を作っていたからな。“衝動”がどれくらい、どのようにして起こるかを調べるために』
『何か、何か少しでも資料はないでしょうか? ……一番は、彼と会うことですが。そもそも、ゾークは何故逮捕されたのでしょうか?』
『彼は……その金花の成分が、いったいどのような影響が人体に及ぶのかを、つぶさに観察したかった。そのための金花の被験者に、この学校の生徒、十名が彼に呼び出された。皆、ゾーク教授の授業やゼミ参加者の生徒だ。もちろんそのことは内密に行われた。彼がどのような実験を生徒に試したのかは知らない。が、ある日、その実験のことをどこかで聞きつけたのか、保安隊が突然、ゾークの研究室へと乗り込んできた。ゾークの実験のことが公に知れたのはこの時だ。ゾークは表向き、学校側には単に“新薬の開発”という研究テーマだとしらせていたが、裏側で誰にも知られないように金花の研究をしていた。だから、この学校の学長も、教授も誰も、彼が金花に手を出していたとは全く知らなかった。勿論私もだ。
保安隊は、ゾークを即逮捕、生徒たち十人も、保安隊の管理する医療施設へと連れられていった。彼らはまだ保安隊の管理下で治療を受けているはずだよ。そして保安隊の公表で、事件の真相が告げられた。ゾーク教授は、人体実験で生徒たちの体を利用し、生徒たちは恐ろしいほどの多量の金花の種を与えられ、脳に甚大な障害を残した。保安隊病院で治療を受けているが、完全な回復の見込みは無いと。そして、何週間か経って、生徒十人の死亡が確認された、ということらしい』
何か、ゾーク教授の喋る様子に、違和感というか、気になった。
『あなたのその言い回し……ちょっと気になるんですが、ひょっとして、その公表を信じていないんじゃないですか?』
『私、というよりは、さっきの彼が、ですね。あなたをこの部屋まで案内した彼。彼はゾークの一番弟子みたいなもので、学校での研究は勿論、ゾークの自宅の研究所まで行って、一緒に研究さえしていたんですよ。その彼が、ゾーク教授の逮捕はおかしいと、最初から疑っていたんです。私は、彼の言うことにどことなく信憑性を感じました。何しろ彼は、ゾークが金花の研究をしていたということを、全く知らなかったというんですからね。一番弟子である彼に、実験をするということを全く知らせていなかったというのは、どう考えてもおかしい』
『保安隊ぐるみで、ゾーク教授が何らかの意図を持って秘密裏に研究をしていた……と考えられなくもないですね。ちなみに、ご存知でしたらお伺いしたいのですが、その生徒たちが収容された病院というのは、どこでしょうか。もし“正規に”彼らの治療がなされたとするなら、そちらへ出向くのが一番のように思いまして』
『それだったら、イーア君に聞くといい。さっきの一番弟子の彼のことだよ』
そして内線電話で、彼……イーア君が再び部屋に呼び出された。ゾーク教授より説明を聞き、あまり納得していない様子に思えたが、手を差し出してきて、握手をした。
『しかし、病院に行っても、意味ありませんよ。私だってもう行ったんですから。結局はぐらかされて追い出されました』
『だったら、その入院した生徒たちの両親に会えないかな?』
『それも無理ですね、実は生徒たちは皆、それぞれ色々複雑な家庭事情を持った生徒ばかりで、身元なんてものがもう無い連中ばかりですから』
『なるほど、だから保安隊の方も、事件をある程度はぐらかすことが出来たのかもしれないな。だったら、その連中の知り合い……友達とか、その線での繋がりはどうだ?』
『ありませんよ。というかその事件を境に、退学者が増えましてね。被験者の生徒たちと知り合いと思われる奴らは、皆いなくなってしまいました。連絡も取れません。……何らか、圧力が掛かっているように思えてしょうがないんですけどね』
『そうか……八方ふさがりということか』
『いや、そうでもないかもしれないよ』
何かを思い出したように、ラビスティ教授が手を叩いた。
『うちの生徒に、一人、保安隊に関係する子がいたと思うよ。たしか……父親が保安隊に勤めているとか』
『ああ、ニースキー君ですか』
『そうそう、父親の仕事のことに関しては一切言いませんとか言っていたそうだが、何とか上手く話を聞き出せれば……』
『駄目ですよ』
イーア君がはっきりと、首を横に振った。
『ニースキー君ですがね、もう何日も行方不明なんです。友達の二人とともに、どこかへ失踪してしまったようです』
『本当かいそれは?』
『ええ、父親の方も、学校に事情聴取に来ていたんですよ。けど、何も得ることが無かったと。完全な雲隠れみたいです』
『その、ニースキー君という子の父親に会ってみたいな』
『家は知ってますから、一応ご案内はできますけど……』
そして私はイーア君にまた案内されて、そのニースキーという子の家へと向った。