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33:乗り込む決意

 すると真昼の暑い中に、彼が……林檎腹が、フラフラと危ない足取りでこっちへ歩いてきた。よく見たら、彼は全身に酷い怪我をしていた。殴られたか……蹴られたか……デコボコに歪んだ顔に血糊を付けて、ここまでからがら歩いてきたって様子だ。私は慌てて飛び出して、彼を担いで洞穴へと運んだ。

『酷く殴られたみたいだな、どうしたんだ』

『ダメ……だった……』

『奥さんの説得がか? しかし……それが理由で殴られたのか、何て女だ』

『いや……ダイジョウブ……ダイジョウブ……』

『嘘を言うな、幾つか骨折してるぞ……ヒビくらいだが』

 それで、とにかく手当てをしてやった。しかし……驚いたよ、彼の回復力に。彼の傷口に薬品を付けて、数秒も経ったらもう傷跡が綺麗さっぱり無くなっているんだ。骨折の方も、こっちはもう少し時間が掛かったが、最初は少し動かしただけで顔をクシャクシャにしかめていたのに、しばらく横にさせているだけで、すぐに多少の動きでは痛みを感じなくなっていた。多分、背中の金花が影響しているんだろうな。どういう作用か、鎮痛の物質が背の花から流れ込んだか……。確かに金花の種は鎮痛の効果を持っているからな。

 よく体を調べたら、彼は全身傷だらけだ。あと彼の脳の障害の様子といい、憶測で失礼かもしれないが、おそらく相当、村では酷い目に遭っているのだろうなと想像された。しかし、それでもこうして生きながらえているのは、尋常じゃない彼の回復力によるところかもしれないなとも。

『ちっとも、しんじてくれなくて……』

『……無理もないな』

『かならず、かならず、つれてくるよ。センセイ、もうすこし、まっててくれよ』

『いや、もう待てない。行こう。私が直接、彼女に話をしてみるよ』

『ダメだよ……それはダメだよ』

『どうしてだ? 一日でも延びると、それだけあの子はドンドン悪くなっていくぞ』

『ダメだよ……』

 彼は俯いてしまい、そんなか細い声を漏らした。しかし、私はもう我慢の限界だった。一度あの子の症状を見た以上、放っておくわけにはいかない。私は彼の言うことを聞かず、洞穴を出て、草原の先を指差した。

『村へ案内してくれ』

 林檎腹は、しかしまだ渋って、五本指を胸に立てて掻きむしるように、落ち着かない様子だ。

『大丈夫、私から長老様に説明をするよ。お前には迷惑をかけない。だから……早くしないと本当に危険なんだよ』

『…………』

 彼は無言で、私の目を真っ直ぐに覗いた。彼の瞳は濁ったガラスのようだった、硬い半透明の白い光が中に映り、少しでも力を加えれば簡単に砕け散りそうな危うさを持っていた。彼の目はずっと私を見ていたが、その目の中に込められた彼の意識が、私の目と彼の頭の中を行き来して、どうするべきか逡巡しているのがよく分かった。

 やがて、彼は無言で歩き出した。私の横を過ぎる時、スッと横目で私を見て……その瞬間彼はかすかに縦に頷いたように見えた……そして先頭に立って進んでいった。私はホッとして彼の背中を追った。


 先日の大樹の方向とは少しずれて歩いていったが、右手に大きくそびえ立つその姿が見えた。何分か歩いたが、私はすぐにもう多少の目眩を感じ始めた。昼間の天の真っ白い光は、それ自体が何かの凶器のようで、熱と共に鋭い光の刃が、肌に突き刺さるようだった。それは正直“痛み”として感じるほどだ。私はとにかく、頭に白い布を被り、少しでも熱と光を避けられるように対処した。が、あまり効果も無いようだった。苦痛は段々と、確実に私の心身を痛めつけていった。

 そんな中でも、林檎腹は全く気にならないように歩いていく。足取りは……先のやりとりのせいで重々しい様子だったが、空からの太陽熱の放射はまったく気にならないようだった。この村の人間なんだから当然といえばそうかもしれないが、改めて彼の体力の凄さを理解した感じだ。

 そしてしばらく、私はモウロウとした意識で歩き続けた。この辺りの細かい記憶はほとんど残っていない。ただ真っ白く色の飛んだ草原の上を、フラフラと林檎腹の背を追った。

 やがて遠くに黄金の花畑が見えてきた。真っ白く輝いている花畑が。まるで夢を見ているような心地だった。天国という所があるなら、きっと今私の歩いている所と同じような情景じゃないかと思った。足を踏みしめても、まるで雲の上を歩いているような、フワフワと足元がおぼつかなくて、空を歩いているような感じを覚えた。

 実際は、私は熱中症か脱水症状か起していたのだと思う。足元がしっかりしないのは、急激な体調の崩れだ。ただ、あまりに幻想的な光景を前にして、そんなことを考える思考も飛んでしまっていたんだと思う。文字通り「夢心地」な気分で、彼の後をついていった。金の花を背につけた彼は、さながら天使のように見えた。


 ふと気付いたら、林檎腹が立ち止まっていた。私は彼の見ている先を窺った。そこには、一人の女性が立っていた。きっと林檎腹の奥さんだろうと思った。私の頭はもう半分いかれていたので、目もおかしく、相手の姿をしっかりと見ることは出来なかったが、髪が長く、体付きも細身で華奢だったから、多分女性だろうと分かった。

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