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32:診察

 それから……一日、二日、三日経った。待てども待てども、彼は姿を表す気配が無かった。私の体調は次第に回復していって、すっかり普通に歩けるように回復した。

 そして、五日経った日の夜、彼がようやく洞穴に戻ってきた。砂利を踏みしめる足音が、私には別の意味でも嬉しかった。渡された水などがもう無くなりかけていて、私自身も危なかったからだ。もうあと二日も経って来なかったら、私は強引でも村へ行く決心を固めていたところだった。

 彼は……そのコを連れてはいなかった。

『どうしたんだ』、そう聞かずにはいられなかった。

『アンタ、カラダはもう、だいじょうぶか?』

『ン、ああ、もう回復したよ、ありがとう』

『ムラのはずれに、おおきなキがたってるんだ。タイジュだ。ソコにコドモをつれていくことにした。そこまできてほしいんだ』

 林檎腹が言うには、やはりこの洞穴に連れてくることは出来なかった。しかし女と相談し、私を……マホウツカイということらしい私は……大樹の下で待ち合わせすることを取り付けたという。

『けど、タイジュも、ムラにちかいからアブナイ』

『ああ、気をつけるよ。大丈夫、行くから。私はお前に、死にかけたところを助けてもらったんだからな。その恩は必ず返すよ』

 私は林檎腹に固く約束した印の意味で、手を出して握手を求めた。しかし、彼は意味が分からず、しばらくマゴマゴ、手と私の顔を見回した。どうも彼らの文化に、“握手”というものが無いらしい。『信頼の証だよ』と説明して、彼の手を取った。


 そして夜、二人で洞穴を出た。外に出ると、辺りには沢山、巨大な岩がゴロゴロと転がっていた。私は、大きな一枚岩の下の、地面の土が掘られた奥の所にいたらしい。岩石の右手の先は、荒涼とした砂漠だ。空には月が高く小さく昇っていた。改めて見て、この広大な砂漠で倒れて、よく助かったものだと思った。

 左手の先は、遠くまで草原が続いている。林檎腹は、その草原を踏みしめて先に歩いていった。私も、林檎腹の後ろについて、その大樹の下へと向った。葉には夜露がついていたので、たまにそれを千切って、しゃぶるように表面の水滴を飲みながら、目的地を目指した。

 彼は、右に左に、危なっかしく体を揺らしながら、時折転げそうになるから、私は慌てて支えてやったりした。彼はお礼代わりのように頭を掻いて笑うと、懐から木の実か何かを取り出して、それを口に放り込んだ……まあ多分、金花の種か何かだろう。するとたちまち足元がしっかりしたようで、真っ直ぐ歩き出した。

 そしてついに近くまで来た。月はこちらの背中から明かりを差していたが、かなり遠くに止まったからよく見えない。

『さきに、みてくる。ちょっとまってろ』

 そう言い残して、林檎腹は抜き足差し足、キョロキョロと頭を回して、あからさまに怪しげに、樹へと近付いていった。

 遠くの根本から、彼の影の手が上で振られた。『来い』ということだろう。私も、辺りを十分に警戒しながら、腰を低く屈めて、彼の元へ急いで向った。


 “少年”は木のかたわらに寝かせられていた。茶色い埃まみれの地味な布に包まれて、寝息を立てているのか分からないくらい、静かに彼は眠っていた。口元に手を当てれば、かすかに弱弱しくはあるが息を感じた。体温は、これが異常に低く、まるで死体を触っているかのように冷たかった。子供がこのように弱まり死に掛けているというのは、酷く頼りなく切ないものだ。私は彼の頭の上から足の先まで、くまなく症状を確かめた。間違いなく、金花による何らかの中毒……最悪の症状が出ているのだと思った。症状は重く、その時の私の手持ちの道具などでは、とても治せそうに無いと思った。だから、私は林檎腹にこう言った。

『これは今すぐに治すというのは難しい。出来れば、私の家の病室に入院させられれば一番なのだが……村を出て』

『…………』

『ところで、お前の奥さんはいないのか?』

『……おいてきた』

『彼女とも相談がしたいな。どの道、このままじゃあ最悪の場合がありえる。お前さんが主だとしても、奥さんの同意も必要だろう』

『……もうかえることにする。すこしかんがえるよ』

 林檎腹は意気消沈して肩を落とし、“少年”を背負って帰っていった。


 私は、彼から幾らかの水と食べ物をもらって、またあの洞穴へ戻った。食べ物は、随分懐かしい果物をもらった。全体に無数の刺の突き出た丸い果物だ。私が昔、遠く東の方の国へ旅した時に食べた物と同じだった。私はそれは好物だったし、食べ慣れた食べ物でもあったから、帰り道、随分嬉しくそれを食べたのをよく覚えているよ。

 洞穴で夜を過ごし、昼間は……ずっと奥の陰の中にこもっていては心身に良くないと思ったから、出来るだけ外にと、出口の一枚岩の天井のすぐ下の陰で、ソッと身を横たわらせて、外の景色を眺めていたよ。

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