30:送られた手紙
「実は金花の村のことは、噂や話は昔から聞いていたが、実際に行ったのはごく最近なんだよ。七年か八年前か……もっと前だったかな、はっきりしないが。まあ君くらいの若い子からすれば『昔』といえる頃かな。
村のことについては、偶然だが、私の知り合いに、あの村の長老と懇意にしている女性がいてね、その女性から少し話を聞いたんだ。長老が彼女に、愚痴のように零していたみたいだが、大変な事が起きたと。ああ、ちなみにその話を聞いたのは、もっとずっと前の話だよ。村の人たち皆が、酷い疫病に掛かったという。見ての通り、私は多少、医術というには偉そうだが、病に関しての知識は多少あるから、その人は私にその話をしてくれたんだろう。花の病だということだが、一つ興味が湧いてきた。
村中の金花に、突然、黒いまだらの模様が浮かび上がったと。それが、村の男たちの背中の金花にもうつったという話だ。その女性は、直接、長老様の背中も見たらしく、一見した印象では、輝く金色の中に真っ黒な点がボツボツと浮かび、毒毒しい色彩ながらとても綺麗に見えたそうだ。
女性は長老から、その病に置かされた背中の花の、花びらを一枚受け取ったんだ。その時の長老は、その病を何とかして治そうと、世界中を旅して、優れた医者を探していた。当然だろう、村の特産であり貴重な資源の金花が、毒されて全く売れなくなった。自分自身の命のこともあっただろうが、村の人たちのことも相当心配していたそうだ。
私はその花びらを見せてもらった。斑点の黒色が周りに滲み広がって、全体が濁った茶色になっていた。彼女は持っていてもしょうがないといって、私はそれを受け取った。まだ持っているよ」
ジーニズは白布をめくって出ると、部屋の角の物入れ棚から、折りたたまれた布を持ってきました。それをエウムの前でゆっくりと開きました。
はたして花びらは、まだ枯れ朽ちず、その形をしっかり残していました。色は、コハクをもっと泥で濁したような感じです。ジーニズが軽く手を振ってみると、硬化しているようで、カタカタと石のように揺れました。
「こうして改めて見ると、やっぱり綺麗だな。濁ってはいるが」
「これを、お調べになったんですか?」
「私がか? この頃はあまり興味が無かったから、実はずっとほったらかしていたよ。むしろ、金花の村の人間に強い興味を持ったな。何しろ、背中に花を咲かせているんだからね。
そして……それから何年も経って、私は急に、金花の村へと行くきっかけを得た。先の金花のマダラの件とは別に、村の人から一通の手紙を受け取った。子供が酷い病におかされていて助けて欲しいと。手紙はこの小屋に送られていたが、丁度私はその時、ある大国へ、高官の治療に旅立っていた。手紙が届いて、何ヶ月も後になってようやく中を見た。もう手遅れかもしれないと思った。しかし、村自体にも惹かれていたし、行ってみようと決めた。
広い荒涼とした砂漠を越えての旅で、これまでで一番大変な旅だった。何より、太陽の光が凄まじかった。あの砂漠は、村の方へ行くに連れて、段々と太陽が低く近くなっていく。熱波が暑いというより『熱い』、頭上より射し込む光線が『痛い』と感じるほどだった。金花に太陽の光は大切だと聞いていたが、なるほどこんな目も潰れるほどの、強く光り輝く土地なのだろうかと。期待半分、不安半分で旅を続けた」
「私は……間違いでなければ……その手紙を送ったと思う人を知っています」
「ほう」
「小さい頃の話ですが、村の井戸守の女性が、子供の病のために罪を犯したと。しかしそれは女性の嘘だったと聞きました」
「嘘……嘘ではないと思うよ。あくまで手紙を読んだ印象だが、熱心に丁寧な文章で、心配していることを書いてあった」
「その女性は、村の宝玉を盗むためにやった狂言だということでした。魔法使いが宝玉と交換に、治療してやると言われたと」
「ちょっと待って。それは、きっと違う話じゃないかな。宝玉を交換条件に……なんて知らないし、第一、私は彼女とは会えなかったんだ」
「そう……ですか」
「私はほとんど死に掛けになって歩き続けた。そして、ついに倒れた。うつ伏せになって、ジリジリと背中が焼けて、正直このまま自分は炭になってしまうのではないかと妄想したよ。しかし……」
ジーニズはニヤリと笑みを浮かべ、エウムを指しました。
「君みたいに……私も助けられた」